↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が彼を魔王と呼ぶまで  作者: ぶん吉
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/60

第047話 村にあるもの

 山を下りきった頃には、昼を少し過ぎていた。


 祭りの翌日の村は、昨日までとは別の場所のように静かだった。


 広場では何人かが長机を片づけ、軒先の色布も少しずつ外されている。地面には踏み潰された花飾りや木の皿が残り、消えた焚き火の跡から細い煙が上がっていた。


「終わると寂しいな」


 ソルガルトが言う。


「昨日あれだけ食ったのに、まだ祭りの心配してんのか」


 レグルが呆れる。


「そういう話じゃねえよ。祭りってのは終わった後が寂しいだろ」


「意外とまともなこと言うね」


 ハミルが言うと、ソルガルトが振り返った。


「お前、俺を何だと思ってんだ?」


「よく食べる人」


「それだけかよ!」


 エルガが小さく息を吐く。


 いつものやり取りに少しだけ笑いながらも、ハミルは村を見ていた。


 山から戻ってみると、昨日まで気になっていたものが前より見えやすい。


 薄い穢れはまだ村全体にある。


 ただ、どこも同じ濃さではなかった。


 広場のように人が集まる場所には、昨日の名残が薄く漂っている。一方で、家々の間にはほとんど感じない場所もある。


 そして時折、妙に濃いところがあった。


「レグル」


 呼びかけると、レグルがこちらを見る。


「昨日より、濃いところが分かりやすく見える」


「どの辺だ?」


 ハミルは家々の間へ目を向けた。


「広場だけじゃない。ところどころ、妙に残ってる」


「山へ流れてるやつとは別か?」


「元は同じだと思う。でも……」


 ハミルは言葉を切った。


 村人から滲む穢れは、昨日の祈りの時ほど分かりやすくない。


 恐れている人間のそばほど、少し濃く残っているように見える。


 それが人から人へ移るように広がり、最後には山へ向かっていく。


 なら、濃いところを見て回れば、何を恐れているのか分かるかもしれない。


「何から調べる?」


 ソルガルトが聞く。


「聞き込みかな」


「普通だな」


「普通でいいでしょ」


「もっとこう、穢れを辿って一発で見つけたりできねえのか?」


「できたらもうやってるよ」


「そりゃそうか」


 素直に納得するソルガルトを見て、レグルが笑った。


     *


 最初に話を聞いたのは、宿の女主人だった。


 戻ってきたハミルたちを見るなり、彼女は腰へ手を当てた。


「あんたたち、どこまで行ってたんだい」


「ちょっと奥まで」


「道から外れないって言わなかった?」


「それは言われました」


「言われただけかい」


「すみません」


 ハミルが素直に頭を下げると、女主人は呆れたように息を吐いた。


「まあ、全員戻ったならいいけどね」


「心配してくれたんですか?」


「宿に泊めた客が山で死んだら寝覚めが悪いだろ」


 どこかで聞いた言い方に、ハミルは思わず笑った。


「何がおかしいんだい」


「なんでもないです」


 女主人は怪訝そうにしたが、追及はしなかった。


 ハミルたちは食堂の隅の卓を借りた。


 祭りの片づけで忙しいらしく、女主人も立ったままだ。


「昨日、いろいろ重なったって言ってましたよね」


 ハミルが切り出すと、女主人の顔から少しだけ笑みが消えた。


「覚えてたのかい」


「昨日も、山で魔物を見たので。少し気になって」


「……あんたたち、本当に奥まで行ってたんだね」


「すみません」


「そこで謝るのかい」


 女主人は呆れたようだった。


 それでも、すぐに話を切り上げはしなかった。


「魔物が増えた、それだけでも十分嫌な話だよ。そこへ第二の魔王なんて噂まで来た」


「うん」


「それで皆、神経質になった。山へ行くな、夜に出歩くな、子どもから目を離すなってね」


 女主人は腕を組んだ。


「最初はそれだけだったんだけど」


 また、そこで言葉が止まる。


「その後、何かあったんですか?」


「……体調を崩す人が出たんだ」


 ハミルはレグルを見る。


「どんな?」


「熱が出たり、身体が重いって寝込んだり。食欲がなくなった人もいる」


「何人くらい?」


「最初は二、三人だったよ。今はもう少しいるかもしれないね」


「流行病ですかね?」


「皆そう思ってる」


「思ってる?」


 女主人の口が閉じる。


 ハミルは急かさず待った。


 やがて彼女は声を落とした。


「病気じゃないんじゃないかって噂もある……」


 ソルガルトの表情が変わった。


「どういう意味だ?」


「知らないよ。私だって見たわけじゃない」


 女主人はすぐに否定する。


「ただ、最近は魔物が増えてるだろ。それで、水の国では身体がおかしくなった人間までいるって噂だ。こっちでも、一人だけ魔物に憑かれたんじゃないかなんて言う奴まで出てきた」


