05 水族館デート
俺は今回も駅近のコンビニ駐車場で車を停め、スマホを握りしめていつ通知がきてもいいように待っていた。
急にキャンセルとかなったら泣くかもしれんとか思いつつ……今日はもうエンジンかけてエアコンを付けたまま車内を冷やしてある。日本の夏は暑すぎるから。
「ふーー……」
俺は緊張をどうにかしたくて、深呼吸をした。
心臓の音もやけにうるさい。
今日はお盆休みに入ったばかりではあるが、ミユさんから水族館の限定コラボガチャのために一緒に行かないかというお誘いに乗ったからだ。
彼女は推しガチャの為に張り切っているのか、約束の時間の10分前には現れた。
そして俺はそんな彼女より20分は先に来ていた。
張り切り過ぎて我ながらキモイが、遅刻して待たせるよりはマシ。
サラサラの黒髪ロングが、夏の陽射しに少し輝いている。可愛な刺繍入りの爽やかな白のチュニック、下は動きやすそうな膝下あたりの長さの淡いカーキ色のズボンだ。
ガチャガチャの為にしゃがむ可能性あるから、スカートよりはそっちで正解だと思われる。
そして推しのゲームキャラのイメージカラーのパワーストーンのブレスレットをさりげなく付けているのが、彼女らしい。
「里中さん、お待たせしました! 早かったですね。今日も車出してくださってありがとうございます」
ミユさんは少し頰を赤らめながら、そう言って助手席に乗り込んできた。
俺は慌てて「いや、あはは、今来たとこです! 俺の方こそ誘ってくれてありがとうございます。こいつもたまにエンジンかけないとバッテリー上がりますしちょうどいいですよ」
と返し、彼女がシートベルトをしたのを確認してから車を出した。
水族館までは車で約一時間。
道中、彼女は後部座席に置いてあった保冷バッグから手作りらしきお弁当をチラ見せしてきた。
「簡単なものだけど……お盆で帰省しない分、ちょっと張り切ってお弁当作ってきてしまいました」
す、好きな人の手作り弁当イベントが来たーーっ!!
圧倒的感謝! なんという僥倖!
某ネットミームにもなった大人気漫画のキャラのセリフが脳裏で乱舞する。
こんな幸せがあっていいのか!?
俺の今年の運はもしやここで使いきったか!?
いやいや、まだまだ、俺の夏は始まったばかりだ!
そしてミユさんは実家の結婚しろ圧がウザイから今年はお盆休みを全部使って「推し活」に費やすつもりだと言った。
そんなら今日の水族館限定コラボガチャはなおさら外せないよな。
水族館に着くと、入口近くに巨大なコラボポスターが掲げられていたし、ノボリ(旗)も立ってる。
ゲーム内の人気キャラたちが、イルカやペンギンと一緒に泳いでいるイラストにはミユさんの推しキャラのシルヴァンも、優雅に水の中を漂っている。
「わ……水着ポスターがある……! 素晴らしい筋肉!」
ミユさんの目がキラキラ輝いているのを見て、俺も自然と笑顔になった。
まずは目的のガチャポンコーナーへ直行。
ミニマスコットフィギュアのガチャがあり、イルカの上に推しが乗ってるのが今回の彼女の大本命だ。
他の主人公や人気キャラもクラゲやペンギンやジンベイザメなどとセットだったり、可愛い仕様で並んでいる。
全部で六種類。夢子さんは財布から100玉を何枚も取り出しながら、
「私は物欲センサーが強すぎて……シルヴァンが全然出ないのよね。過去のガチャでも三回連続でハズレ引いて泣いたんだから……」と、ため息をついた。
俺は隣のガチャを回しながら、心の中で祈った。
(頼む、ミユさんの推しが出てくれ……!)俺が先に回したガチャは、残念ながら違うキャラだった。
次にミユさんが回す番。カプセルが転がり出てきた瞬間、彼女の表情が固まった。
「……ああっ!」
出てきたのは、イルカの上にシルヴァンがちょこんと乗ったフィギュア。
