↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界が彼を魔王と呼ぶまで  作者: ぶん吉
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/60

第043話 祭りの村

 市場町が見えてきたのは、昼を少し回った頃だった。


 街道の先に石造りの門が現れ、その向こうには大小の屋根が幾重にも重なっている。荷車の往来も急に増え、道の脇には順番を待つ商人たちが列を作っていた。


「やっと着いた……」


 ニコが大きく息を吐いた。ここまで何度も気にしていた二台目の車輪へ目をやり、ようやく肩の力を抜く。


「ちゃんと持ったな」


「だから大丈夫だって言ったのに」


「市場町までは、な。職人には見せる」


「それがいいと思う」


 ガルドが笑い、荷車を門の列へ進める。


 そんなやり取りをしながら、ほどなく一行は門を抜けた。


 ガルドたちはここで荷を下ろし、一部を別の商人へ渡すらしい。門を抜けた先で荷車を止めると、ガルドが振り返った。


「お前らは、このまま風の国へ向かうんだよな?」


「うん。そのつもり」


「なら北西の門から出ろ。山沿いを行けば、風の国へ抜ける街道に繋がる」


 ガルドは指で町の奥を示したあと、少し考えて付け足した。


「ただ、祭りへ行くなら途中で一本外れるぞ」


「山の守り神の?」


「そう。ここからなら歩いて半日もかからん。明日が本祭だったはずだ」


 ソルガルトの顔がぱっと明るくなる。


「ちょうどいいな!」


「昨日から楽しみにしてたもんな」


 ハミルが笑うと、レグルが肩をすくめた。


「こいつの場合、祭りがあるって聞いた時点で行く気だっただろ」


「当然だろ!」


「何が当然なんだよ」


 ガルドが声を上げて笑った。


「最後まで賑やかな連中だな」


「世話になりました」


 ハミルが頭を下げる。


「こっちの台詞だ。荷車まで直してもらったし、昨日は魔物も追い払ってもらった」


「干し果実もう一袋買っていいか?」


「お前は最後までそれか」


 ガルドが呆れながらも袋を一つ投げる。ソルガルトが受け取り、代金を渡した。


「次会ったら少しくらいまけてくれよ」


「次も買う気かよ」


「うまかったからな」


「商人としてはありがたい客だな、お前」


 ニコも荷車の横から手を上げた。


「じゃあな。山道で迷うなよ」


「それはレグルに任せる」


「最初から俺に投げんなって言っただろ」


 同じやり取りに、ニコが吹き出した。


 荷車の軋む音が人混みの中へ消えていくまで見送ってから、ハミルたちは町の奥へ向かった。


     *


 市場町は、これまで通ってきた宿場町よりずっと大きかった。


 広場には荷が積み上げられ、通りを一本入るたびに扱う品が変わる。乾物、布、木材、鉱石。聞き慣れない言葉で値段を交渉する商人もいる。


 ここなら三本線の袋について、もう少し詳しく追えるかもしれない。


 そう思ったものの、今日は長居をしないことにした。


 祭りが明日なら、先に村へ着いておきたい。香辛料の流れは、この町へ戻るか、風の国へ向かう途中でも追える。


 必要な食料だけを買い足し、北西の門へ向かう。


 町を出る頃には、空が少し傾き始めていた。


 そこから先の道は、昨日までの街道より細い。


 山へ近づくにつれ、畑が増えた。収穫を終えた畑の脇には藁束が積まれ、道端には祭りのためなのか、色布を結んだ細い杭が等間隔に立てられている。


「これ、前にもあったな」


 ソルガルトが一本を指差した。


「覚えてるの?」


「形は違うけどな。道沿いに飾りを出すのは同じだ」


『昔は赤と黄が多かった』


 イルが言う。


『今は青もあるね』


 風に揺れる布を眺めながら、ハミルは返した。


 祭りというものは、十年あれば少しくらい変わるのだろう。


 それでも続いていること自体は、少し嬉しかった。


 やがて道の先に家々が見え始めた。


 山の裾に沿うように広がる、小さな村だった。


 入口には木で組んだ門が立ち、そこにも何本もの色布が下がっている。子どもが描いたらしい山の絵や、丸い太陽のような印も飾られていた。


「ちゃんと祭りっぽいな」


 レグルが言う。


「だね」


 ハミルも頷く。


 けれど、村へ一歩入ったところで、その印象が少し揺らいだ。


 人はいる。


 祭り前なのだから当然だった。


