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世界が彼を魔王と呼ぶまで  作者: ぶん吉
第三章

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第037話 道の途中

 町の門を出てから半日ほど、五人は西へ続く街道を歩いた。


 風の国へ向かう道とはいっても、国境まで一本の道が真っ直ぐ伸びているわけではない。大きな街道から枝道が分かれ、その先に宿場や市場町があり、また別の道と合流する。昨日の店主から聞いた商人も、そうした町をいくつも回りながら乾物を運んでいるらしい。


 急げばもっと早く進める。


 けれど今回は、早く風の国へ着くことだけが目的ではなかった。


「次の宿場まで、普通に歩いて夕方くらいだな」


 先頭を歩いていたレグルが、町でもらった簡単な道図を見ながら言った。


「普通って誰基準?」


「人間」


「じゃあ俺でいいのか」


「お前は今、人間基準に入れていいのか微妙だろ」


「ひどいな」


 横からソルガルトが覗き込んでくる。


「俺なら昼過ぎには着けるぞ!」


「あなたの基準は聞いていません」


 エルガが即座に切った。


「何でだよ!」


「昨日まで魔化していた方を旅程の基準にはできません」


「もう元気だぞ?」


「そう言って動き回るから言っているんです」


 ソルガルトは納得していない顔をしたが、それ以上は言い返さなかった。


 ハミルは二人のやり取りを聞きながら、その核をそれとなく見る。


 穢れは残っている。けれど、昨日ハミルとイルが引き受けてから急激に増えた様子はない。歩き方にも声にも、あの時のような危うさはなかった。


『見すぎだ』


『そう?』


『三度目だ』


『数えてたの』


『目につく』


 イルに言われて、ハミルは視線を前へ戻した。


 すると今度はレグルと目が合った。


「何」


「いや。あいつ見てただろ」


「……みんなよく見てるね」


「お前が分かりやすいんだよ」


 どうやら隠せていなかったらしい。


 レグルは少しだけ声を落とした。


「今のところ平気そうなんだろ?」


「うん。昨日から大きくは変わってない」


「なら、ずっと見張ってんな。疲れるぞ」


「レグルに言われるとは思わなかった」


「どういう意味だ」


「そのままの意味」


「お前な」


 肩を小突かれ、ハミルは口元を緩めた。


 前ではソルガルトが道端の木に実った赤い果実を見つけて足を止めている。


「これ、まだ生えてるのか」


 枝を引き寄せ、懐かしそうに実を眺める。


「昔も見たことが?」


 エルガが尋ねた。


「ああ。人の町の近くじゃよく見た。土地によって実の色が違うんだよ」


「食べられるんですか?」


「食えるぞ。けど、ここのはまだ早いな」


 そう言って、ソルガルトは枝を離した。揺れた葉の向こうを、ちょうど荷車が一台通り過ぎていく。


「こういうのは何年経っても変わらねえんだな」


 誰に言うでもなく呟いて、また歩き出す。


 ハミルはその背中を追った。


 こうして歩いていると、数日前までソルガルトが巨大な太陽の眷属として襲いかかってきたことの方が、遠い出来事のように思えてくる。


 人間でもない。普通の旅人でもない。


 それでも街道の上では、ただ次の町を目指して歩く一行だった。


     *


 昼を過ぎると、街道を行き交う人が増えた。


 風の国側から来たらしい荷車と何度かすれ違い、逆に同じ方向へ進む商人たちにも追い抜かれる。


 そのたびにソルガルトは妙に自然に声をかけた。


「この先の宿場、混んでるか?」


「ああ? 今日は市の日だからな。泊まるなら早めがいいぞ」


「飯うまい店ある?」


「お前、宿より先にそっち聞くのかよ。南門入って二本目の角に煮込み出す店がある。あそこはいい」


「ありがとな!」


 荷車を引いていた男は笑って手を振り、そのまま東へ進んでいった。


 ソルガルトも当たり前のように振り返している。


 ハミルはその背中を眺めた。


「……慣れてるね」


「何がだ?」


「人と話すの」


「そりゃ話すだろ。聞いた方が早いし」


「そうじゃなくて」


 ハミルが言葉を探していると、エルガが横から答えた。


「ソルガルト様は昔から、人の町へ入ればこうです」


「おい、何だその言い方」


「事実でしょう。知らない者と食事をして、知らない店へ入り、気づけば次の祭りの日まで聞いている」


「いいじゃねえか。面白いんだから」


 ソルガルトは悪びれもしない。


「人間は町ごとに食うもんも違うし、喋り方も違う。十年も経てば店がなくなってたり、逆に新しいのができてたりする。見てて飽きねえぞ」


 十年。


 その言葉だけが、少し遅れて胸に引っかかった。


 ハミルにとっても、人の世界では十年が過ぎている。


 自分が知っていた店も、道も、人も、同じように変わっているのだろう。


『ずいぶん、人の町に馴染んでるね』


 イルへ向けて思う。


『昔からだ』


『祭りに連れていかれたって言ってたけど、こういう感じで?』


 少し間があった。


『……もっと酷い』


『もっと?』


『目を離せば、知らぬ人間と酒を飲んでいた』


 思わず、前を歩くソルガルトを見る。


 今も少し先を行く荷車の積み荷を覗き込み、御者と何やら話していた。


『ああ……』


『納得するな』


『いや、するよ。今もほとんど同じだし』


『十年程度で変わるものか』


 呆れたような声だった。


 けれど、嫌そうには聞こえなかった。


 ハミルの口元が緩む。


「また一人で笑ってるぞ」


 ソルガルトが振り返る。


「イルと話してた」


「何だ? 俺にも聞かせろ」


『断る』


「昔のソルガルトの話」


「おい! 月! 何を喋った!」


『知らぬ』


「目を離すと知らない人と酒飲んでたって」


「何だ、そんなことか!」


「否定しないんだ」


「うまい酒がありゃ飲むだろ!」


 街道にソルガルトの声が響いた。


 すれ違った旅人が驚いてこちらを見る。


 エルガが額を押さえ、レグルが肩を揺らしている。


 つられてハミルも吹き出した。


 風の国までは、まだ遠い。


 けれど、それでいいのかもしれない。


 少なくとも今は、そんなふうに思えた。

本日から投稿再開します!引き続きよろしくお願いします。

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