第2章:騎士団転用編
### 第10話 初任務
騎士団に加わって半月が過ぎた頃、ハルトに初めての「任務」が言い渡された。
といっても、戦闘に出るわけではない。辺境一帯を巡回する部隊に同行し、道中で傷んだ武具の応急強化を行う――それが、オルグレンから与えられた役割だった。
「お前を矢面には立たせん。だが、後方支援としてなら使い道はある」
オルグレンの言葉には、以前のような侮蔑はもうなかった。ただ、団長として当然の警戒と、期待の入り混じった、慎重な響きがあった。
巡回部隊は十二名。レティシアもその中にいた。ハルトは荷馬車の御者台に乗り込みながら、初めて「役に立つ立場」として部隊に加わる緊張を噛みしめていた。
巡回三日目、辺境の街道沿いで、部隊は小規模な魔物の群れと遭遇した。戦闘そのものはレティシアたちが難なく制圧したが、その過程で数名の得物が刃こぼれや柄の破損を起こした。
「ハルト、頼めるか」
レティシアに促され、ハルトは急ぎ、傷んだ武具に手を当てた。時間はない。だが、この半月の間、団の武具庫にある装備は一通り観察し尽くしていた。理解度はすでに、ある程度積み上がっている。
文字盤が浮かぶ。刃が輝きを取り戻す。それだけで十分だった。
修復と強化を終えた剣を受け取った騎士の一人が、驚いたように刃を検分した。
「……前より、よく斬れる気がするな」
その一言だけで、ハルトは胸の奥が温かくなるのを感じた。誰かの役に立てている。それは、追放されて以来、初めて味わう感覚だった。
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### 第11話 鎧の強化
巡回任務から戻ったハルトに、次に与えられた課題は「鎧」だった。
剣や盾に比べ、鎧は構造が複雑だ。関節部の可動域、重量配分、着用者の体格との相性――理解すべき要素が桁違いに多い。ハルトは団の防具庫に籠り、何日もかけて一着ずつ鎧を分解しては組み立て直す作業に没頭した。
「そんなに根を詰めて、身体を壊さないでよ」
差し入れの水を持って現れたレティシアが、呆れ半分、感心半分の表情でハルトを覗き込んだ。
「あ、すみません、つい……」
「謝らなくていいわよ。ただ、あなたのそういうところ、嫌いじゃないわ」
さらりと告げられた一言に、ハルトは思わず言葉を詰まらせた。レティシアは気にする様子もなく、防具庫に並んだ鎧を興味深そうに眺めている。
一週間後、ハルトはレティシア専用の胸当てを強化して見せた。
【対象:胸当て(レティシア支給品)/理解度:71%/強化倍率:上限×2400】
軽量なままに硬度だけが飛躍的に向上したその胸当てを試着したレティシアは、動きやすさと防御力の両立に目を丸くした。
「……これ、量産できたら国宝級の装備よ」
「い、いえ、あの、これは俺が理解できたからで……」
「わかってる。だからこそ、あなたがすごいのよ」
レティシアの笑顔に、ハルトはまた頬が熱くなるのを感じていた。
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### 第12話 魔導砲台
防具庫での成果が団内に広まった頃、ヴェルミナがハルトのもとを訪れた。
「次は、これを見てほしいの」
案内されたのは、砦の外壁に据え付けられた古い魔導砲台だった。かつて先代の魔導師たちが設置したものだというが、今では魔力伝導路の劣化が進み、まともに稼働していないという。
「魔物の大規模な侵攻があれば、この砲台の火力が要になる。けれど、直せる魔導技師がもういないの」
ハルトは砲台の魔法陣に触れてみた。刃や鎧とは違う、初めて扱う対象だ。理解の糸口を掴むのに、これまで以上の時間がかかった。
ヴェルミナの持つ古い設計図や、砦に残された魔導師の手記を借りながら、ハルトは砲台の構造――魔力の流れる経路、増幅結晶の配置、砲身の形状ひとつひとつを、根気強く読み解いていった。
三週間かけて、ようやく文字盤が浮かんだ。
【対象:辺境砦・魔導砲台/理解度:38%/強化倍率:上限×90】
