第4章:小国戦争編(後編)
### 第30話 再侵攻の報せ
ガルドニア軍を退けてから半月。レムアルドにはつかの間の平穏が戻っていた。
だが、その平穏は長くは続かなかった。国境の斥候から届いた報せに、城内は再び緊張に包まれることになる。
「ガルドニア軍、再編成を完了。前回の三倍規模の兵力で、再侵攻の構えを見せています」
報告を受けたヴェルミナの表情が、一段と険しくなった。
「三倍……。しかも、前回の敗北を教訓に、装備も見直してくるはずよ」
案の定、続報によれば、ガルドニア軍は新型の攻城兵器と、対飛竜用の防空兵装を大量に配備しつつあるという。前回の勝因だった投石機の威力と飛竜騎兵隊の奇襲、その両方への対策を、敵は着々と進めていた。
「同じ手は、二度は通じないということですね」
ハルトの呟きに、ヴェルミナは静かに頷いた。
「ええ。だからこそ、私たちも次の一手を用意しなければならない」
オルグレンからも、辺境騎士団への追加の応援要請が届いていた。だが、辺境自体も守りが手薄になっている以上、大幅な増援は望めない。限られた戦力で、より強大になった敵に対峙する――その現実が、改めてハルトたちの前に突きつけられていた。
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### 第31話 ヴェルミナの秘策
参謀室に籠ったヴェルミナは、これまでの戦闘記録と地形図を何度も見比べながら、新たな戦術を練っていた。
「今回、正面からの兵力比較では勝ち目がない。だからこそ、地形と装備の質で差をつけるしかないわ」
ヴェルミナが目をつけたのは、レムアルド領内を流れる大河だった。ガルドニア軍が国境を越えるには、必ずこの大河にかかる橋を渡る必要がある。
「この橋を、決戦の場にする」
ヴェルミナの秘策は、橋の周辺一帯に、強化された防御兵器と伏兵を集中配置し、敵の大軍を隘路に誘い込んで各個撃破するというものだった。
「ハルト、この橋そのものを強化することはできない?」
「橋を、ですか」
これまで扱ってきた武具や兵器とは、また違う対象だ。だが、理解すべき構造――橋脚の組み方、荷重の分散、素材の性質――は、これまで培ってきた知識の応用で読み解けるはずだった。
「やってみます」
ハルトは早速、橋の設計図を借り受け、老技師たちの話を聞きながら、その構造を丹念に読み解き始めた。決戦までの猶予は、わずか十日だった。
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### 第32話 橋の強化
十日間、ハルトはほとんど橋の袂から離れなかった。
橋脚の一本一本に触れ、素材となった木材の質、組み上げられた年代、これまでの補修の跡までを、細部にわたって記憶していく。並行して、橋の周囲に配置する防御陣地の武具強化も進めなければならない。ヴェルミナやレティシアが交代で差し入れを持ってきては、無理をするなと声をかけてくれた。
決戦前日、ようやく文字盤が浮かんだ。
【対象:レムアルド大橋/理解度:52%/強化倍率:上限×1400】
橋全体がぼんやりとした光に包まれる。表面を触れてみると、これまでとは比べ物にならないほどの強度を持つ何かへと変質しているのがわかった。
「橋げたの強度だけじゃない。荷重を分散させる仕組みそのものが、まるで生きているみたいに最適化されているわ」
構造を検分したヴェルミナが、感嘆の声を漏らした。この橋を、ただの通路としてだけでなく、防衛の要として機能させる――それが、ヴェルミナの立てた作戦の根幹だった。
「これなら、いける」
橋の袂に立ち、ハルトはこれから始まる決戦に向けて、静かに息を整えていた。
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### 第33話 英雄視の重さ
決戦を翌日に控えたその夜、ハルトは一人、橋の近くの野営地を離れ、川辺を歩いていた。
城内では、彼の名を口にする兵士たちの声を、あちこちで耳にするようになっていた。「あの装備強化の勇者様のおかげで」「今度も、きっと勝てる」――そんな期待の言葉の数々が、ハルトの肩に、目に見えない重みとしてのしかかっていた。
