心に響くもの
「おー、結子ちゃん、美由紀ちゃん」
声の方を見ると、坂東先輩がこちらに手を振っている。
相変わらずの爽やかイケメンだ。
二人で手を振って挨拶に応える。
それを見て坂東先輩はにこっと笑うと、友人たちとまた楽しそうに去っていった。
「ねぇ、どうして坂東先輩は私と仲良くしてくれるんだろ?」
「何それ、自慢ー?」
結子は揶揄うように言ってくる。
「そんなんじゃなくて!」
自惚れているように聞こえたかもと恥ずかしくなってくる。
「わかってるって。実際に美由紀のこと気にかけてるなーって見てて思うもん。まぁシンプルに好みのタイプだからじゃない?」
「いやいや、私じゃなくてもかわいい子たくさんいるじゃない」
うちの大学は学部も多く、学生数が多い。
もちろん、今時の可愛い女の子もたくさんいる。
「美由紀は可愛いと思うよ、でも人を好きになる時って、見た目もあるけど、それだけじゃないんじゃないかな?」
「気が合うかどうかってこと?」
「それも一つだよね。結局周りから見て美人とか、人気とかそういうのじゃなくて、自分の心に響く何かがあれば好きになっちゃうんだよ」
「心に響く何かか」
「そうそう。赤い実はじけたみたいな」
「それ、小学校の教科書に載ってたやつでしょ?」
「そうそう。私も彼氏をみて赤い実はじけたのよ・・・。私の彼氏はかっこいいだけじゃなくて、さり気ない優しさがさー」
結子は楽しそうにのろけ話を全開で話し出した。
こうなると1時間はのろけ話を聞かなければならない。
心の中でため息をつきつつも、親友の嬉しそうな顔を見ていたらなんだかふっと気が抜けた。
(自分の心に響く何かか・・・)
なぜか公園で伸之が歌う姿が頭に浮かんでくる。
伸之のキラキラと少年のような笑顔や切なく
歌い上げる真剣な表情ー
あの音楽、伸之の表情、綺麗な歌声が、あの日から私の心にずっと残っている。
「では今日はここまで」
教授の一言で学生たちが一気に動き出す。
美由紀も続いて講義室から出ようとした時、坂東先輩からポケベルで連絡が来た。
“明日ご飯に行かない?”
最近は夜バイトが入っていることが多く、坂東先輩も先日断ったばかりだ。
端によって手帳を開くと、明日はアルバイトはない。
美由紀は少し悩みながらも了承の返事をした。
「ごめん、待った?」
翌日、美由紀が大学の正門の前で待っていると、先輩は明るい笑顔でこっちに駆け寄ってきた。
整った顔に背も高くて、ブランドの服をおしゃれに着こなしている。
自分の服を確認して、少し恥ずかしくなってくる。
今時の流行の服とは言えない。
高めのワンピースを着れば良かったと心の中で後悔した。
「いえ、今来たところなので」
「良かった」
先輩はホッとした顔をすると、「行きたいお店があるんだ」と言って美由紀を連れて駅に向かって歩き出した。
大学生になってからご飯に行くとなると居酒屋多かったので、今回もどこか居酒屋だと思っていた。ついてから、まさかのお洒落なイタリアンのお店に美由紀は目を丸くした。
オシャレな雰囲気に合わせたようにお客さんもセンスの良い服を着て、たくさんのカップルで座っている。
メニューを見るふりして周りを確認すると、明らかに自分が浮いているように感じてくる。
「食べたいもの決まった?」
「えっと・・・どれかおススメありますか?」
慌ててメニューを見直すが、どの料理もいいお値段だ。
アルバイトで稼ぎ出したとはいえ、値段の高さに頼むのに躊躇してしまう。
「そうだな・・このパスタなんかどうかな?」
先輩に指差されたパスタの値段を見て、美由紀が頼むのを躊躇していると、先輩がそのことに気づいたのか「奢るから大丈夫だよ」と笑顔で言って、ウェイターに注文をしてくれた。
スマートで気づかいが出来る、やっぱり先輩はかっこよくて、素敵な人だ。
伸之ならこうはいかない。
「最近、アルバイトはどう?」
「そうですね。少しずつ慣れてきた感じです」
「駅近くのカフェだっけ?」
「はい。コーヒーがすごく美味しいお店なんですよ」
「へぇ、そうなんだ。今度飲みに行こうかな?」
「ぜひ」
そう言いながら、何となく美由紀は先輩には伸之と会ってほしくない、そんな気がしていた。
(どうして伸之のことになるとこんなモヤモヤした気持ちになるのだろう)
「どうしたの?」
先輩が心配そうな顔でこちらを見ている。気づかないうちに考え込んでしまったようだ。
「いえ、何でもないです。先輩は最近どうですか?」
「実は、就職先が決まったんだよ」
「そうなんですね!おめでとうございます」
「いやいや、そんな大したところじゃないし」
そう言いながら就職先で決まった会社は大手だ。
噂でしか聞いていないが、先輩は内定が決まった企業よりも大きな大企業の社長の息子でゆくゆくはそこを継ぐことになっているそうだ。
そういう意味では確かに大したところではないのかもしれない。
「美由紀ちゃんも来年は就活だよね?困ったことがあれば言ってよ、いつでも相談にのるからさ」
「ありがとうございます」
笑顔なのに就活という言葉で、美由紀の心が暗く滲んでいくのが自分でもわかった。
その後も先輩は楽し気に大学であったことや将来の夢を話してくれ、美由紀はその話に耳を傾けながらパスタを食べた。
店を出て駅の近くまでくると、「俺こっちだから」と先輩は帰って行った。
「ふぅ」
ほっとして思わず息が出た。
前までは先輩の話を楽しく聞けたのに、今日はなんだか楽しいとは思えなかった。
先輩から聞く話はいつもキラキラしていて、憧れていたはずなのに、どうしてか今日は違った。
話しながら、自分でも無理やり笑っているのがよくわかった。
結子の言う通りで、先輩は優良物件で理由はわからないが仲良くしてくれているならそのまま上手くやっていくべきなのかもしれない。
自分でも前まではそうするつもりだった。
なのに、今は全く気が進まない。
(伸之は、いつも駅の改札までちゃんと送ってくれたな)
こんな時にまで伸之のことが浮かんでくるなんてどうかしている。
美由紀は自分の気持ちをかき消すように、早歩きで駅の改札に向かった。