「魔物?」


「妙なことを口走るようになったとか、そんな話さ。私だって見たわけじゃないよ」


 女主人は苛立ったように布巾を握った。


「馬鹿な話さ。具合の悪い人間を怖がったって治るわけじゃない」


 その言葉には、村人たちへ向けたものとは別の棘があった。


「具合の悪い人は、どこにいるんですか?」


「家で休んでるよ。大したことはできないけど、薬師が診てる」


 ハミルは頷いた。


「ありがとう」


「余計なことはするんじゃないよ」


「気をつけます」


「それ、気をつける気のない人の返事だね」


 女主人はそう言って、片づけへ戻っていった。


「どうする?」


 レグルが聞く。


「薬師に会ってみよう」


「病気だと思うか?」


「分からない。でも、時期が重なってるのは気になる」


「……灰色の粒は?」


 レグルの声がさらに低くなる。


 ハミルも考えていた。


 王都で見た人間の魔化。


 擬似核。


 幻聴から始まり、核の周囲へ異変が現れた。


「まだ決めつけない方がいい」


「だな」


 ソルガルトが二人を見比べた。


「王都の時と似てるってことか?」


「まだ分からない」


 ハミルが答える。


「熱が出たとか、食べられないとか、それだけなら普通の病気でもある。でも、時期が重なってるのは気になるね」


「灰色の粒まで出てきたら、さすがに笑えねえな」


「うん。だから、まずは何が起きてるのか確かめたい」


 声を潜めて話していたつもりだったが、宿の奥から女主人の「話が済んだなら片づけの邪魔しないでおくれ!」が飛んできた。


「ほら、行くぞ」


 レグルが立ち上がる。


「怒られたね」


「お前が長居するからだろ」


「俺か?」


 ソルガルトまで立ち上がり、三人で食堂を出た。


     *


 村の薬師は、広場から少し離れた家にいた。小さな看板に薬草の束が描かれている。


 宿を出る前、女主人には「山で少し体調を崩したから、旅用の薬を見てもらいたい」とだけ伝え、場所を教えてもらった。


 戸を叩くと、痩せた老人が顔を出した。


「何だ」


「旅の者です。宿の人に、薬師がいるって聞いて」


 老人はハミルたちを一度見回した。


「誰が悪いんだ」


「俺が山で少し具合悪くなって。今は大丈夫なんですけど、念のため見てもらえたらと思って」


「今は大丈夫なら、何を見れば良いって言うんだ」


「熱とか、身体が重い時に使うものってありますか?」


「症状も分からんのに薬は出せん」


 当然の返事だった。ハミルは少しだけ視線を落とし、それから続けた。


「じゃあ、最近この辺で多い症状ってあります? 旅の途中で同じものをもらうと困るので」


 老人の手が止まった。


「……宿で何を聞いた」


「熱が出たり、食べられなくなった人がいるって。それと、一人だけ様子がおかしい人がいるって噂も」


 老人の目が細くなる。


「余計な詮索はするな」


 声が低くなった。


「すみません。ただ、妙なことを口走るっていうのが少し気になって。前に、似たような様子の人を見たことがあるんです」


「どこで」


 ハミルは一瞬迷った。


「水の国の王都近くで」


 老人の顔色が変わり、戸にかかった手へ力が入った。


「……帰れ」


「何か――」


「ハミル」


 レグルが止めた。老人の手が僅かに震えている。怒っているだけではない。怖がっていた。


「今日は帰ろう」


 ハミルは少し迷ったが、頷いた。


「……分かりました。すみません」


 今度こそ戸が閉まった。しばらく誰も喋らなかった。


 最初に口を開いたのはソルガルトだった。


「何か知ってるな、あれ」


「うん」


 ハミルは閉じた戸を見る。


「でも、王都のことを知ってるとは限らない」


「じゃあ何であんな反応したんだよ」


「似た症状って言ったからかも」


 レグルが腕を組む。


「少なくとも、ただの熱だけじゃなさそうだな」


「そうだね」


 歩き出そうとした時だった。道の向こうから、二人の男が歩いてくる。話し声が聞こえた。


「まだ出すなって村長が言ってる」


「でも祭りも終わっただろ」


「関係ない。あれを見られたら、また騒ぎになる」


「母親が限界だぞ」


「仕方ないだろ。もし他にも移ったらどうする」


 二人はハミルたちに気づくと、ぴたりと口を閉じ、そのまま足早に通り過ぎていく。ハミルは振り返った。男たちの向かった先は、村の端だった。


「……今の」


 レグルが声を落とす。


「うん」


 出すな。見られたら騒ぎになる。他にも移ったら。


 病人の話だとすれば意味は通る。そして、薬師も何かを隠していた。


 ハミルは遠ざかる二人の背中を見る。


「追おう」


 ソルガルトが目を瞬く。


「声かけんのか?」


「今声かけても、たぶん誤魔化されるよ」


 ハミルは二人との距離を確かめる。


「見失わないように行こう」


 レグルが小さく頷いた。


 二人の姿が、村の端へ続く角を曲がる。ハミルたちは少し間を置いて、その後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。