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先輩の告白

(どうしたものか…)


ドキドキと胸が熱い。

自然な笑顔を作れている自信がない。

美由紀みゆきはとりあえず厨房から見えない、一番遠い席に坂東ばんどう先輩を案内すると、コーヒーとサンドイッチの注文をもらって厨房に戻った。


「サンドイッチとオリジナルブレンドで」

「はーい」


マスターの声がして、コーヒーのいい匂いが漂ってくる。

伸之のぶゆきは無表情のままサンドイッチの調理に取り掛かっている。


伸之から見えただろうか。

先輩と知り合いって気づかれてしまっただろうか。


別に気づかれても問題なんてないのに、バレていたらどうしようとそんなことを考えてドキドキしてしまう。


しばらくしてコーヒーとサンドイッチが出来上がった。

美由紀が運ぼうと手にかけると、伸之がこっちを見た。


「あのお客と知り合いなのか?」


その言葉にドキンと強く胸を打って痛くなる。


「…ただの大学の先輩」

「ふーん」


伸之はそれだけ言うと興味なさげに、また厨房に戻っていった。

動揺しながらも先輩のところまで運ぶと、先輩は「ありがとう」と笑顔で受けとってコーヒーの匂いを嗅いだ。


「いい匂いだね」

「コーヒーは、マスターがこだわってるので美味しいと思います」

「飲むのが楽しみだな」


その後は仕事中にごめんねと言ってくれて、美由紀が席を離れるとコーヒーをゆっくり味わっているようだった。

先輩の後は特にお客さんも来ず、閉店時間が迫っていた。


「じゃあ、お会計を」

先輩が伝票を持ってきたので、レジ対応をしていると、おつりを受け取りながら「バイト終った後時間ある?」と聞いてきた。


「あ・・・えっと」


いつも伸之に駅まで送ってもらっている。用事ではないが、いつもそうしてもらっているので、どうしようかと思っていたら、マスターがやってきた。


「もうお客さんいないし、帰ってもいいよ」

「え、でも・・・」


伸之の方を見ると、手で払うような仕草をして、どうやら帰れと言っているようだ。


「ありがとうございます。じゃあ、すぐ着替えてきます」


美由紀は制服からサッと着替えると、店を出た。

夜だがまだまだ暑くて、もわっとした空気が美由紀を包み込んだ。

店を出る時に、ちらりと伸之の方を見たが、こちらを見ることはなく洗い物をしていた。


(あんな態度しなくていいじゃない)


私は不貞腐れながら、今度文句を言ってやろうかたら考えていると、不思議そうに先輩がこちらを見ている。


「え?あ、すいません。ぼんやりしちゃったみたいで」

「バイト終わりで疲れてるよね。ごめんね、急に誘って」

「いえ、早く上がれてラッキーでしたし」


「あのさ、もう一人のアルバイトの男の人とは仲いいの?」


「え?」


「あ、ごめん。彼氏でもないのに、こんな事聞かれたら気分悪いよね」

「いえ、そういうわけじゃ」

「なんか・・・話している時に仲良さそうに見えたから少し気になって」


そこまで言うと、先輩は立ち止まってため息をついた。


「先輩?」

「こんなの俺らしくないよな」


すっと美由紀の前に立つと、美由紀の目をじっと見つめ返した。


「俺は美由紀ちゃんのことが好きだ」


真剣な顔でそう言うと、手を差し伸べた。


「付き合ってほしい」


美由紀は目の前に出された手をじっと見つめた。


“優良物件だよ”


結子ゆうこの言葉が蘇って来る。

先輩はオシャレでかっこよくて、仕事も大手で決まってて、お金持ちで、かなり好条件だ。


(でも―)


ポケットに入ったノートに触れる。

美由紀は何も言えず、黙って立ち尽くしてしまった。


◇◆◇


「え?どういうこと?」


結子の大きな声が、カフェに響いた。


「ちょっと声が大きいよ」

「ごめんごめん、だって返事しなかったってこと?」

「・・・うん」


あの後、美由紀が何も言わずに固まっていたので、先輩が気を使って返事は今じゃなくてもいいよと言ってくれたのだ。

笑顔で言ってくれたが、かなり失礼だったと思うし、傷つけたとも思う。

でも、返事ができない。

これが今の美由紀の答えだった。


「なんでよ?」

「いや、なんというか先輩と付き合うとか想像できないし、価値観が違うかなとか考えたら返事できなくて」


結子は黙って、目を細めて美由紀を見つめた。


「美由紀・・・あんた、好きな人がいるね?」


「え?!いないわよ」

「いーや、いるね。いなきゃ、付き合ってるよ。だってプロポーズじゃあるまいし、一旦付き合ってみればいいでしょ」

「それは・・そうかもだけど、真剣に言ってくれたなら、ちゃんと答えないと失礼でしょ?」

「美由紀ってそんないい子ちゃんだったっけ?」

「わ、私はいつだっていい子よ」

慌てる美由紀の様子を見て、結子はため息をついて諦めたように笑った。


「返事だけはちゃんとしなよ」

「うん」


美由紀は手元のコーヒーのストローをくるりと回した。


◇◆◇


「今日も来てくれてありがとうございます」

伸之のライブを見に行くと、今日は少し人が多い。

いつもいる女子高生が友達を連れてきたようだ。

伸之の透明感のある歌声を聞きながら、目を閉じて指を動かす。

それだけで心地いい。


(私ってやっぱりピアノを弾くの好きだ)


今更音大には行けないし、きっとプロにはなれない。

それでも音楽に携わっていきたい、そんな気持ちになってくる。

両親の思いが自分のことを思ってのことだとはわかっている。

就職して、いい男と出会って、結婚して子供を産んで、それも素敵な人生だ。


(でも私は、私は・・・)


“君の夢はなんですか”


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