08 ご両親に挨拶
そして、季節は秋の始まりへと移り変わった。
九月に入り、木々が少しずつ色づき始めた頃。
俺はミユさんの両親に挨拶をするため、絵名木家を訪れることになった。
アパートの管理人として一人で暮らしている俺だが、両親はもうこの世にいない。
海外旅行中に亡くなったが、本業のドリンクの入れ替えの仕事もあるし、生前贈与でアパートを残してくれていた。
だからこそ、ミユさんと結婚してもすぐに一緒に住める。経済的な不安はない。
ただ、俺は緊張していた。
玄関のチャイムを押す前、ミユさんがそっと俺の袖を引いた。
「大丈夫? 微妙に震えているような?」
「いえ……大丈夫です、ミユさん。これは武者震いです」
ドアが開き、ミユさんの両親が姿を現した。
俺は深く頭を下げ、できるだけ誠実に言葉を紡ぐよう心がける。
「あの……はじめまして。里中友次と申します。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
リビングに通され、向かい合って座る。
ミユさんの父親は厳しそうな目で俺を見ていたが、母親は少し優しい表情を浮かべていた。
俺は姿勢を正し、ゆっくりと言葉を続けた。
「俺……いえ、僕と美夢さんを、結婚させてください」
娘さんを俺にください!よりは、結婚させて下さい! の方がマイルド?でいいかと思ったが、ご両親の反応はいかに!?
その瞬間、部屋の空気が少し変わった。
ミユさんのお母さんが目を丸くし、お父さんがわずかに眉を寄せる。俺は言葉を重ねた。
「僕はミユさんのことが、本当に大切です。娘さんが仕事を続けたいのなら、それも尊重したいと思っていますし、家庭に縛り付けようとは思ってません、しかし、本人が会社に行きたくないと言う状況になれば逆に家賃収入で養う事も可能です。ただ、僕のそばで、ミユさんが少しでも心穏やかに過ごせるように……支えていきたいんです」
ミユさんは隣で俯いていた。
黒髪が肩に落ち、表情は見えない。
流石に緊張してるのか、契約結婚だという事を親に隠してるから、親と目を合わせにくいのかもしれない。
ミユさんの父親が、口を開いた。
「……およそパーフェクトだ。仕事を続けたいならそれもよし、専業主婦をやりたいならそれもよしとは……文句のつけようがないな」
父親は急に破顔した。
「ええ、ほんとに、素晴らしいじゃないの! ミユ、良かったわね! 全く、こんな素敵な彼氏さんがいたなら早く教えて欲しかったわよ!」
「え、えへへ」
母親も凄く嬉しそうだったし、ミユさんも、照れたように笑った。
「それで結婚式は?」
「フォト婚でサクッと済ませてしまおうと思ってるの」
「ミユ、ほんとに写真だけでいいの? 一生に一度のことなのに」
これは契約結婚なので無駄な金を使わせたくないという、ミユさんの意見を尊重した。
「その分、新婚旅行にお金を使えばよいかと!」
俺はオタクな彼女のいくつもある好きな作品の中から、比較的治安の良さげな所を候補として、聖地巡礼をさせてあげようと、その話をここに来る間に車の中でしてた。
それを聞いた彼女は大喜びだった。
「え、まぁまぁ、旅行? どこに行くの?」
「カナダとかですね」
「まー! カナダ! 素敵ね!」
「あはは、ともかくこれで挨拶は終わったよね。お父さん、お母さん、お寿司でもとろうか? 緊張したらお腹空いちゃった!」
「普通緊張したら胸がいっぱいになるだろうに変な子ねぇ。でもめでたいからお寿司もいいわね! ねぇ、お父さん?」
ミユさんのお母さんは嬉しげに手を叩いた。
「ああ、寿司でも鰻でも好きなのをとれ!」
お父さんも笑顔で承諾してくれた。
最初は怖い人かと思ったけど、そんなことなくて良かった!
ミユさんも最初は凄いクールな感じだったし、最初だけ、打ち解けるまでがやや無愛想なのはお父さんに似てたのかもしれない。
ともかく、ご両親への挨拶、結婚の許しを得るという、一大イベントを終え、ほっと内心で胸を撫で下ろした。
その後、本当に寿司が出前で届けられ、ご両親とミユさんと一緒に美味しくいただいた。




