第6章:異界進出編(前編)
### 第50話 異界の気配
大陸統一からしばらく経った頃、王都の書庫に籠っていたヴェルミナが、思いがけない発見をハルトに伝えてきた。
「大陸の外に、別の世界が存在する痕跡があるの」
古い文献に記された、断片的な記述。かつてこの世界に漂着したというドルシスの存在自体が、その証左でもあった。加えて、大陸各地の遺跡から発掘される、この世界の技術体系とは明らかに異質な遺物の数々が、その仮説を裏付けていた。
「儂の故郷だけじゃない。おそらく、この世界の外には、いくつもの『異界』が存在しておるのじゃろう」
ドルシスの言葉に、居合わせた面々の間に、緊張と好奇心が入り混じった空気が広がった。
「もし本当に異界が存在するなら、そこにも魔王軍のような脅威が潜んでいるかもしれない。あるいは、逆に、我々の大陸を脅かす存在が現れるかもしれないわ」
ヴェルミナの分析に、シズカが静かに頷いた。
「大陸を守るためにも、異界の存在を確かめておく必要がありますなあ」
こうして、大陸統一を果たした同盟の次なる課題として、「異界への渡航」という、前例のない挑戦が動き出すことになった。
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### 第51話 渡航船の建造
異界への渡航手段として白羽の矢が立ったのは、ドルシスが密かに保管していた、故郷の技術の断片だった。
「儂の故郷では、次元の壁を越える術式が、確立されておってな。断片的にしか覚えておらんが……お前の力があれば、あるいは」
ドルシスの記憶と、王国・帝国双方の技術者たちの知見を結集し、異界渡航船と呼ばれる、大型の飛空艇の建造が始まった。船体の骨組みには竜族の協力による強靭な素材が、動力源には神族の宝具の技術が、それぞれ惜しみなく投入されていく。
ハルトの役割は、これまで以上に重要だった。異界渡航に必要な次元障壁突破の術式――理解すべき対象は、これまで扱ってきたどの武具や兵器よりも、遥かに複雑で難解だった。
「正直、儂にも全容は分からん部分がある。お前の理解力に懸けるしかないのう」
ドルシスの言葉に、ハルトは深く頷いた。数ヶ月にわたる地道な検証と観察の末、ようやく渡航船の中核となる術式に、微かな理解の糸口が見え始めていた。
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### 第52話 精霊人形ノア
渡航船の建造が進む中、王国の書庫の奥深くで、一体の不思議な人形が発見された。
人の姿を模した、精巧な造形の人形だった。だが、その内部構造は、これまでハルトが見てきたどの魔導技術とも異なる、極めて高度な仕組みを持っていた。
「この人形……もしかして」
ドルシスが、驚いたように人形の意匠を検分する。
「これは、儂の故郷の技術に近い。いや、それ以上に洗練されておるな」
人形の内部に眠る古い記録を紐解くと、それは遥か古の世界樹――大陸の中心にそびえる巨木の意志によって生み出された、精霊人形であることが判明した。長い眠りについていたその人形に、ハルトは強化の理解を重ねていった。
数週間後、文字盤とともに人形が目を覚ました。
『……お目覚めのご挨拶を。わたくし、ノアと申します』
どこか浮世離れした、お嬢様然とした口調で語る人形は、目を開けるなり、優雅に一礼した。
「あなたは、一体……」
「わたくしにも、詳しいことはまだ分かりませんの。ただ、世界樹様に仕えるべく生まれた存在だということだけは、確かなようです」
この出会いが、後にハルトたちが辿り着くことになる、大きな真実への布石であるとは、この時点では、誰も知る由もなかった。
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### 第53話 渡航船の完成
ノアの持つ知識は、渡航船の建造に、思いがけない形で役立つことになった。
「わたくしの記憶の断片に、次元航行に関する古い術式が残っておりますわ」
ノアの協力を得て、ハルトの理解はさらに深まっていった。ドルシスの故郷の技術と、世界樹に由来するノアの知識、そしてハルト自身の《装備超強化》――三者が合わさることで、渡航船の中核術式は、ついに完成を見た。
【対象:異界渡航船「アルカディア号」/理解度:47%/強化倍率:上限×1200】
巨大な船体が、淡い光を纏いながら、静かに浮上していく。竜族が編み上げた船体、神族の宝具による動力、そしてハルトの強化――大陸中の英知が結集した、この世界にとって初めての異界渡航船だった。
「儂の目が黒いうちに、こんな日が来るとはのう」
ドルシスが、感慨深げに完成した船体を見上げた。ヴェルミナもまた、抑えきれない興奮を滲ませていた。
「これで、いよいよ大陸の外へ――」
誰もが、これから始まる未知の航海への期待と緊張を、胸に抱えていた。
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### 第54話 初めての渡航
出発の日、渡航船「アルカディア号」には、ハルト、レティシア、ガイウス、ヴェルミナ、ドルシス、ノア、そしてゼロ号が乗り込んでいた。王国と帝国、双方の見送りを受けながら、船はゆっくりと上昇していく。
「次元障壁、展開します」
ノアの合図とともに、船体が強化された術式を纏い、光の渦に包まれていく。それは、これまでのどの戦闘とも異なる、静かで荘厳な感覚だった。
視界が一瞬、真っ白に染まる。次に目を開けたとき、そこには見たこともない光景が広がっていた。