(俺は、剣も振れない。勇者なんかじゃない)
川面に映る月を眺めながら、ハルトはぼんやりとそんなことを考えていた。誰かの役に立てることは、嬉しい。それは間違いない。だが、実態以上に大きく祭り上げられていく自分の評判に、どうしようもない違和感を覚えずにはいられなかった。
「――こんなところにいたのね」
背後から、レティシアの声がした。
「眠れなくて」
「気持ちはわかるわ」
レティシアは、ハルトの隣に腰を下ろした。しばらく、二人の間に沈黙が流れる。
「あなたが自分をどう思っているか、なんとなく分かる気がするの。剣を振るえない自分が、勇者と呼ばれることに戸惑っているんでしょう」
図星を突かれ、ハルトは何も言えなかった。
「でもね、ハルト。あなたが強化した武具がなかったら、今頃、私もガイウスも、この国の人たちも、生きていなかったかもしれない。それは紛れもない事実よ」
レティシアの声は、静かだが、確かな芯を持っていた。
「勇者かどうかなんて、他人が勝手に決めることだわ。あなたは、あなたのやり方で、確かに人を救っている。それだけで、十分じゃない?」
その言葉に、ハルトの胸の奥が、じんわりと温かくなった。完全に納得できたわけではない。それでも、少しだけ、肩の力が抜けるのを感じていた。
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### 第34話 決戦前夜、鬼灯の変化
橋の防衛陣地には、あの「黒鳶」のパーティも参陣していた。レムアルドでの防衛戦以来、鬼灯たちは傭兵としてこの地に留まり続けている。
夜営の焚き火を挟んで、ハルトと鬼灯が、久しぶりに言葉を交わす機会があった。
「……お前によ、詫びなきゃならねえと思っててな」
珍しく、鬼灯の方から切り出してきた。
「森に置き去りにしたこと、ずっと引っかかってた。まさか、お前がこんな……国を左右するほどの力になるとは、思ってもみなかったよ」
ハルトは、しばらく黙って焚き火を見つめていた。あの日の恐怖と孤独は、簡単に消えるものではない。それでも、目の前で頭を下げる鬼灯の姿に、これ以上責める気持ちにはなれなかった。
「……もう、いいですよ。あの経験があったから、俺は自分のスキルの本当の意味に気づけたので」
「随分と、できた男になったな」
鬼灯は自嘲気味に笑うと、手にしていた酒瓶を差し出してきた。
「せめてもの詫びだ、受け取ってくれ」
ハルトは苦笑しながらも、その瓶を受け取った。完全な和解とまではいかない。それでも、二人の間にわだかまっていた棘が、少しだけ和らいだ夜だった。
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### 第35話 橋上の決戦
夜明けとともに、ガルドニア軍の大軍がレムアルド大橋へと押し寄せてきた。
「見ろ、前回の三倍以上の兵力だ……」
城壁から戦況を見守る兵士たちの間に、緊張が走る。だが、ヴェルミナの立てた作戦は、すでに動き出していた。
「橋上に誘い込め! 決して焦って前に出るな!」
強化された大橋は、ガルドニア軍の大部隊の重量を受けても、びくともしなかった。橋の両岸に伏せていた弩砲と投石機が、橋上に密集する敵兵に向けて一斉に火を噴く。
「な、なんだこの威力は……!」
ガルドニア軍の指揮官と思しき男が、動揺した声を上げる。前回とは比較にならない密度の砲撃に、橋上の敵兵が次々と隊列を乱していく。
「今だ、レティシア! ガイウス!」
合図とともに、飛竜騎兵隊が上空から急降下する。前回の戦訓を踏まえ、ガルドニア軍が配備していた対飛竜兵装が火を噴くが、ハルトが事前に強化していた飛竜の鱗の耐性を上回ることはできなかった。
橋という隘路に押し込められたガルドニア軍は、数の優位をまるで活かせないまま、混乱の渦に飲み込まれていった。
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### 第36話 決着
激戦は、日が高く昇る頃には、大勢が決していた。
