15 栗ご飯の下ごしらえ
食事会の後のドライブであったが、夜景とアクスタは上手く撮るのが難しかったので、ミユちゃんはぬいぐるみと夜景を撮影して家に帰ったが、十分楽しそうだったのでよかった。
◆ ◆ ◆
そしてまたある土曜日の夜。
「そしてこの引き戸を閉めればプライバシーも保てるという間取りで着替えなどで困ることもないので」
今日の俺はこれより愛の巣とも言える(契約結婚なのは一旦棚に置く。俺にとっては愛のメモリアルが積み重なる場所と考えたらあながち間違えてはいない)部屋の機能をミユちゃんに説明していた。
そう、今、好きな人が俺のテリトリーに、同じ部屋にいるのだ。
俺は内心でふわふわと地に足つかない感じと、ドキドキのミックスで落ち着かない。
落ち着かないが、幸せではある。
幸せな浮かれぽんちだ。
「引き戸で仕切ってあるのも配慮行き届いてるー」
と、ミュートちゃんが褒めてくれた瞬間、つい、口角が上がる。たったそれだけで俺に犬のような尻尾があればブンブン振ってた。
するとそこにすごいタイミングでピンポーンと、玄関チャイムが鳴った。
「ちょい失礼」
「はい、私その隙に奥で着替えてますねー」
「はい」
俺はTシャツとジーンズというシンプルな装いのミユちゃんに返事してから玄関に向かった。
たかが着替えのワードでちょっとドキドキする。
まるで中学生だ。少し落ち着くべきだと、インターフォンのカメラで誰かを確認したらば、
「大家さん、遅くなってすみません、家賃です」
アパートの住人に茶色封筒を差し出された。
札の数を数えたら中身は家賃ちょうどの額。
「ああ、わざわざありがとうございます。……はい、確かに」
家賃は別に振込みでもいいのだが、遅れる時は何故か手渡しをしてくる人がいるので、玄関にある棚から慣れた手つきで領収書を出す俺。
「はい、領収書ありがとうございました。あ、大家さん、最近奥さん迎えたんでした? おめでとうございます! こんなんがお祝いってのもおかしいけど、これ、実家の山で拾った栗です」
たたみかけるように喋ってはビニールに入った栗をくれた。結婚祝いに栗とは斬新な。
「あはは、ありがとうございます。栗ご飯作りますよ」
家賃を貰って玄関から戻るとミユちゃんは淡いシャーベットカラーのふわもこな愛らしいパジャマだか部屋着だかを着ていた。
俺には区別がつかないが、めっちゃ可愛い! 日々可愛いを更新してくる!
……うん。抱きしめたくなる! 耐えるけども。
──両親を亡くしてからは、しばらく大切な存在など作りたくないという感情と、寂しいという感情がせめぎ合ってて、なんとも複雑だった。
今度こそ、失いたくない。
己の感情がまるでジェットコースターの様に浮き沈みする。
こんなの学生時代以来だ。
大人として落ち着くべきなのに。
心はいつまでも少年!ってのは、実際のところ、何歳まで許されるのだろうか?
わからん。
「それ、着てるやつ、ふわふわで可愛いね」
あ、口がすべった。つい本心を。
「ジェラピコ実は好きなんです、私には似合わないかもですが」
照れくさそうに笑った。くそ可愛い。
「え? そんなことないよ、似合ってる」
「あはは、あ、お風呂入るんだったわ」
「あ、ミユちゃんからどうぞ」
決して好きな人の残り湯を使いたいとかいう変態な理由ではなく、一番綺麗な状態で使わせてやりたいからだ。
なんなら俺はシャワーだけでいいし。
「では、お先に」
俺はその隙に栗の殻を取り除く作業を黙々としよう。
明後日にはプリンスエドワード島へ行くのだから先に料理して食べる。
まず、キッチンへ向かった。
鍋に栗と水を入れ、沸騰したら火を止めて5分ほど置いてから、トングで取り出し、鬼皮(硬い外側の殻)を剥く。
おしり側(平らなザラザラ部分)を包丁の刃元で切り落とした部分に包丁の刃元を入れて、下から上に向かって引っ張るように剥く。
次に渋皮(内側の薄い皮)を剥く。鬼皮を剥いた栗を熱湯に戻し、1個ずつ取り出して熱いうちに剥く。……指でつまんでぺろっと剥けた。剥き終わったらすぐに水に浸してアク抜き。これは変色防止の為だ。
「ふう……ようやく下処理終わったか」
俺は両手を軽く振って、キッチンのシンクに視線を落とした。
テーブルの上には、栗が山盛りになっている。さっきまで格闘していた硬い殻の山は、ゴミ箱の中に綺麗に片付け済みだ。
栗の薄皮を一本一本丁寧に剥く作業は、想像以上に根気が要った。
でもまあ、ミユちゃんが喜ぶ顔を想像したら、こんなもん苦じゃない。
あとは明日の朝目覚めるころには全部のアク抜き終わってるだろうし、ささっと栗と塩と醤油、みりんを少し加えて、軽くかき混ぜればいい。
やがてお風呂から上がったミユちゃんの湯上りタマゴ肌を見た。見てしまった。そしてノーメイクでも可愛い。
更にほっぺがピンクに染まってて可愛い。
「長くなってごめんなさい。お先にお風呂ちょうだいしました」
しかも礼儀正しい!
「栗ご飯の下ごしらえしてたからちょうど良かったよ」
「さっきの来客、栗くれてたの?」
「そうそう、明日の朝食べれるし弁当に詰めてもいいよ」
「秋の味覚! 楽しみ」
俺もと言って微笑む。
こんな日常のささやかな幸せをこれからここで繰り返していけたらいいなと思う。