まだ理解度は低い。だが、それでも劣化しきっていた魔力伝導路には、目に見える変化が現れた。試射の轟音が、辺境の空に響き渡る。
「……理論値を優に超えているわ」
ヴェルミナは、弾着地点に開いた大穴を見つめながら、静かに呟いた。
「ハルト、あなたのそのスキル。私はこれから、本気で研究させてもらうわよ」
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### 第13話 参謀室の夜
それからというもの、ハルトはヴェルミナの参謀室に、頻繁に呼び出されるようになった。
「理解度と強化倍率の関係を、もう少し体系立てて考えてみましょう」
ヴェルミナは机の上に、山のような羊皮紙とインク壺を並べた。彼女の几帳面な字で、これまでハルトが強化してきた対象と、その理解度、強化倍率の記録がびっしりと書き込まれていく。
「短剣は理解度98%で上限が確か……」
「たしか、倍率換算で1000倍近くまで伸びました」
「木の盾は完全理解で――理論上、上限が見えないほど跳ね上がっている。つまり、対象への理解が100%に近づくほど、倍率は指数関数的に伸びる可能性が高いということね」
ヴェルミナは羽根ペンを走らせながら、独り言のように呟いた。
「もしこの仮説が正しければ、あなたのスキルには本質的に上限がない。あるとすれば、それは対象を『完全に理解できるか』という一点だけ」
「……そんな大層なものじゃ」
「いいえ、大層なものよ」
ヴェルミナは初めて、少し強い調子でハルトの言葉を遮った。
「多くの者は、力を持って生まれた瞬間に成長を止める。でもあなたは違う。積み上げることでしか強くなれない代わりに、積み上げた分だけ、際限なく強くなれる。これがどれほど恐ろしい可能性か、わかっているの?」
夜も更けた参謀室で、ヴェルミナの瞳には、研究者としての純粋な興奮と、どこか予感めいた緊張が同居していた。ハルトはまだ、その言葉の本当の重みを、実感として理解してはいなかった。
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### 第14話 使い魔人形「ゼロ号」
砦の倉庫の奥で、ハルトはひどく古びた木製の使い魔人形を見つけた。
かつて偵察用に作られたものらしいが、内部の魔法陣が損耗し、今ではただの人形と変わらない状態だった。関節はぎこちなく軋み、目の部分にはめ込まれた魔石の輝きも、ほとんど失われている。
「これ、捨てるんですか?」
倉庫番の老兵に尋ねると、面倒臭そうに手を振られた。
「とっくに壊れとる代物だ。好きにしていいぞ」
ハルトはその人形を持ち帰り、暇を見つけては観察を続けた。内部の魔法陣の構造、関節部の駆動原理、かつてどんな任務に使われていたのか――記録に残された断片的な情報を、ヴェルミナの協力も得ながら丹念に読み解いていく。
一ヶ月ほどかけて、ようやく理解度が形になった。
【対象:偵察用使い魔人形/理解度:55%/強化倍率:上限×3000】
文字盤が浮かぶと同時に、人形の目に灯っていた魔石が、ぽつりと淡い光を取り戻した。関節の軋みが消え、まるで生まれ変わったかのように、なめらかな動作でハルトの方を振り向く。
『……マスター、認識完了』
平坦だが、確かに意志を持った声だった。ハルトは驚きのあまり、しばらく声も出なかった。
「お前、喋れるのか」
『自我領域、再構築完了。名称は……未設定です』
しばらく考えた末、ハルトはその人形に「ゼロ号」という名を与えた。 かつて誰にも顧みられなかった存在が、理解の積み重ねによって、確かな自我を持つに至った――その事実は、ハルトにとって、自分のスキルの可能性を改めて実感させる出来事だった。
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### 第15話 辺境の脅威
ゼロ号が目覚めてまもなく、砦に緊急の報せが届いた。辺境一帯に、これまでにない規模の魔物の群れが押し寄せているという。
「斥候の報告じゃ、群れの規模は通常の十倍以上。おそらく、深部の魔窟から溢れ出てきたものだろう」
