#168 終身名誉一期生の面目躍如
自分自身も軽く腹ごしらえしつつ、少し休憩。というのも、次に行くところが一番体力を使うから。いくら私でもHPゲージは有限である。
それに……法的に、ね。ここで休まないと基準には引っかかるというか。私は……ぱーちゃんとみゃーこもだけど、今月までは少し厳しい基準のほうだし。
「そっか……そのへんも気にしなきゃなんすね。早く頭角を現すのも大変だ」
「あくまでライバーは個人事業主だけど、外聞的にね。ナヴィちゃんは一年間そうなるから、気にかけてあげて」
「六人目の高校生デビューも大変ねぇ」
星夜さんとルフェ先輩はもう少し粘るようだったから、予定が詰まっている私だけ一時半から休憩。結局機会もなさそうな飲食店アルバイトとかこんな感じなのかな、なんて思いつつ……なんとか八時間に収まるように私を含む高校生組は休憩を多く取るよう言われている。
ライバー用の控え室にちょうどいたのは、レギルくんとセレーネ先輩だった。五期生は案外バラバラに見て回っていて、単独で先輩たちを見学したりと順応ができている。なかなか楽しそうで何よりだ。
で、そう。ナヴィちゃんは来年一年間そうだという話だ。彼女は六人目となる高校在学中のデビューになるから、いくらか特例的な要素がある。私も相談に乗るつもりだけど、高校三年春からのデビューという点ではエティア先輩がぴったり合致する。彼女のほうが参考になるかもしれない。
0期生やPROGRESSには高校生デビューこそいるけど、高校生のまま電ファン所属になった人はいない。不思議とナンバリング勢の女子に固まっていて、ルフェ先輩はこの件でもイミアリ内で仲間外れだと嘆いている。年齢差はほとんどないんだから、気にすることないとは思うんだけどね。
「そんななのに、休憩明けはステージなのよね、この子。体力もつのかしら?」
「まだまだいけるよ。もしかしたら明日のために帰りの車で寝るかもだけど」
「大した距離ないっすよね!?」
「頑張ったからってことにすれば、マネさんあたりが何も言わずに運んでくれるから」
「あら、珍しく甘えてる。アナタ、さすがにスタッフからの甘やかされ方は一番だものね。これまで甘えてくれなかったから」
や、それはなんというか。元同僚という関係がむしろ甘えづらくしているというか、その。ハヤテ先輩やエティア先輩、マギにゃにみゃーこあたりはもっと上手く甘えているのは知っているんだけどね。
そのせいで甘やかされに甘やかされて、それをちょっと受け入れたらもう後戻りできなくなっていたというか。そんなだから余計に妹キャラじみてしまっているんだけど。
と、そう。この後はステージに向かう予定だ。今日はソロで20分ほどもたせる予定で、イミアリとしての出番は明日。顔見せ程度に済ませるけど、だからといって手を抜く気はない。
「初ステージで一人で20分がどれだけおかしいか、わかってるわよね?」
「まあ、業界ではなかなかないとは聞くけど……ゴーサイン出てるから」
「確かに私もいけるとは思うけど。でも、無理はしないようになさいね」
「あ、さすがに求められはしないんすね……びっくりした」
「レギル、この子の活動内容だけは参考にしちゃだめよ」
だけ、というあたりには少しばかり異議があるけど……まあ、さすがに自覚はある。何も知らない新人マネージャーの立場から月雪フロルを見れば、私でも度肝を抜かれるから。
というか、抜かれたから。愛しのハルカ姉さんに。
今回のステージ、四期生でソロの出番があるのは私の他に明日の陽くんだけだ。今日ユニット単位での出番があることもあって、彼もまた負担を考慮して10分に留められている。このステージは基本的に、夏に行われているライブで既に経験があるライバーたちで回されるものだ。
四期生は秋デビューでこれまでの例が通用しづらいとはいえ、基本的には出ても先輩と一緒で顔見せ程度となっている。イミアリ単位とはいえそこそこ長時間の出番があるみゃーこも少数側だった。
「しっかしフロル先輩、ほんとに精力的っすね……周りから止められるくらい動くの、マジなんだ」
「楽しいからねぇ。休憩時間をもったいなくすら感じるくらい」
「デビュー半年でこれっすか……」
「真似しちゃダメよ、普通なら倒れるわ」
まあそれは、私はマネジメント経験から休め方を学んでいるところはあるからね。……この前そう言ったら先輩たちとスタッフさんに頭抱えられたけど。ただの新人ではないことは事実なのにね。
さて、まだ休憩時間は余裕がある。どうせブースに行っても追い返されるから、この後のステージの最終確認でもしておこう。
……休憩室の空きスペースで振り付けを確認しようとしたら、セレーネ先輩と通りかかったスタッフさんに椅子まで押し戻された。残念。
「というわけで、ここまでのお相手は愛兎ハヤテでしたー! ありがとー!」
