覚悟のキッカケ
「伸之」
「・・・おぅ」
伸之は少し驚いた顔をしたが、何でもないようにすぐに視線をギターに戻すとケースに片付けていく。
「あのさ・・・」
勢いで声をかけてしまった。何で話していいか言葉がうまく見つからない。
「はぁ…」
伸之はため息をつくと、手を止めて美由紀を見た。
「お前、隠れて毎週聞いてたろ?普通に前に立って聞きに来いよ。それでなくても客が少なくて見栄え悪いんだからよ」
伸之はぶっきらぼうに言った。
「気づいてたの?」
「普通に見えるっつーの」
伸之に指摘されて今まで全部バレていたのかと思うと、途端に恥ずかしくなってくる。
「で、今日はどうしたんだよ?声かけてくるなんて」
美由紀はすぅっと息を吸って、そのままの勢いでノートを差し出した。
「落としてた」
伸之は驚いた顔をしつつ、ノートを受け取ると、「よかった」と心底ほっとしたように呟いた。
「このノート探してたんだよ。サンキュ」
「ううん。それだけじゃなくてね、実は中身を見てしまって」
美由紀がそう告げると、「別にいいけど。中身見ないと誰のかわからなかっただろうし」と何でもないように伸之は言って大事そうにノートをしまった。
「そこに書かれてた曲なんだけど・・・」
「あー、これ?微妙だったろ?なんかが足りない感じでな。そもそも時間ない時に作って、その辺のノートに・・・」
「違う!なんていうか、そうじゃなくて…」
「え?」
「すごくいい曲だと思ったよ、私。それで・・・」
美由紀は鞄から紙の束を取り出した。
五線譜に音符が並んでいる。
「曲に楽譜に起こして見たの。で、ちょっとだけ変更したとこもあるんだけど・・・」
まじまじと伸之は楽譜を眺め、しばらくすると震え始めた。
「ごめん、勝手に変更されたら不快だよね」
美由紀が謝ると、伸之は大きく首を横に振った。
伸之は、早速ギターをもう一度出して椅子に腰かけると演奏を始めた。
ギターの綺麗な音がメロディーを奏でていく。
それは美由紀が頭の中で描いた音楽そのままだった。
伸之は演奏し終えると立ち上がって、「最高!」と大きな声を上げた。
「ちょっと、恥ずかしいよ」
「うるせぇ。最高の曲に出会えたんだから、これくらい声でるだろ」
伸之はその後も新しいおもちゃを手に入れた子供のように、嬉しそうに何度も演奏して少しずつ音を変えていく。
美由紀のことはまるで見えていないみたいだ。
しばらく演奏を止めそうにはない。美由紀は、仕方なく近くに腰を下ろした。
(ずっと片付けていたキーボードを出した甲斐があったな)
美由紀はほんの少し誇らしい顔で伸之の演奏を見ていた。
◇◆◇
「いいから好きなの食えよ」
伸之に曲のアレンジのお礼にと誘われて帰りにファミレスに行くことになった。
お礼なんていいと言ったが、伸之は一歩も下がらず、俺の気持ちだからと押し切られてしまった。
伸之と二人でご飯は高3の時以来だ。あの時もお金がなくて、ファミレスばかりだった。
「じゃあ、ポテトと明太チーズのグラタン」
美由紀がそう言うと、伸之は「いつもそれだな」と言って笑った。
「じゃあ、俺はチキンステーキとエビフライのセット」
「伸之もいつもと一緒じゃん」
「うるせー。これが一番うまいんだよ」
二人で笑い合っていると、昔に戻ったようだ。
高3の時、お小遣いをもらうと、いつも二人でファミレスに来た。
あの頃は高校も一緒で、帰りも一緒にいることが多くて、いつも一緒にいたのに、二人でどれだけいても話が尽きなかった。
ファミレスのドリンクバーで3時間以上話していた時もあった。
本当に楽しくて、伸之と別れる未来があるなんて思いもしなかった。
そしてあの頃、美由紀は伸之が音楽に興味を持っていたことを知らなかった。
「ねぇ・・・どうして音楽をやりたいって思ってたこと教えてくれなかったの?」
伸之は少し困ったような顔をして、「うん」と顔を伏せた。
カランと氷がグラスを鳴らした。
「進路を決めるってなるずっと前から本当は真剣にギターやってたんでしょ?」
「・・・あぁ」
「伸之がギターを弾けるのも歌が上手いのも全く知らなかったよ。話してくれてもよかったのに」
「美由紀は、俺が真面目だから付き合ってくれてんのかなって思ってたから。お前ってちゃんとしてるじゃん。お嬢様っぽいっていうかさ。ギターとかってなんかチャラいって思われそうな気がしてさ。それに歌手になりたいとかあの頃は言うのが恥ずかしかったんだよ」
「私もピアノやってたし、きっと気持ちわかったと思うけど」
「ピアノとギターじゃちょっと違うしさ、それに怖かったんだよな」
「怖かった?」
「美由紀に自分の音楽を否定されるのが怖かったんだ」
美由紀はその言葉を聞いた瞬間に、ドキッと胸が痛くなった。
あの時、美由紀は音楽の道へ進むと言った伸之を否定した。
もっと安定した道へ進むべきだと断言した。
伸之が恐れていたことは全て当たっていたのだ。
「・・・ごめん」
伸之は優しく微笑んで、首を横に振った。
「俺も覚悟がずっと出来なかったんだ。否定されるのを怖がってるようじゃ音楽で生きていけるわけなんてないのにな」
伸之はちらりとギターを見た。
「でも、俺が覚悟を決められたのは美由紀のおかげなんだよ」
「・・・私?」