橋上で身動きの取れなくなったガルドニア軍は、指揮系統が寸断され、次第に統制を失っていった。撤退を試みる兵たちの列が、橋の向こう岸へと続いていく。
「――追撃はここまでにしましょう」
ヴェルミナが、追い討ちをかけようとする一部の血気にはやる兵士たちを制した。
「これ以上の被害は、双方にとって不要な恨みを生むだけよ。レムアルドは、あくまで自国を守り抜けばそれでいい」
その判断に、老臣も深く頷いた。
「賢明なご判断です。……我が国は、これで救われました」
城内には、二度目の勝利を祝う歓声が響き渡った。だが、その熱狂の中心にいながら、ハルトはやはり、どこか一歩引いた場所から、その光景を眺めていた。
(また、俺は何もしていない。ただ、理解して、強くしただけだ)
それでも、この橋を渡ろうとした兵たちの多くが、命を落とさずに済んだという事実もまた、確かにそこにあった。戦いというものの複雑さを、ハルトは改めて噛みしめていた。
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### 第37話 戦後処理
決戦から数日後、レムアルドとガルドニアの間で、停戦交渉が行われることになった。
ガルドニア側の使者は、これ以上の戦を望まないという意向を示し、両国の間には、当面の平和が築かれることになった。ヴェルミナはその交渉の場にも同席し、辺境騎士団の立場から、公正な条件を後押しした。
「これで、しばらくはレムアルドも落ち着くはずよ」
交渉を終えたヴェルミナが、安堵の息をついた。だが、その表情にはすぐに、次なる懸念の色が浮かんだ。
「ただ――今回の一件で、ハルト、あなたの噂は間違いなく大陸中に広まるでしょうね」
「え……」
「小国が大国を二度退けた。その裏に、一人の召喚者の力があった。この話は、遅かれ早かれ王国や帝国、それに魔王軍の耳にも届くはずよ」
ヴェルミナの言葉に、ハルトは背筋が冷たくなるのを感じた。これまでは辺境という限られた世界での出来事だったが、これから先は、大陸そのものの勢力図に関わる存在として、注目を集めることになるかもしれない。
「俺は、ただの装備強化係のつもりなんですけど」
「世界は、そうは見てくれないでしょうね」
ヴェルミナの静かな言葉に、ハルトは、これから待ち受ける道のりの大きさを、うっすらと予感し始めていた。
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### 第38話 次なる大陸へ
辺境騎士団への帰還を前に、レムアルドの国王から直々に謁見の機会が設けられた。
「此度の御恩、我が国は生涯忘れません。あなた方の働きがなければ、レムアルドはとうに滅んでいたでしょう」
国王は、ハルトたちに深く感謝の言葉を述べた後、一枚の書状を差し出した。
「これは、大陸各国へ向けた、我が国からの推薦状です。あなた方のような方々の力が、この大陸の平和のために、より広く役立てられることを願っております」
推薦状には、辺境騎士団の働きを称える言葉とともに、特に「装備超強化」というスキルの有用性が、詳細に記されていた。
帰路の馬車の中、ヴェルミナはその推薦状に目を通しながら、ぽつりと呟いた。
「これでもう、辺境に留まり続けることは難しくなるでしょうね」
「……そうなんですか」
「王国も、帝国も、この推薦状を読めば、間違いなくあなたを引き抜きにかかる。あるいは――もっと大きな争いに、巻き込まれることになるかもしれない」
馬車の窓の外を、レムアルドの穏やかな田園風景が流れていく。半年前、追放されて一人森を彷徨っていた頃には、想像もしなかった未来が、少しずつ形を持ち始めていた。
「俺は、これからどうなるんでしょうか」
誰に問うでもない呟きに、隣に座るレティシアが、そっと手を重ねてきた。
「どこに向かうことになっても、私たちは一緒よ」
その言葉に、ハルトは静かに頷いた。剣も魔法も持たぬ最弱の召喚者を乗せた馬車は、辺境の砦へ、そしてその先に待つ、より大きな大陸の運命へと向かって、街道を進んでいった。
**(第4章・完/全90話中38話/小国戦争編・完)**




