10 エトワール・ブランシュ
秋の陽射しが穏やかに差し込むブライダルサロン「Étoile Blanche」
エトワール・ブランシュとは白い星という意味の名前だ。
白を基調とした店内は、まるで夢の国のように柔らかな光に包まれていた。
俺はソファに腰を下ろし、ミユちゃんに声をかけた。そう、(さん)ではなく、(ちゃん)でいいと言われてたのを今思い出したのだ。
「ミユちゃん、今日は好きなだけゆっくり選んでいいからね」
大事なドレスを選ぶのに焦る必要はないと伝えた。入籍も済ませたので、なんとか敬語も取っ払う。
「はーい! ありがとう!」
向かいの試着室からそんな返事が聞こえてから、ややして、スタッフさんに導かれて出てきた彼女は息を呑むほど美しかった。
サラサラとした漆黒のロングヘアーを綺麗にまとめあげてる。花と蔦の銀色の飾りで。
そして純白のドレスに包まれたその姿は、まるで貴族令嬢漫画からそのまま出てきたようだ。
細いウエストを強調するプリンセスラインのシルエットが、彼女の細身だけど出るとこは出てる見事な体型を完璧に引き立てている。
元々OLとして洗練された美人だったミユちゃんが、こうして本格的なウエディングドレスを纏うと、俺の胸はいやがおうにも高鳴るというもの。
「……どう、ですか?」
ミユちゃんは少し頰を赤らめながら、控えめに尋ねてくる。通常モードだとクールビューティーな彼女であるが、今日は珍しく少女のような恥じらいが見えた。
「とても……似合ってる。本当に、綺麗だ」
俺は素直に心のままにそう答えた。ここで言葉を惜しむ必要などなかろう。あんまりにも重い感情はぶつけるわけにはいかないが、ウェディングドレスを着てる女性なのだし、これくらいはな。
たとえ……これが愛なき契約結婚でも、だ。
ミユちゃんは鏡の前でくるりと回り、ドレスの裾を軽く持ち上げた。
「この下のパニエのでかさに驚きましたよー、なんか輪っかを作られて、ドーナツの上に中に入った感じで着せられて、あっという間にドレスが完成してたんです、いやはやプロは凄いですねー」
「へえ! そうやってドレスのボリュームを出してるんだねー」
この下と言われてうっかり中身を想像して顔を赤くしそうだった。平常心、平常心!
キモくならないように!
「そしてこのドレス『伯爵令嬢は野獣辺境伯に溺愛される』って漫画で見たやつに似てる……って、これは別にいいんですけど、ちょっとおもろいなって」
オタク趣味をチラリと覗かせながらも、すぐに口を閉じる彼女に俺は微笑んだまま頷いた。
「ミユちゃんが楽しそうでよかった。やるからには、いい感じのを残したいよね」
彼女はエステにも通って肌を整え、ヘアメイクも念入りにしてくれている。
元から美しいのに、そこまで準備してくれるのがなんとなく嬉しかった。
俺の為ではなく、自分の為であっても。
スタッフさんが何着かおすすめを持ってきて、夢子さんは真剣に選んでいる。
Aラインのシンプルなものから、レースがたっぷりのロマンチックなものまで。
彼女が特に目を輝かせたのは、袖にレースの飾りがついた、クラシカルなデザインだった。
「これ……かなり貴族っぽいですよね」
「ミユちゃんにぴったりだと思う」
結局そのドレスに決まり、俺も店員さんのすすめてくれたタキシードに着替えて撮影スタジオへ移動した。
ライトが柔らかく照らす中、夢子さんと並んで立つ。
彼女の肩が少し緊張で固くなっているのがわかった。俺はそっと、でも触れすぎない距離で声をかける。
「気楽にいこう、微笑レベルの顔が作れたら上出来で、後はなんかあれば見事に修正してくれるさ」
プロのブライダル写真の加工動画を見たら、どこぞの知らない花嫁のふっくらしたフェイスラインも肌のくすみも見事に消してたし……ミユさんは元から綺麗なのだから楽勝だろう。
「プロの加工技術はすごいからね」
ミユちゃんはリラックス出来たのか、くすりと笑った。
「うん、花嫁のコスプレ気分で気楽にね」
自分で言ってて、なんか切なくなってきたけど、俺はなんとか笑顔を作った。彼女が望むのは「孤独死回避」と「友達のような関係」
それだけだったから。
「はい、ユウジさんも似合ってますよ、かっこいい。私にはもったいないくらい」
「言い過ぎだと思うけど、ありがとう」
かっこいいと言われることは、確かにわりとあるのだ。学生時代から。
ただ、付き合うと、なんか思ってたのとちがうとか言われて別れることが多かったけど。
愛されるより、愛する側、追いかける側の方が合ってるのかもしれない。
来るもの拒まずは、もう止めて、ほんとにそばにいて欲しいひとだけ、隣にいてくれたらいい。
それだけで俺は十分。
彼女もきっと過去に何があったっぽいし、詳しくは聞かない。
触れたら傷が開くかもしれないから。
カメラマンさんの「はい、笑ってー」という声に合わせて、俺たちは笑顔を作った。
ミユちゃんの白い指が、俺の腕に軽く添えられる。契約とはいえ、この温もりは本物だ。
秋の柔らかな光の中で、シャッター音が響くたび、俺は心の中で誓う。――この関係を、彼女が傷つかない範囲で、大切に守っていこう。
撮影が終わり、ドレスから私服に戻ったミユちゃんが、控室で少し疲れた様子で微笑んだ。
「意外と体力使うんですね……。でも、いい写真が撮れてそう」
「ええ。後日データが届くそうだし、ミユちゃんのご両親にも後で額装して送ろう」
彼女は頷きながら、窓の外の秋の紅葉を眺めた。
「……ユウジさんのアパートへ、そろそろ引っ越しの準備を進めますね」
「いつでも歓迎。1階の管理人スペースは三部屋分繋がって広くなってるし、ひと部屋分だけ端っこに空室もあるので、鍵付きの隣室に住むことも可能なんだ。親が来るとか知り合いが来る時だけしれっと同じ部屋に移動してもいいんで」
重い想いを押し殺して、俺はいつもの笑顔を作った。
まるで物語のような契約結婚。
でも、この秋の一日は、俺にとってかけがえのない宝物になった。
彼女の黒髪が、夕陽に輝いている。
その横顔を、俺は静かに、胸の奥に刻み込んだ。




