14 お食事処
「ユウジ君、緊張しなくていいからね、ただの家族のみの食事会だから」
助手席でシートベルトを締めながら、最近は絵名木美夢から里中美夢になった、俺の「妻」たるミユちゃんが話しかけて来た。
まるでアニメのヒロインのややクール系な美女が現実に出てきたみたいな姿。
絶対にモテるのに奇跡的にフリーだったのは、
家ではゲームをしたりゲーム実況動画を見たりしたりするオタク女性で、過去にリアルの男関連で手酷い傷を負ったせいだと思われる。
「まあ、ちょっとだけ。入籍後に改まってのミユちゃん家族と食事会だし」
最近、彼女が俺を「ユウジ君」と呼ぶようになった。
照れくさくて最初は赤面しまくったが、今ではその優しい響きがたまらなく好きだ。
契約結婚だってことは、ミユちゃんの両親にも秘密だ。
彼女の家族に心配をかけないため、俺たちは今日も「本物の新婚夫婦」を演じる。
今日もサラサラの黒髪を耳にかける仕草が美しすぎて、信号待ちでつい見とれてしまった。
今日のミユちゃんはオフの日らしい淡いピンクのツイードジャケットに腰のラインが美しくでるベージュのロングスカート姿。とてもかわいい。
ちなみに俺の方は無難にスーツだ。
「あ、ユウジ君、そこの先の信号を左折ね」
「オッケー」
今はご両親を車で迎えに行ってる最中なので、実家までの道のりをミユちゃんがナビしてくれてた。
そしてミユちゃんの実家に到着し、軽く挨拶をして和風創作料理のお食事処へ向かう。
後部座席ではミユちゃん父の勇雄さんとミユちゃんの母、加奈さんが和やかに話している。
弟の蓮君は友達と用事があったのでお店で現地集合。
自分の両親はもういないし、兄の陽一は海外住まいだから、今日は彼女側の家族と祝う。
目的地は街はずれの静かな和風創作料理店、四季彩庵に到着。
予約してあった個室に入ると、先に着いてたらしい弟のイケメン蓮くんと柔らかな間接照明と檜の香りが迎えてくれた。
障子越しに庭の灯りが揺れ、落ち着いた和の雰囲気が心地良さを演出してくれている。
「蓮くんも今日は来てくれてありがとう」
俺が弟くんに声をかけると、「美味しいタダ飯の機会なんで」と言って冗談めかして笑ってくれた。
「いい店だな。みゆ、ユウジくんが選んでくれたのか?」
最近俺の義理の父親となった勇雄さんが満足げに辺りを見渡しつつ座る。
義母の加奈さんは微笑みながらミユちゃんの隣に座った。
「そうよ、ユウジ君が口コミで評価の高い店をって探してくれたの」
ミユちゃんが俺をもち上げるようにそう言ってくれた。それからまず運ばれてきたのは、先付けの三種盛り。
艶やかな小鉢の中で、季節の銀杏を白味噌で和えたもの、柔らかい百合根の含め煮、そして新鮮な蛸の柔らか煮。
どれも上品な出汁の香りが立ち、箸を入れると口の中でとろけるような食感だった。
「美味……」
小さく呟いたミユちゃんの目が輝いてる。
彼女は、ピザやハンバーガーのようなジャンクフードも好きだが、こういう繊細な和食も大好きみたいだ。
次に出てきたのは、焼き物の盛り合わせ。
特に目を引いたのは、A5和牛の幽庵焼き。
表面は香ばしく焼き目がつき、身はレア気味に仕上げられていて、噛むと肉汁が溢れ出す。
柚子胡椒を少しつけて食べると、爽やかな刺激が肉の甘みを引き立てて最高だった。
隣には帆立貝の西京味噌焼き。
貝柱はプリプリで、味噌のコクとバターの風味が絡み合い、白いご飯が欲しくなる味わい。
「ユウジくん、ビールでいいかい?」
「いえ、車なので」
「そうだった!」
「あなたったら、送り迎えしてくれてるのに」
「お父さんたら、たまに天然ボケかますんだから、もうーー」
ミユちゃんが恥ずかしそうに笑う。
「代行は呼ばなくていいのかね? 金なら俺が出すぞ」
「ジュースで大丈夫です」
「オレも原付で来たからオレンジジュースでいいや」
蓮君はここまで原付バイクで来たらしい。
「そんな訳でお二人とミユちゃんは心置き無くお酒どうぞ」
「いやー、悪いね」
軽く頬をかく勇雄さんに少し笑った。
皆で「乾杯」と小さなグラスを合わせた。
「みゆがこんなに素敵な人と巡り合えて、本当に良かった。ユウジくん、これからも娘を頼むよ」
義理のお父さんが優しく言ってくれた。
久しく触れてなかった親の心、義家族の言葉が心に沁みる。
メインは店自慢の創作会席。
蒸し物の蓋を開けると、鮑と季節野菜の土瓶蒸しが出てきた。
蓋を開けた瞬間に立ち上る出汁の香りがたまらない。鮑は柔らかく、磯の風味が濃厚で、吸い物のように飲めるほど上品だった。
続いて登場したのは、鰆の柚子麹焼き。
皮目はパリッと香ばしく、身はふわふわ。柚子の爽やかさと麹の甘みが絶妙に合わさり、箸が止まらなくなる。添えられた彩り野菜も、どれも丁寧に下処理されていて、食感が生きていた。
「ミユちゃん、これ……本当に美味しいね」
俺が小声で囁くと、ミユちゃんは
「うん、流石に口コミで星の数が多いだけあるよね」
と返してきて、満足気なので良かった。
締めの食事は、季節の松茸ご飯。
さすがの松茸! ラスボス感がある。
ミユちゃんも松茸登場で思い出したようにちょっと写真いい? と言ってスマホで撮影をした。個室なので問題ないだろう。
土鍋で炊き上げられたご飯は松茸の香りが米一粒一粒に染み込み、蓋を開けた瞬間に芳しい香りが広がった。
具には銀杏と鶏肉も入っていて、ほんのり甘辛いタレで味付けされたものがアクセントになっている。
ミユちゃんは幸せそうに頰張りながら、時々俺を見て微笑む。
食事が進むにつれ、勇雄さんからミユちゃんの子供時代の話、加奈さんから「最近は食べ物の話ばかりで……」
という笑い話が出て、個室に温かい笑い声が満ちた。俺は相槌を打ちながら「美味しいものは皆、大好きなので」と笑った。
デザートは、和風パフェ。
抹茶のムースに黒蜜、栗の甘露煮と季節のフルーツが美しく層になっていて、ミユちゃんの顔が完全に緩んでいた。
そして和やかに会食が終わった。
弟くんは店まで原付で来たらしく、「またねー」と言ってそのまま原付で帰った。
車でご両親を送り、去り際に「今日はおつかれー」と言いながら解散した。
「そういや出かけたついでに綺麗な夜景スポットとか、見て行く?」
「あー、悪くないね! 実は推しのアクスタと小さなぬいをカバンに忍ばせて来たので」
さすがのオタクである。ぬかりなし。




