花占い
「後宮、大奥、後宮、大奥、後宮、大奥、後宮、大奥…」
王様が王宮へと帰った後、カッパニーニ邸の庭園で、乙女よろしく花占いをしております。
私は元々お花は好きですが、種類やら何やらは詳しくないのでわかりませんが、このお花は日本では見たことがありません。
淡い青色、何となく王様の瞳と似ています。
そして、このお花、花弁が多いので花占いにはもってこいです!
「大奥、後宮、大奥、後宮、大奥、後宮、大奥、後宮、大奥…」
「ハナコ様。」
なかなか決着がつきません。
「後宮、大奥、後宮、大奥、後宮、大奥、後宮…」
「ハナコ様?」
「大奥、後宮、大奥…はっ!ちょっと待って!!後宮と大奥って同義語のようなものでは!?もしかして初めからやり直し!?」
私の乙女よろしく花占い、のために、このお花を無駄にしてしまいました。…花弁むしり取るのも少し疲れてきたかもしれません。
私が花占いをやり直そうかどうか悩んでいると、穏やかな笑い声が聞こえました。
「ふふふ。ハナコ様、占いですか?ですが、オオオク、とは?とりあえず、お茶でもいかがですか?簡単なものですが、食べる物もお持ちしました。」
「アイリーンさん!ありがとうございます!実はお腹ペコペコです。」
確かに、私、お腹が空いていました。何せ朝食どころか昼食も食べていません。
アイリーンさんについて行くと、テラスにお茶とサンドイッチが用意してありました。
今日はさほど暑くなく、この世界の夏は水の季節を過ぎると、湿気は少なく比較的過ごしやすいです。程よく風もあり、とても気持ちがいい日です。
「ハナコ様は何を占ってらしたのですか?」
アイリーンさんがお茶をつぎながら私に聞きます。
「その、後宮と大奥を…。あ、でも、大奥というのは後宮と同じような意味のものなので、途中で一体何を占っているのかわからなくなってやめちゃいました。」
「オオオク、とはこちらの後宮と同じなのですか?」
トマトとチーズとベーコンのサンドイッチに頬が落ちそうになりながら、私は答えます。
「私はこちらの後宮について詳しくは知りませんが、大奥は…私の世界の私の国に昔にあったもので、将軍、私の国でのその時の王様が沢山の女性を閉じ込めて、一生を過ごされたところ、と私は解釈していました。」
「まあ、出れないのですか?」
アイリーンさんはやや驚いた顔で聞いてきます。
「確か。…まさしく、籠の中の鳥、ですね。」
ただ、将軍様の寵をいただくために、その子供を産み落とすためだけに、俗世から隔絶された場所。
日本にいた頃見たドラマで、そういう風に思ったのは確かです。
「この世界の後宮は、少し違いますね。」
アイリーンさんがお茶をつぎなおしながら、言う。
「確かに、許可なく出ることも、第三者が入ることはできませんが、あくまでも許可なく、です。許可が頂ければ、比較的自由だとお聞きしています。」
こちらの後宮は、所謂、開けた後宮、なのでしょうか?
「…そう、ですか?」
何となく、気まずくなり、うつむきながら相づちをうつ。
「…ハナコ様の、後宮入りのお話が出ているとお聞きしました。」
アイリーンさんが、優しく、でも少し困ったように微笑みながら言います。
「そう、みたいです。」
モグモグ、ゴックン、とサンドイッチを飲み込んで、答えました。
するとアイリーンさんは、そうですか、とでも言うように簡単に、
「お断りして、よろしいと思いますよ。」
とおっしゃいました。
「へ?」
以外な言葉に、私の口がだらしなく開け放たれます。
………。
「あ、あのでも、グレンリードさんも、そうしてほしいようでしたし、グレースさんは、何も言いませんが、グレンリードさんがそう言うなら、きっと入らなきゃいけない、大人の事情等があるのかと…」
多少の時間を有して、私の口が塞がると、アイリーンさんは待ってましたとばかりに話始めます。
「そのような事情、ハナコ様には関係ございません!」
いつも穏やかな物腰のアイリーンさんが、微かに語尾を強める。
「ハナコ様は、ご自分の意思とはかんけいなしにご家族と引き離されました。そしてやって来たのは国外どころか、世界すら違う、この場所であったと、そうお聞きしています。」
アイリーンさんが、真っ直ぐ、力強く、でもやっぱり優しく、私を見詰めて言います。
「異なる世界で、生活の習慣も何もかも違う場所で、ご家族と引き離され、それだけでご心痛は目に余ると言うのに…それを更に追い詰めるようなっ!」
アイリーンさんの瞳に、うっすら涙が浮かんでいました。
「ハナコ様は今だって充分に頑張っておいでです!ですから、国の安寧のためだろうが、王のご所望であろうが、お嫌なことに、意に沿ぐわないことに従う必要はございません!!」
アイリーンさんが、肩で息をしながらそう、言い切って下さいます。
今までに、みたことのないアイリーンさんの剣幕に、私の口は今度はきつく唇を噛んでわなわなと震えそうになるのを押さえ込みます。
少し経って、アイリーンさんは息が整うと、ですが、と続けます。
「ハナコ様がご自分の意思で、王のお側におりたい、この先も共にありたいとおっしゃった時は、このアイリーン、微力ではありますが、ずっとお側にて仕えさせていただきとうございます。」
そう言って、いつものように目尻の皺を深くして微笑んでくれました。