27 夜桜
春の日の、ある土曜日の夜。
「やばい! やばい! 良すぎるー!」
ミユちゃんが一人で騒ぎながら廊下をうろついていた。
さっきから廊下を行ったり来たりしてるのだ。
「なにが良すぎるって?」
俺は好奇心で廊下に顔を出して訊いてみた。
「はっ 見た!?」
慌てて俺の方に振り返るミユちゃん。
「だからなにを?」
「今、私の顔を見ましたか!?」
俺の姿を見て慌てて手で顔を覆うミユちゃん。
「うん」
「やだーーっ! 私絶対やばい顔してたー!」
なにもヤバくない。笑顔かわいい。
「顔赤いけどいつも通りかわいくて綺麗な顔だったよ」
「ああー、嘘だ! 人前にお出しできない顔してた!」
「気のせい、ニコニコして可愛かった」
愛らしいのきわみ。
「いや、それはニヤけてたって言うの! でも言葉を選んでくれてありがとう!」
ミユちゃんは己の顔を見せないよう、壁に顔をつけてしまった。おい! 壁! そこ代われ!
「先日買った薄いブックが神すぎて、つい、落ち着かなくてウロウロしました!」
分かりやすく自白した。
「そうか、良かったね」
俺は微笑みを湛えて言った。いかにもオタクらしい返答だ。
「ごめん、キモイよね」
ミユちゃんはまだ壁に向かってるし、手で側面からも見えないように顔を覆ってる。
「そんなに興奮してもらえて作者さんは凄い。俺が作者なら光栄の極み」
「確かにこれを描いた舞先生は凄い!」
「描いた人、舞さんて言うんだ、ところで」
「ん?」
「せっかく春だし、花見に行かない?」
「花見!」
ミユちゃんがようやくこっちを向いた。
「夜桜見物もオツではなかろうかと」
提案してみた。
「でも、人多いと思うよ」
嫌か? 引きこもって本を読んでいたいかな?
「人の少ない穴場の方は昼のがいいかも、ライトアップないし、されてるとこは人が集まる」
「誘蛾灯のように……」
「うん、夜は酒を飲みつつーの人が多いからね」
「ま、いいか、夜に紛れて花見するのも」
結局夜桜見物に行くことになった。
◆◆◆
夜桜の淡いピンク色が、街灯と提灯の柔らかな光に照らされて幻想的に揺れていた。
「わあ……夜桜、幻想的で綺麗。人多いけど来てよかった」
ミユちゃんが小さく息を飲み、隣を歩く俺を見上げて微笑んだ。
彼女の黒く長い髪が夜風に少し乱れ、桜の花びらが1枚その肩に優しく触れた。
可憐だ。
今日のミユちゃんも可愛すぎる……。
「うん。誘いにのってくれて嬉しかったよ」
なるべく自然を装って答えた。
本当は、前から一緒に桜見物デートに行きたいと思って桜前線や開花のニュースを何度も見てた。
ミユちゃんは小さく笑って、スマホを桜に向けた。
「夜景モードなら綺麗に撮れるかなー」
「俺も撮ろう」
俺はミユちゃんも桜と一緒に入る画角で動画モードで撮ってみた。しれっと。
「あ、屋台発見」
ミユちゃんが屋台を見つけたようだ。
「じゃあなにか食べようか」
「いいね」
屋台に向かって二人並んで桜並木を歩いた。時折、頭上から花びらが舞い落ち、ミユちゃんとが嬉しそうに手を伸ばす。
なんというフォトジェニック!!
「おっ、おっパイでかくてキレイなねーちゃんやなぁ、こっちで一緒に飲もーぜーー」
突然、酒臭い息を吐きながら、四十代くらいの酔っ払った男がミユちゃんの前にゆらりと立ち塞がった。
目が据わっていて、明らかに絡みに来ている。男はミユちゃんの腕を掴もうと手を伸ばした。
「……っ!」
ユメが小さく息を飲んで後ずさる。
「妻に触るな」
低い声で言いながら、俺は素早く彼女の前に体を滑り込ませ、男の手を掴んだ。
「はぁ? 妻ぁ?」
「そうだ、彼女は俺の妻だ。下品な言葉と視線を向けるな」
ギロリとにらみつつ、そいつの腕をひねり上げた。
「いてててっ!!」
「も、いーよ、そのおっさん放置でいいから、行こ!」
「次は大人でも泣かすぞ」
低い声でめいいっぱいドスをきかせる俺。
「す、すみません!!」
仕方ないので俺はおっさんの腕を離し、おっさんはフラフラしながら逃げて行った。
「……さすが私のダンナ様ー! 強くてかっこいいー! でも、次は走って逃げようね」
「俺、戦えるよ」
「あんな酔っ払いの為に前科持ちになっちゃダメだよ〜〜」
ミユちゃんは笑顔で言う。
「敵前逃亡は死罪なので」
「いや、ここ戦場じゃないから!」
的確なツッコミ。
「あー、もしかして俺が怖かった? ごめん」
「ううん……守ってくれてありがとう」
彼女は俯いた。表情が見えない。
長い髪の毛がカーテンになりすぎ。
「怯えさせたお詫びに焼き鳥奢るよ」
「怖くねーし! ビビってねーし! あとそれなら守ってくれたお礼に私が奢るべき」
イキってる風のヤンキーの真似をしてミユちゃんが屋台に向かって駆け出した。
かわいいなー。
「走ると危ないよー!」
と、声をかけると、「小さい子供じゃねーし!」
と、返事が返ってきたが、
「ミユ! 前!」
前を歩く女性にぶつかりそうになったので思わず呼び捨てで呼んでしまった。咄嗟のことで。
彼女はぶつかるのを間一髪で回避したが、ほんとに危なかった。
「すみません!」
「いえいえ」
前にいたのが人の良さそうなご婦人で良かった。
「今夜はもう、ミユちゃんは走るの禁止な」
「今度は前を見る!」
「とにかく走らない」
笑顔で圧をかける俺。
「はい……」
そして焼き鳥をお互いの分を奢るという、わけのわからんことをして、美味しく食べたのだった。
綺麗な夜桜を眺めながら……。
とりま少しアクシデントはあったけど、いい景色が見れたし、いい記念になった。