ミユさんは一瞬、信じられないという顔をしてから、ゆっくりとカプセルを開け、両手で大切そうに握りしめた。
「出た……! 里中さん、見て! シルヴァンが自引き出来ました! 今日は来てます! 推しがイルカに乗ってる……可愛い!」
その嬉しそうな笑顔が、あまりにも可愛くて、俺は言葉を失った。
ミユさんは興奮のあまり、俺の腕を軽く掴んで揺らした。
「ありがとうございます! 里中さんが一緒に来てくれたおかげだと思います……!」
俺は照れくささを誤魔化すように、
「俺は何もしてないですよ。ただ隣にいただけで」
と笑ったが、本当は心の中でガッツポーズを決めていた。
その後、二人は水族館内をゆっくり回った。
ペンギンのコーナーでは、
「あの、ここで推しぬいと1枚撮ってもいいですか?」とわざわざ訊くので、俺が推し&ペンギンと一緒の写真撮りますよ。と、返した。
推しぬいを手にもって微笑むミユさん、めちゃくちゃ可愛い。他の目がに気なるらしいから手早く撮った。
イルカショーでは、タイミングよくイルカがジャンプした瞬間、ユメさんが小さく「きゃっ」と声を上げ、俺の肩に少し寄りかかってきた。
その柔らかい感触と、シャンプーの良い匂いに、俺の心拍数は危険水域に達した。
あらかためぼしいところを見終わって、そろそろお昼ご飯って時間に水族館に来てる家族連れの子供が、「お外でお弁当やだー! 水族館の中の店で食べたい!!」
などど叫んでたのを聞いたミユさんが、
「あの、やっぱレストランにしときます? 私のお弁当はなしで」
などと言い出した。
「とんでもない! あの子供にはお母さんの手作り弁当の尊さが分からないだけです!」
「せっかくレストラン併設の水族館に来てるのにお弁当だったから、それが貧乏くさく感じて嫌なのかもですねー」
「手作り弁当は全然貧乏臭くないです! 金出して食えるものより価値があります!」
俺は必死に力説した。手作り弁当キャンセルだけは避けたい!
「ふふ、里中さんは優しいですね、じゃあお弁当で」
「俺はふつーです! そして弁当を食べます!」
帰りの車の中、ミユさんは助手席でシルヴァンのフィギュアを大事そうに眺めながら、ぽつりと言った。
「この後、そのへんの海辺でお弁当を食べましょうか?」
「そうですね、車から降ります?」
「暑いし、車内からで大丈夫ですよ、里中さんが降りたければ降りますけども」
「じゃあ、車内でゲーム実況配信でも流しつつお弁当を食べますか」
「あはは、私への配慮が行き届いてますね」
「いや、俺も見たいので」
会話が続かなかったら気まづいので、安全策だ。
ミユさんはくすりと笑った。
めちゃくちゃ可愛い。俺はこの笑顔を見る為に生まれて来た可能性がある。
そして車の窓から海を眺めつつのお弁当タイムに突入。
「梅干しのおにぎり大丈夫ですか? こっちはシンプルに塩と海苔です」
「大丈夫です」
「おかかも好きなんですが、夏なので痛みにくいのを選びました」
「俺のお腹への配慮が行き届いてますね」
「あはは!」
「唐揚げもウインナーもミニハンバーグもプチトマトもブロッコリーも美味しそうですね! 俺 全部好きですよ!」
お弁当の定番と言われるメンツがいる。
「良かった」
そして、ミユさんの手作り弁当は、全部美味しかった。あまりにも幸せすぎる。
帰りに事故にあったりしないよう、いつにも増して安全運転を心がけようと思った。
そしてコンビニ駐車場での別れ際、俺の解禁シャツの胸のポケットにミユさんがガソリン代!と言って三千円を突っ込んだ。
「お弁当を貰ったからガソリン代とかいいのに」
「どうしても突っ込みたかったんです!」
俺は以前、彼女からボディハーネスにお金突っ込みたいと言われてたのだが、今日はまだボディハーネスもつけてないし、子供銀行券もまだ買ってなかった。素直に忘れてた。
「それなら仕方ないですね」と、言って俺は笑った。




