13 引っ越し
秋の陽射しが少し柔らかくなった午後、今日は知り合いのトラックを借りて荷物を少しずつアパートに運び込んでいる。
タンスやベッド等はでかいので業者に頼んでもう運び入れてもらって配置した。今日は二人でダンボール梱包の荷物を運んでる。
今日からミユちゃんが、ここに引っ越してくる。
「ユウジ君、荷物多めでごめんねー」
ミユちゃんが少し照れくさそうに笑いながら近づいてきた。サラサラの長い黒髪が秋風に揺れる。
今日も綺麗だ。
動きやすさ重視の黒のTシャツにデニムというシンプルな格好。そして俺なんか、今日は上下スウェットだ。こちらも動きやすさ重視で!
「気にしないでくれ。筋トレで鍛えた俺がいるんだから存分に頼って欲しい。……それに、(契約とはいえ)夫婦なんだしさ」
小声で最後の部分を付け加えると、ミユちゃんは
「あはは! さすが頼もしいね、ありがとう!」と朗らかに笑った。
「とりあえず、そこそこ大きい荷物から運び込むか。衣装ケースとか。俺の……いや、俺たちの部屋は1階の角部屋まで全部使ってる。三部屋分繋がってるから、結構広いはずだ」
アパートの1階は元々管理人スペースとして設計されていて、俺が両親から生前贈与で受け継いだこの物件の特徴だ。
親が海外旅行中に事故で亡くなってから、俺はここで管理人業とドリンク入れ替えの仕事をしながら静かに暮らしてきた。
でももう、孤独じゃない。
ミユちゃんは小さめの段ボール箱を抱えながら、興味深そうに部屋の中を覗き込んでいる。
「へえ……本当に広いのね。物置きにしてた最後の角部屋も、必要なら使っていいって言ってくれたよね?」
「ああ。物置きの中のものは断舎離するなりレンタル物置き借りて入れてもいいし」
「ううん、大丈夫。一緒に住むって決めたんだし……契約でも、ちゃんと夫婦らしくするよ」
彼女の声が少し恥ずかしげに小さくなった。
オタクの彼女は、作品が最終回を迎えたり、ゲームがサービス終了したりするのをよく知ってる。
だからこそ落ち込んだ時の依存先や逃げ込む場所は多い方がいいと言っていた。
俺もその一人になれたら、それだけで十分だと思っていたのに、今はこうして現実の彼女がここにいる。
俺たちは汗だくになりながら荷物を運び入れた。アニメBlu-ray、フィギュアケース、大きなぬいぐるみ、開封厳禁と書かれた重いダンボール。
多分、中身は本とのことだし、同人誌……だな。
オタクの荷物は見た目以上に重い。
特に彼女は推し作品が複数あるだけあって、箱の数も多めだ。
「わあ、ここの本棚、空いてる……!」
リビングに繋がる部屋に入った瞬間、ゆめちゃんの目がキラキラ輝いた。元々俺が使っていた本棚は半分空けていた。
そこに彼女の蔵書が並んでいくのを見ていると、妙に胸が熱くなる。
「ここわざわざ開けてくれたの?」
「元々そこはてきとーな土産物とか置いてたんだけど、ダンボールにまとめて倉庫に移動させたんだ、気にせず埋めていいよ」
「ありがとー」
夕方近くになって、ようやく主要な荷物が収まった。ミユちゃんは汗を拭きながら、
「ふう……汗かいちゃた。シャワー借りてもいいかな?」
「もう君の家でもあるから、借りるではないよ」
「あ、そっか、じゃあお先に!」
それからシャワーを浴びてさっぱりしたみゆちゃんが戻ってきた。
やばい、ドキドキする!
俺はワザと目を逸らせて、冷蔵庫の側から彼女に声をかけた。
「なんか飲む!? 水と炭酸水と麦茶とスポーツ飲料とかあるけど、どれにする!?」
「えーと、じゃあ、炭酸水ー!」
俺はよく冷えた未開封のグレープフルーツフレーバーの炭酸水のペットボトルをそのまま手渡した。
「どうぞ」
「ありがとう。──ぐ、ぬ、硬い……」
ミユちゃんが非力なのか、キャップ開けに苦戦してる。かわいい!!
「ごめん、貸して、俺が開けるよ」
俺がペットボトルを手にしてキャップを捻るとプシュ!と 炭酸ガスの抜ける音がして、キャップはなんなく外せた。
「ありがとう、流石に力持ちだね」
「この筋肉は見せかけではないからね」
俺はムキッと腕の力こぶを見せつけた。
「あはは」
笑って黒髪が肩から滑り落ちる様子が、妙に色っぽい。
「倉庫に私のダンボールも置かせてくれてありがとう」
「いやいや、いくらでもどうぞ」
「そんで、私がその部屋に籠ってる時は……扉を決して開けないでね」
迫真の顔でそういうミユちゃん。
な、なるほど?
「……鶴みたいに飛んで行ったら困るから、ちゃんと用がある時はノックするよ、急に踏み込まない」
「ありがとう」
もしかして、普通の同人誌以外にBL本もあるのかな? まぁ、別にかまわないけれど。
ミユちゃんは、はにかんだ顔で笑った。
中身がBLだろうがTLだろうが、俺はかまわないよ。大人なんだから、エロ本くらい読むよね!
そして本宅の部屋の隅に置かれた彼女の大型モニターとゲーミングPCが、今日からこの空間の一部になる。
物置部屋には荷物がかなりあるけど、必要なら片付けられる。
彼女が俺と一緒に暮らしていくと、選んでくれたことより大切なものはないから。
───の秋の夕陽が窓から差し込み、新たな生活の始まりを優しく照らしていた。
これから、俺とミユちゃんのちょっと変わった夫婦生活がスタートするのだろう。
「秋が終わる前に新婚旅行のカナダ行こうな」
「もちろん! プリンスエドワード島の秋は素敵らしいらしいから、楽しみ!」
よーし! 引越しの次は次は聖地巡礼だ!