 家の軒先へ飾りをつける者。広場へ長机を運ぶ者。大きな鍋を洗う者。子どもたちも何人か走り回っている。


 それなのに、妙に静かだった。


「そこ、もっときつく結べ!」


「分かってるよ!」


 近くで男二人が飾り紐を張っていた。


「昨日も緩んでたじゃねえか」


「風が強かったんだから仕方ないだろ」


「だから最初からきつくしろって言ってんだ!」


「うるさいな、だったら自分でやれよ!」


 言葉が必要以上に尖っている。


 少し先では、桶を運んでいた女が別の女と肩をぶつけた。


「気をつけてよ」


「そっちが急に止まるからでしょ」


「何、その言い方」


 二人ともすぐに離れたが、互いに振り返ろうとはしなかった。


「……祭り前って、こんな感じだったか?」


 ソルガルトが小さく言う。


「俺に聞くなよ」


 レグルが返す。


 ハミルは村の奥を見る。


 飾りはある。食べ物の匂いもする。祭りを楽しみにしている子どもの声だって聞こえる。


 なのに、その隙間へ薄い棘のようなものが挟まっていた。


 昨日の街道で感じたものと、よく似ている。


『ここにもある』


 イルが言った。


『うん』


 穢れだ。


 濃く固まっているわけではない。誰か一人から強く漏れているわけでもない。


 村全体へ、薄く広がっている。


「宿、探すか」


 レグルが周囲を見ながら言った。


「そうだね。暗くなる前に」


 祭りの日だけ旅人へ部屋を貸す家があると、入口近くにいた老人が教えてくれた。言われた通り広場を抜け、山側へ少し上ったところで、小さな看板を出した家を見つける。


 戸を叩くと、五十ほどの女が顔を出した。


「旅の人?」


「はい。明日の祭りを見に来たんですけど、泊まれますか?」


「四人?」


 女は一行を見回した。


 ハミルの焦げ茶の髪、レグル、エルガ、ソルガルト。


「はい、四人です」


「部屋は二つしかないけど、それでよければ」


「大丈夫です」


「夕飯は?」


「お願いできますか?」


「祭り前だから簡単なものになるよ」


 女はそう言って戸を開けた。


 中へ入ろうとした時、広場の方から大きな声が聞こえた。


「また出たって!」


 ハミルたちが振り返る。


 村の入口から、若い男が駆け込んできていた。


「西の畑だ! 柵の向こうに魔物がいた!」


 広場にいた人々の手が止まる。


 さっきまで言い争っていた男たちも、桶を運んでいた女たちも、一斉に顔を上げた。


「村には入ってきてないのか?」


「まだだ。でも昨日も北側に出ただろ!」


「見張りは何してたんだ」


「山へ知らせた方がいいんじゃないか」


「明日まで待てるか?」


「祭りの前だぞ」


 声が次々に重なる。


 その中で、一人の老女が胸の前で手を組んだ。


「守り神様……」


 それをきっかけにしたように、何人かが山を見た。


「どうか、お守りください」


 老女の祈るような声に、広場のざわめきが一瞬だけ弱まった。


 だが、その静けさの中から、誰かがぽつりと呟く。


「第二の魔王が現れたっていうし……」


「やめろよ、そんなこと言うな」


 すぐに別の男が遮った。けれど否定する声にも、どこか怯えが滲んでいる。


「でも魔物が増えてるのは本当だろ」


 誰かが山を見上げた。それにつられるように、いくつもの視線が山の方へ向く。


「だからってここまで来るとは限らない」


「もう来てるじゃないか!」


 押し返すような声に、せっかく静まりかけた広場がまたざわついた。


 宿の女主人が小さく舌打ちした。


「また始まった」


 ハミルは彼女を見る。


「最近、ずっとこんな感じなんですか?」


「魔物が増えてからね」


 女は疲れたように息を吐いた。


「前は祭りの準備なんて、もっと馬鹿みたいに騒いでやってたんだけど」


「山の守り神にお願いする祭りなんですよね?」


「お願いするっていうか、感謝する祭りだったんだけどねえ」


 女は山を見た。


「今年はみんな、お願いばっかりだよ」


 広場では、まだ言い争う声が続いている。


 その向こうに山がそびえていた。


 ハミルはしばらく、その山と村人たちを交互に見た。


『イル』


『ああ』


 村に漂う穢れが、さっきよりわずかに濃くなっていた。


 魔物が出たという知らせが届いた、その直後から。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。