オルグレンの声には、隠しきれない緊張があった。辺境騎士団の戦力だけで、果たして持ちこたえられるのか――誰もが、その不安を胸に抱えていた。
「ハルト、時間はどれだけある?」
ヴェルミナが真っ先に尋ねてきた。
「今できる限りの武具を、全部強化します」
その日から三日間、ハルトはほとんど眠らずに、団の武具庫にある得物を片端から強化し続けた。理解度の高いものから優先的に手を入れ、限られた時間の中で、少しでも多くの騎士たちの装備を底上げしていく。
ゼロ号も、偵察役として斥候部隊に同行し、魔物の群れの動きを逐一報告してくれた。
「――来るぞ!」
見張り台からの叫びとともに、地平線の向こうから、無数の魔物の影が押し寄せてくるのが見えた。ゴブリン、オーク、そして見たこともない大型の魔獣まで入り混じった、まさに濁流のような群れだった。
辺境騎士団、開戦の刻が迫っていた。
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### 第16話 魔導砲台、咆哮す
「砲台、起動! 全弾装填!」
ヴェルミナの号令とともに、ハルトが強化した魔導砲台に魔力が注ぎ込まれていく。それまで劣化しきっていた老朽兵器が、まるで生き返ったかのように唸りを上げた。
「――撃て!」
轟音とともに放たれた砲弾が、押し寄せる魔物の群れの先頭に着弾する。爆炎と衝撃波が、群れの一角を一瞬で吹き飛ばした。
「馬鹿な……! こんな威力、王都軍の攻城兵器並みだぞ!」
砲台を扱う技師が、目を見張りながら叫ぶ。だが、群れの勢いは止まらない。第二射、第三射と砲撃を重ねる間にも、生き残った魔物たちが砦の外壁へと殺到してくる。
「ハルト、ここからは私たちの仕事よ!」
レティシアが、強化された長剣を手に、外壁の防衛線へと駆け出していく。ガイウスもまた、あの日ハルトから借り受けた剣を携え、雄叫びを上げながら戦線に飛び込んでいった。
ハルトは戦うことができない。だが、後方から騎士たちの装備を見守りながら、刃こぼれた武器があれば即座に応急強化を施し、壊れかけた盾には補修を重ねていく。それが、彼にできる唯一の戦い方だった。
「補修完了、行ってください!」
「悪いな、恩に着る!」
声を掛け合いながら、騎士たちが次々と前線へと戻っていく。 剣を振るうこともできない最弱の召喚者が、それでも確かにこの戦場の一部を担っている――その実感が、ハルトの中に静かに広がっていった。
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### 第17話 鬼灯、再び
戦闘の混乱の中、ハルトは思いがけない顔と再会することになった。
外壁の防衛線が一時的に崩れかけたとき、増援として駆けつけてきた冒険者パーティの中に、あの「黒鳶」の姿があったのだ。リーダーの鬼灯は、ハルトの姿を見つけると、明らかに動揺した様子を見せた。
「……お、お前、なんでここに」
「今は、辺境騎士団に世話になってます」
淡々と答えるハルトに、鬼灯は気まずそうに視線を逸らした。かつて森に置き去りにした相手が、まさか騎士団の一員として、この戦場に立っているとは思ってもいなかったのだろう。
「その剣、ずいぶんいい得物を持ってるじゃねえか」
鬼灯の仲間の一人が、周囲の騎士たちが手にしている武具の輝きに目を留めて言った。実際、ハルトの強化を受けた騎士たちの得物は、傍目にも明らかな性能差を見せつけていた。
鬼灯は何かを言いかけたが、結局、何も言わずに前線へと向かっていった。ハルトもまた、それ以上追及するつもりはなかった。恨みがないと言えば嘘になる。だが今は、目の前の戦いに集中すべきときだった。
やがて、日が暮れる頃には、押し寄せてきた魔物の大群は、辺境騎士団と増援の冒険者たちによって、なんとか押し返されていた。
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### 第18話 評価
戦いの後、砦の広間で行われた戦況報告の場で、オルグレンは珍しく声を張り上げた。
