夢の音
外に出ると、少しじめっとしている。
昨日の雨のせいだろう。
美由紀は、アルバイトのない日はあの公園を通るようになっていた。
今日は店の定休日でバイトはなかったが、母親に買い物を頼まれたついでに公園に向かった。
(集まってる)
伸之と数人のお客たちが立って聞いているのが見えた。
伸之の声が公園に響く。
(心地いいな)
そこから美由紀はこっそりとライブを見に行くようになった。
よく通ううちに定休日に毎週路上ライブをしているのがわかった。
観客は大体10人程度が集まっていることが多く、若い女の子もいればおじさんもいる。
みんな伸之のファンなのかと思うと、自分のことのようになんだか誇らしい。
今日も少し離れた場所の壁に寄り掛かると、ライブが始まるのを待った。
なんでこんなコソコソしてるんだろうと自分でも思うが、なんだか聞いてるよなんて言い出せない。
伸之がマイクやギターを用意している。
すると、女子高生が手伝っているのか声をかけて何やら物を動かしたりしている。
伸之が笑顔で何かを言っている。
(私にだってその笑顔見せなさいよ)
そもそもあの子は誰なわけ?なんて思うが、隠れて見に来ている美由紀には何も言えない。
女子高生は毎週ライブには来ていて、伸之のファンらしいことはわかっている。
いつもライブに来ては用意を手伝ったり、伸之と話したりして仲良さそうなのだ。
その姿を見たせいか、余計にその後もライブを見ていることも伸之には言い出せずにいた。
本当は伸之の音楽を素晴らしいと思っていることを伝えたいが、素直になれない。
別れる時に聞きもせずに伸之の音楽を否定したのに、今更いい曲だねなんて言うのも気が引けた。
今はただ夢に向かって真っすぐに歌い続ける伸之を少し離れた場所から応援することしかできない。
美由紀はライブを見ながら小さく手拍子を打った。
「じゃあ、最後の曲、夢の音です」
伸之がそう言って演奏を始めた時、バチっと目があった気がした。
マズいと思ったが、伸之は気づいていないようで静かに歌い始めた。
夢の音という曲はバラードで、いつも最後の締めに弾くことが多い。
バラードではあるが、歌詞は夢に向かって突き進もうという前向きな内容の歌詞で、この路上ライブで聞く中で美由紀が一番好きな歌だった。
“君の夢はなんですか”という歌詞があって、その部分を聞く度に美由紀自身に問いかけられているように感じた。
子供の頃は、素直に夢を話すことが出来た。
夢が叶うとか叶わないとかそんなことは考えることはなくて、自分がただなりたい未来について口を出すことが出来た。
でも成長していくたびに、自分の実力とか限界が見えてきて、大人の意見も自由に伸び伸びから、堅実に安定した未来を求めるようになっていく。
美由紀の親はそれの最たるものだった。
美由紀にはたくさんの習い事をさせてくれて、その中で最後まで続けることができたのがピアノだった。
子供の頃は大好きなピアノを何時間でも弾かせてくれた。上手く弾けるたびに上手だねと褒めてくれたのに、だんだんと学校の成績を優先するようになり、ピアノが成績を下げる邪魔者のように扱われるようになった。
それでも美由紀はピアノを弾くのはが大好きで、親の目を盗んで弾いていた。
それでも親にはピアノを時々弾いているのはバレていて、高3の時にあなたの幸せのためとピアノは黙って売られてしまった。
あの時の絶望感と失望感は今でも忘れられない。
涙も出ず、ただピアノがあった場所に立ち尽くしていた。
なんとか自分の気持ちを落ち着かせたくて、鍵盤に触れたくて、貯めたおこづかいでこっそりとキーボードを買った。
でもやっぱりピアノとは違っていて、それが悲しくて、しばらくして押し入れの中にしまってしまった。
その内、大人になるというのはこういうことなのだと自分に折り合いをつけて、大学受験をした。
だからこそ、伸之の自由で、夢を追いかける姿が当時の私には眩しすぎて、羨ましくて、腹立たしく思ってしまったのかもしれない。
気づいたら指が動いている。
目を閉じ、聞こえる音楽に合わせて指を動かす。
まるで水を得た魚のように指は跳ね、踊っているかのように軽やかに動いた。
“君の夢はなんですか”
「こんにちは」
いつも通りにアルバイトに行くと、伸之は「お疲れ」とぶっきらぼうな返事をしながら皿洗いをしている。
ギターを持てばキラキラしているのに、アルバイトの時はいつもこんな感じだ。
今日はそんなに混んでもいなくて、穏やかに時間は過ぎていった。
あと1時間もすれば閉店だ。
ちらりと伸之を見ると、欠伸をしている。
(今日こそ返して謝らなきゃな・・)
ポケットのノートに触れて存在を確かめる。
ノートはちゃんとあって、ちゃんと伝えるように言ってる気がした。
カランコロンと扉が開く音がした。
「いらっしゃい・・・ませ」
振り返ると、笑顔で坂東先輩が立っていた。
「美由紀ちゃん、遊びに来たよ」
なぜか血の気が引くような、サーっと体温が下がるのを感じた。
どうしてという気持ちになるが、そう言うわけにもいかない。
笑顔を取り繕うと、「えっと、こちらの席にどうぞ」いつものように席に案内をした。




