25 ラッキースケベ遭遇
冬が終わって、春がきた。芽吹の季節。
草原の草海原が風に撫でられ、音を奏でる。
立ち止まった電気屋のショーウインドウのTV画面に、雄大な草原が写ってる。
新しいシャンプーの広告に長く美しい黒髪の綺麗な女性が出ていて、ミユちゃんと、それからグラスハープって古い映画のタイトルが脳内に思い浮かぶが、内容は思い出せない。
かつて自宅のリビングで母が見てた映画であり、小学生低学年の頃の幼い俺はなんとなくそのそばにいて真面目に画面は見てなかった。
強いて言えば映画を見てる母の横顔をチラチラ見てた。
両親揃って外出の多いアクティブな人だったので、そばにいられるだけで俺は嬉しかったのだ。
さて、ジムに向かおう。
せっかく休みなので、今日も体を鍛えるのだ。
──土曜の午後。
空がオレンジ色に染まり始めた頃。
徒歩でトレーニングジムまで行った帰り道。
家路へ向かうのか、遊びに行くのか、仕事に行くのかは不明だが、色んな人とすれ違う。
俺は帰宅だ。
誰かを待ったり、誰かの待つ家に帰れるのは幸せだ。
救急車のサイレンの音が耳に響くと、ふと不安になり、足早になる。
何にもない、うちのはずがない。
何事もなく、明かりの灯るアパートに帰宅した。
「あ、ユウジ君、ジムお疲れ様、おかえりなさい」
彼女の顔を見てホッとした。
「ただいま」
少し急いだせいもあって鼓動が速い。
ミユちゃんはリビングのソファでくつろぎながら届いた薄い本を読んでるようだ。
表紙に18禁の文字がないのでリビングでも見れる全年齢のやつなんだな。
「ユウジ君、お風呂入れるよ」
どうやら彼女は先にお風呂の準備をしてくれてたっぽい。
「うん、ありがとう。ジムでもシャワーは浴びて来たけど早歩きしたせいか少し汗をかいたから入ろうかな」
そして風呂に入ってさっぱりして、上がったはいいが、うっかり着替えを持って来るのを忘れた。
やばい、バスタオルならあるけど……。
選択肢1、大声でミユちゃんを呼んで俺の部屋のタンスからパンツとジャージ取って来て欲しいと願う。
選択肢2、バスタオルを腰に巻いて何食わぬ顔で自室に戻る。
選択肢1はパンツ問題がある。ミユちゃんも洗濯済みでも男のパンツなんて触りたくないかもだし……。
──いいや、バスタオルで行こう。自宅だし、半裸でもいくらなんでも(嫁に)通報されたりはしないだろ。
そう思って腰にバスタオルを巻いて廊下に出たら、運悪く廊下に出ていたミユちゃんと遭遇した。彼女は一瞬フリーズした後に、
「ウホ! いい筋肉! トイレに行こうとしただけなんだけど、ラッキースケベサーセンした!」
などとちゃかしてくれたが、君が謝ることはない。
「き、着替えを忘れてしまって、あはは、見苦しいものをお見せしました」
俺は思わず敬語になって謝罪した。
「いや、その筋肉は全く見苦しくはないから誇れよ!」
「ありがとう、鍛えていた甲斐はあったかも」
女性だが男らしいコメントをいただき、俺は照れ笑いをして、そそくさと自室へ向かった。あー、びっくりした。
俺が着替えて髪を乾かしてからリビングに行くと、ミユちゃんが俺達の新婚旅行の写真をフォトフレームに入れ、棚に飾ってるとこだった。聖地を背景にして撮ったやつだ。
「ねぇ、ユウジ君、ホントは新婚旅行さ、海外旅行は嫌だったんじゃない?」
彼女が気遣わしい目で、こちらを見た。
ああ、俺の両親が海外で死んだからか。
「いや、景色のいいとこはオレも好きだよ、あそこは別に治安悪いとかも書いてなかったし」
「今更なに言ってるって感じだけど、私の為に無理したんじゃない?」
「してないよ」
何かあった時に守れるように体も鍛えてるし。
「まったく、優しいんだから。とにかくあんま無理しないでね」
俺は曖昧に笑って誤魔化した。君のためならできる限り喜んでもらえる選択をしたいし、幸せにしたいし、もしもの時はなにがなんでも護るつもりでいるから。




