03 レンタルスペースの俺と彼女
駅近くのコンビニにはお昼ご飯でも買いにくるのか、そこそこの客が来る。
俺は車から降りてスマホを握りしめながら、入り口の自動ドアの近くで待っていた。
心臓の音がやけにうるさい。今日は特別な日だ。
ミユさんが「一緒にホラー映画観てほしい」と誘ってくれたのだ。
日曜日の昼に待ち合わせするのは、夜に見ると怖すぎるかららしい。可愛らしい理由だ。
レンタルスペースでの二人きりの時間、お部屋デートに近い感覚が味わえるはずなんだ。
なんて幸せなイベントなんだ! 神に感謝!
時計を見ると、約束の時間より三分前。俺は深呼吸して、ビニール袋をぎゅっと握り直した。
中にはレンタルスペースに持ち込むお菓子とドリンクが詰まっている。無糖炭酸水500mLのペットボトルとコーラの500mLボトル、ポッキー、塩味のポテチ、チョコレート菓子に野菜スティック。
ミユさんがピザを取ってくれると言っていたから、俺は甘い系と塩系をバランスよく揃えてきたつもりだ。
すると、駅の方からサラサラの黒髪ロングが揺れて近づいてきた。
「里中さん!」
涼やかな声に優しく細められた瞳。
ポンチョみたいな白いニットカーディガンに絞り染めみたいなエスニック感のある青い柄のノースリーブのワンピースを着て、下はレギンスという私服コーデで小走りで俺のところへやってきた。
かわいい! なに着てもかわいい!!
オタクだけど、こんなに清楚で綺麗な人がいるなんて、マンガやアニメの中でしか出会えないと思っていたのに。ちなみに俺は白い開襟シャツにジーンズだ。
トップスに白を選んだのは清潔感を意識したから。もしホラー映画の怖いシーンで万が一、抱きつかれたりするなら肌触り重視して柔らかニット系にすべきか!? などと一瞬考えた後で、そんな都合のいい夢を見るなと考え直した。
俺、願望がキモイかも。
「ごめんなさい、ちょっと電車が遅れちゃって……待たせました?」
「いえ、全然。俺も今来たところです」
俺は照れくささを誤魔化すように、ビニール袋を軽く持ち上げて見せた。
「これ、お菓子とドリンク。持ち込みOKだって聞いたから。ミユさんがピザ取ってくれるって言ってたから、甘いのと塩いの両方揃えてみたんだけど……」
ミユさんが袋を覗き込んだ。
「わー、たくさんありがとうございます! ケンジくん、私、ピザはマルゲリータと照り焼きチキンのハーフ&ハーフにするつもりだけど里中さんはこれで大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
(俺はあなたが好きなものなら、なんでも!)という、続く言葉を飲み込んだ。まだ付き合ってはいない。ただのゲーム仲間だ、距離感を大事に、慎重に。
同じオンラインゲームのギルドで一緒にプレイしつつ、最近ようやく親睦を深めている段階だ。
でも今日、彼女の長く美しい黒髪が、風に揺れるのを見ているだけで、胸が熱くなった。
「じゃあ、行こっか。レンタルスペース、駅から車で5分くらいの距離だって」
俺はユメさんの為に車の助手席のドアを開けた。
すると、
「紳士! イタリア人みたい!」などと言われたので、笑いながら「ただの日本人でーす」と返した。
車内では何か音楽でもかけようか悩んでるうちに、すぐレンタルスペースに到着してしまった。
レンタルスペースの室内は予想以上にゆったりしていて、二人掛けのソファと大きなテレビや観葉植物があり、月九のドラマの部屋みたいなオシャレな雰囲気だった。
オーダーしたピザが届いてからカーテンを引いて照明を落とすと、雰囲気が一変した。
「じゃあ、始めよっか」
ミユさんがリモコンを握りながら、俺の隣にちょこんと座った。
距離は……肩が触れ合いそうな、触れ合わないか微妙なライン。ピザの箱を開け、コーラを注ぎ、ポッキーの箱を開け、ミユさんに差し出す。
「はい、どうぞ」
「えへへ、ありがとう。」
彼女がポッキーを1本取り出し、パクッと食べた瞬間、映画『黒い影』が始まった。
住むと絶対に呪われるという、いわく付きの物件の話だ。
最初は普通の日常シーン。でも、徐々に部屋の壁から「何か」がにじみ出てくる。
影が動く。密室に聞こえる息づかい。
画面が暗転するたび、夢子さんの肩がピクッと震える。
「ひゃっ……!」
三十分くらい経った頃、彼女が俺の袖をぎゅっと掴んできた。
「さ、里中さん、画面の端に白い手が……っ!」
声が震えている。
怖がりなのに、目を離せないって顔だ。可愛すぎる。
「大丈夫。俺がいますから」
本当は俺も頭と背筋がゾワゾワしてるのに、強がってみた。
ミユさんが少しだけ体を寄せてくる。黒髪が俺の腕に触れて、柔らかい感触が伝わってきた。その後もホラーは容赦なかった。
特にクライマックス近く、合わせ鏡のシーンでミユさんが「きゃああっ!」と小さな悲鳴を上げて、俺の胸に顔を埋めてきた。
心臓が爆発しそうだった。
「み、ミユさん……?」
「ご、ごめんなさい!……でも、ほんとに怖くて……つい」
彼女の声が耳元で小さく響く。
サラサラの黒髪が俺の頰にかかって、甘い匂いがする。ピザの匂いと、お菓子の甘い香りと、彼女のシャンプーだかコンディショナーだかの香り。
あーーーーっ!! 今の俺、世界一幸せ説!
色んな要素が混ざって、頭がクラクラした。
手にしたピザを落としそうになったりもした。
味は美味しいはずなのに、彼女がかわいいという感想以外、もうよく分からなかった。
映画が終わったあと、照明をつけてもしばらく二人とも無言だった。
俺がコーラを1口飲むとやけに大きくゴクリと嚥下する音が響いて恥ずかしい。
そしてミユさんがようやく顔を上げて照れくさそうに笑った。
「は、はは……やっぱり怖かったね。でも、里中さんと一緒にいてくれたから耐えられたし、楽しかった!」
怖いけど楽しかったなら、何よりだ。
「俺も……ミユさんがいてくれてよかった。一人じゃ夜に怖くなりそうだし、あはは」
「じゃあ次は口直しの楽しいアクション映画ね!」
俺は頷いて即答した。
「はい、インド映画のアクションが評判のやつですね。ミユさんがいいなら、何時間でも」
このレンタルスペースの時間が、永遠に続けばいいのにと思った。
まだ「友人」だけど、今日のこの距離は、確実に一歩近づいた気がする。
いつか、彼女と本当に「一緒住む部屋」で仲良く過ごせる日が来るといいな。
……もちろん、呪われてない部屋で。




