12 指輪を渡す俺
秋の夜風が少し冷たくなった頃。
俺はミユちゃんと共に居酒屋『とりまる』の仕切りのある畳の席にて向かい合って座ってるが、俺は落ち着かずに壁のメニューを見るふりで、店内をキョロキョロしてる。
「ユウジ君、今日はなんかソワソワしてる?」
ミユちゃんが愛らしく首を傾げる。
サラサラの黒髪ロングが、店内の柔らかい照明に艶やかに光っていた。
美人OLの顔立ちに、たまに無防備な表情が混ざるのが、俺の心を掻き乱す。
でも今は、それを表に出さない。契約結婚なんだ。友達のように、節度を持って。
「え、いやその、居酒屋の雰囲気に酔ってるかも?」
「ユウジ君は車できてるからコーラしか飲んでないのに?」
「だから、雰囲気にね」
「ふーん、そんなものなのね」
この後指輪を渡すから緊張してるとは言えない!
俺は話題を変えるため、店員さんに声をかけ、定番の焼き鳥を注文した。
まずは皮。パリッと焼き上がった鶏皮が、甘辛いタレをたっぷり絡めて出てくる。
熱々を一口かじると、脂がジュワッと溢れて口の中に広がった。
カリカリの食感と、濃厚な鶏の旨味。ビールの代わりにコーラを流し込む。
「私は皮を塩で注文したよ、あ、来た!」
焼きあがった鶏皮の塩味が店員により運ばれてきた。
ミユちゃんが目を輝かせ、串を手にして、そのまま小さくかじると、満足げに頷いた。
「良ければ塩もどーぞ」
「ありがとう、ミユちゃんもタレ味どーぞ」
「ありがとう」
気軽にシェアしてくれるから、嫌われてはいないのが分かる。生理的に嫌悪感とかある人間とは、普通シェアはしたくないもののはずだ。
よし、と、気をとりなおし、次は豚バラ。
厚めに切られた豚バラは、脂身がトロトロに焼けていて、噛むと甘い肉汁が口の中を征服する。
表面は香ばしく、中はジューシー。
山椒を軽く振って食べると、ピリッとした刺激がたまらない。
ミユちゃんも自分の串を頬張りながら、
「美味しーね」と小さく呟き、微笑んだ。
他にもねぎま、つくね、ハツを追加。
ミユちゃんは意外とよく食べる。
オタクトークをしながら、二次元の話で盛り上がる彼女の横顔を見ているだけで、俺は十分だった。
愛されなくてもいい。そばにいてくれるだけで。
「最近、親が二人揃って喜んでるよ。ミユがようやくマトモになったって」
「マトモって……」
俺は苦笑した。
「結婚したくらいでねー。失礼な親である」
彼女がビールを傾けながら、くすくすと笑う。
俺は頷きながら、内心で胸が痛んだ。ミユちゃんはまだ、俺を「好き」じゃない。
でもそれでいい。孤独死回避の口実で始めたこの関係が、彼女の傷を広げない程度に続いてくれれば。
食事を終え、会計を済ませて店を出る。
駐車場までの道は、落ち葉がサクサクと音を立てた。
車を停めた場所まで来て、俺は立ち止まった。
「ミユちゃん、ちょっと待って」
ポケットから小さな箱を二つ取り出す。一つは婚約指輪用に選んだモアサナイトのリング。
輝きがダイヤに負けないくらい美しい、彼女に似合う上品なデザイン。もう一つは結婚指輪のシンプルなゴールドリング。派手じゃないけど、毎日つけやすいものにした。
「フォト婚前に渡せなくてごめんね。改めて、受け取ってくれないか」
ユメちゃんの目が少し大きく見開かれた。秋の夜の街灯の下、彼女の黒髪が風に揺れる。
「え?……これ、ダイヤ? 契約なのに、こんなちゃんとしたの……」
「いや! これはモアサナイトだよ、ダイヤより全然安いやつ」
「でも金の指輪まで」
「モアサナイトが安かったから。それに契約でも、形は大事だろ。ミユちゃんの親さんにも心配かけたくないし……俺も、ちゃんと夫らしく振る舞いたいから」
本当は違う。心の底から、彼女に愛されたくてたまらない。でもそれを重く押しつけたら、ミユちゃんは逃げてしまうかもしれない。
過去の傷が、二次元にしか心を寄せられなくした理由を、俺はまだ詳しく知らない。
触れて、傷つけたくない。
だから、笑顔で箱を開けた。モアサナイトのリングを、彼女の柔らかな手をとり、左手の薬指にそっと滑り込ませる。
ぴったりだった。シンプルなゴールドの結婚指輪は、あえて人差し指にした。
「なんで人差し指?」
「動画サイトで見たんだけど、金の指輪を人差し指にはめると金運アップするんだって」
「わぁ! 金運アップ! ありがとう!」
重くならないように。人差し指にした。
「でも、好きな指にはめていいからね」
彼女は指輪を見つめ、しばらく無言だった。やがて、小さな声で。
「……ありがとう。ユウジ君はほんとに優しいね」
「俺はふつーだよ」
俺は内心の恋心を、必死に押し込めて笑った。
駐車場の風が、少しだけ優しく感じた夜だった。
ミユちゃんがまだ俺のアパートに来ていない引越し準備のことも、頭の片隅にあった。
あの両親が残してくれた場所で、一緒に暮らせる日が来ることを、俺は密かに願っている。