空の色が違う。星々の配置も違う。眼下に広がる大地には、この世界とは明らかに異なる様式の建造物が点在していた。
「……本当に、来てしまったのね」
レティシアが、呆然とした様子で呟いた。ガイウスもまた、剣の柄に手をかけながら、緊張の面持ちで周囲を見渡している。
「これが、異界か」
誰も言葉を発さない中、ハルトはただ、この見知らぬ世界の光景に、静かな戸惑いと、そしてかすかな興奮を覚えていた。
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### 第55話 異界文明との遭遇
着陸したアルカディア号を、ほどなくして異界の存在たちが取り囲んだ。
鎧のような外骨格を纏った、明らかにこの大陸の人間とは異なる姿の者たちだった。手にした武具も、剣や槍とは異なる、見たこともない形状をしている。
「見慣れぬ船だ。何者だ、名乗れ」
異界の言葉は、幸いにも大陸の共通語と近しい響きを持っていた。ヴェルミナが即座に前へ進み出る。
「私たちは、隣接する世界からの使者です。争いを求めて来たわけではありません」
だが、警戒を解くには至らなかった。異界の兵たちは、明らかに戦闘態勢を崩さないまま、船の周囲を取り囲んでいる。
「この地では、見知らぬ渡航者は、まず疑ってかかるのが常だ」
緊張が走る中、ハルトはふと、彼らが手にした武具の一つに目を留めた。損耗が激しく、明らかに整備の行き届いていない状態だった。
「――もし、その武具の修復をお手伝いできたら、少しは信用していただけますか」
突然の申し出に、異界の兵たちの間に困惑が広がった。
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### 第56話 獅堂グレン
膠着した状況を打開したのは、思いがけない人物だった。
「――待て、その声。もしや、この世界の人間か?」
異界の兵たちの奥から現れたのは、着物のような装束に身を包んだ、精悍な顔つきの青年だった。腰には、一振りの剣。
「俺は、獅堂グレン。かつて、この異界の大陸を、剣一本で統一した者だ」
その名乗りに、ヴェルミナが目を見張った。
「まさか……日本から召喚された、あなたも?」
「ああ。もう随分と昔の話だがな」
グレンは、ハルトたちと同じように、かつて異世界へ召喚された者だった。だが、彼はこの異界に長く留まり、剣の力のみで大陸を統一するという、規格外の道を歩んできたのだという。
「お前らの目的は?」
グレンの問いに、ヴェルミナが事情を説明する。しばらく思案した後、グレンは意外にも、警戒を解いた。
「――俺の見立てじゃ、悪意は感じられんな。ひとまず、俺が話をつけてやる」
こうして、グレンの仲介により、異界の民との緊張は、一時的に和らぐことになった。
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### 第57話 グレンの過去
グレンの計らいで、ハルトたちは異界の一角に、滞在を許されることになった。
夜、焚き火を囲みながら、グレンは自らの過去について、ぽつりぽつりと語り始めた。
「俺がこの世界に来たのは、お前らよりずっと前だ。剣才だけには恵まれていてな。気づけば、周りに担ぎ上げられるようにして、大陸を統一しちまった」
「それは……羨ましい話ですね」
ハルトの言葉に、グレンは自嘲気味に笑った。
「羨ましい、か。統一した後の孤独ってやつを、お前は知らないだけだ。剣の力で頂点に立った男に、対等な口を利いてくれる奴なんて、そういやしない」
その言葉には、ハルトが感じてきた「英雄視される孤独」とは、また違う種類の重さがあった。剣の才に恵まれながらも孤独を抱えるグレンと、剣を持たぬまま英雄視されるハルト――対照的な立場にありながら、二人はどこか、似た孤独を分かち合っているようだった。
「お前のその強化ってやつ、面白いな。俺の剣も、試してみたい」
「――喜んで」
この夜を境に、グレンはハルトたちの旅路に、新たな仲間として加わることになった。
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### 第58話 異界文明との共存へ
グレンの後押しもあり、ハルトたちと異界文明との関係は、少しずつ改善へと向かっていった。
ハルトは、異界の武具や防具を強化する傍ら、この世界特有の技術体系についても、根気強く理解を深めていった。異界の技術者たちもまた、大陸側の魔法体系に強い関心を示し、両者の間には、自然と技術交流が生まれ始めていた。
「争いより、こういう関わり方の方が、性に合ってるな」
グレンが、しみじみとそう漏らした。
「それでも、いずれこの異界の外にも、目を向けなければならなくなるでしょうね」
ヴェルミナの言葉には、まだ見ぬ、さらなる異界の存在への予感が滲んでいた。実際、この異界の民たちからは、さらに別の世界――複数の並行世界の存在を示唆する、断片的な伝承が語られ始めていた。
「大陸の統一だけでは、終わらないということですね」
ハルトの呟きに、ドルシスが静かに頷いた。
「儂の故郷が失われたのも、複数の世界が絡み合う、大きな争いの果てじゃった。……お前たちが目指す道の先に、何が待っているのか。儂にも、まだ全ては見えておらん」
異界文明との共存という、新たな一歩を踏み出しながらも、その先に広がる世界の広大さと、まだ見ぬ危機の気配を、一同は静かに感じ取り始めていた。
**(第6章・完/全90話中58話)**