「此度の防衛戦、我が団が持ちこたえられたのは、間違いなく武具の底上げによるところが大きい。――ハルト、前へ」
名指しされ、ハルトはおずおずと広間の中央に進み出た。集まった騎士たちの視線が、一斉にこちらへ向く。かつて感じたような、冷ややかな視線ではなかった。
「お前のスキルを侮っていたことを詫びよう。此度の働き、団として正式に評価する」
オルグレンの言葉に続いて、ヴェルミナが一枚の羊皮紙を差し出した。そこには、団直属の「装備強化技官」という、新しい肩書きが記されていた。
「これからは、正式な団の一員として、給金も待遇も改めるわ」
ハルトは、その羊皮紙を受け取りながら、しばらく言葉が出なかった。追放された日、鬼灯に投げつけられた「役立たず」という言葉が、ふと脳裏をよぎる。
(俺は、ここにいてもいいのか)
込み上げてくる感情を抑えながら、ハルトは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。……これからも、精一杯やらせてもらいます」
広間に、ぱらぱらと拍手が広がった。 それは、ハルトがこの異界で初めて手にした、確かな居場所の証だった。
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### 第19話 小国からの使者
防衛戦から半月が過ぎた頃、砦にひとりの使者が訪れた。
辺境騎士団が守る国境のさらに向こう、小国レムアルドから遣わされた使者だという。国境沿いの小国が、隣接する大国からの侵略にさらされているとの報せだった。
「――辺境騎士団の武具強化の噂は、我が国にも届いております。どうか、援軍をいただけないでしょうか」
使者は、切迫した表情でオルグレンに訴えた。ヴェルミナは羊皮紙に広げられた地図を見つめながら、静かに言った。
「レムアルドが陥落すれば、この辺境一帯の防衛線も、いずれ同じ危機に晒される。他人事ではないわね」
オルグレンは腕を組み、しばらく黙考した後、団の主だった面々を招集した。
「ハルト、お前の力が要る。ここでの防衛戦とは規模が違う、本格的な国家間の戦になるやもしれん」
その言葉に、ハルトは思わず息を呑んだ。今までは、辺境という限られた場所での出来事だった。だが、これから先は、一つの国の存亡そのものに関わることになる。
「……俺に、できることなら」
迷いはあった。それでも、この半年で積み上げてきた理解と経験が、この決断を後押ししていた。
オルグレンは、深く頷いた。
「レティシア、ガイウス、ヴェルミナ。そしてハルト。お前たちを中心とした派遣部隊を編成する」
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### 第20話 出発
出発の朝、砦の門前には、派遣部隊を見送る団員たちの姿があった。
半年前、誰にも見送られることなく一人で辺境へと歩き出したあの日のことを、ハルトはふと思い出していた。今は違う。荷馬車に武具を積み込むハルトの周りには、声をかけてくれる仲間たちがいる。
「無理はしないでね」
レティシアが、強化されたばかりの胸当てを身につけながら微笑んだ。
「お前が本気出したら、また何かとんでもねえもん強化しそうだな」
ガイウスが、からかうように肩を叩いてくる。
「小国の戦力と、こちらの装備差。理論上は十分に押し返せるはずよ」
ヴェルミナは、いつも通り冷静に戦況を分析しながらも、その口元にはわずかな期待の色が滲んでいた。
『マスター、準備完了です』
ゼロ号が、荷馬車の荷台からハルトを見上げる。半年前には想像もしなかった仲間たちに囲まれながら、ハルトは静かに拳を握った。
(俺にできるのは、戦うことじゃない。理解して、強くすることだけだ)
それでも、その力が誰かを守れるのなら。
馬車が動き出す。辺境の砦を後にし、小国レムアルドへと続く街道を、派遣部隊は進み始めた。
剣も魔法も持たぬ最弱の召喚者にとって、これは国家間の戦争に足を踏み入れる、初めての一歩だった。
**(第2章・完/全90話中20話)**