それからしばらく。休憩を終えて舞台袖に着いた私の前で、見事なパフォーマンスを披露したハヤテ先輩を見届けた。私がここに来たのは15分前だけど、彼女は一人で40分ステージに立っている。さすがはオリジナル曲も複数抱えるステージスター、彼女はこれで明日もまた一人でステージがあるのだから凄まじい。
異常がないかの確認だろう、まだ舞台上にいるまま彼女はこちらをチラリ。少し重い代わりにマイク性能が一段と高いステージ用のARヘッドセットに付け替えた私を確認して、もう一度だけ正面へ向き直った。
「お次はお待ちかね、初ステージ! よろしくね、フロルちゃん!」
合図だ。スタッフさんたちが万全の態勢でサポートを続ける舞台袖から、私は躊躇なく飛び出した。同時にハヤテ先輩がスキップでこちらに捌けてきて……すれ違いざまにハイタッチ。ちょうど観客席に手を振り終えたところの手が見えたから、ちょったしたアドリブだ。
ステージといっても、大まかなつくりはブースと変わらない。私が立っているのは舞台上とほぼ同じ大きさの部屋の中央で、壁を隔てた向こうにはARステージと、観客席がある。私には機器越しにAR映像としてそれが見えているし、聞こえている。ダイブVRのオンラインゲームが現在進行形でベータテスト中の今、そのくらいの技術は当たり前に存在していた。
「みんな、盛り上がってるー? ……ふふ、一回言ってみたかったんだ、これ。今から少しの間は私、月雪フロルがお時間いただきまーす!」
観客席は見事に沸いている。登録者数ではハヤテ先輩の三分の一ちょっとなのに、盛り上がり方は負けていない気がする。入れ替わりで席を立つ人もいるけど、同じくらい新しく座ってくれる人もいた。やっぱり初陣は甘いのかもしれない。
こうして見てみると、ステージからの光景は本当に心地いい。たとえそれがARでも、展示場内の特設ミニステージでも、そこに拍子抜けはなかった。私は今、ステージに立っているんだと実感できる。
「ここで喋り出してもいいんだけど……お待ちかねだと信じたいし、MCは後! それじゃさっそく一曲目、始めてこー!」
私は三年前まで、声優を志していた。もちろん本職ではないけれど、昨今の、特に若手女性声優は何らかの音楽系の作品のライブとしてステージに立つことは珍しくない。そうした光景を夢見たこともあったけれど……こんな叶い方をするとは。
このままなら次の夏には大舞台も待っている。まあ、妹のほうが少し先んじる予定なんだけど……今の私はそんなことを気にしない。する必要がない。
だって、かつて私が夢見た道を進む詩と同じくらい、今の私は生きている。今か今かと待ち侘びる観客に応えることと無関係な雑念なんて、もはや邪魔なだけだ。
インカムからだけ4カウントが流れる。それに合わせて、イントロと同時にボーカルを入れた。……歓声が気持ちいい。
私はまだオリジナル曲を持っていないから、流れ出したのは私が初めて歌ってみたを出した曲。一曲目から特に求められていた曲に、曲名を先にコールしない演出が重なり功を奏していた。
「───三曲目、いろは坂46さんの『サンフラワー』でした! ……ふふ、せっかくダンスで流行った曲ですからね。お披露目しないで今日のために温めてたんです! こういうのもなかなか悪くないでしょ?」
二曲目の後に五分ほどのMCを挟んで三曲目。持ち時間は20分だから、次がラストだ。……なんだけど。
気のせいでなければ、三曲目の開始直後あたりから袖が騒がしすぎる。次はくびわ先輩によるパフォーマンスステージの予定のはずだけど、スタッフの動き方が交代五分前のそれではなかった。当のくびわ先輩も、慌てた様子でスタッフの報告を聞いている。
間違いない、トラブルだ。青ざめた顔をしているのは見慣れない顔、搬入担当か何かの外部スタッフだろうか。パフォーマンスの用具に不手際があったように見える。
あれでは五分後にステージに出ることはできないだろう。と思っていたら、私のインカムに連絡が届いた。発覚が三曲目開始よりわずかに遅かったのが不運で、このタイミングにずれ込んでしまったか。
『トラブル発生。出番を引き伸ばせますか』
「それにしても、ダンス大丈夫だったかな。さすがにちょっと苦手で、心配だったんだけど……」
消え入りそうな、申し訳なさそうな声色だ。新人の初ステージに求めるものではないのは言うまでもないから、こればかりは無理もないと思うけど。
だけど私は、嬉しくすらあった。頼ってくれたから。だから、その期待には応える。
「自信ないから、みんなの反応……拍手の大きさで確認してみよっかな! せーの!」
「『任せて。とりあえず一曲、私が歌えるの追加で流して』」
アドリブと一言ではいっても、思いついたからやるものと必要に迫られて咄嗟にやるものでは大きな差がある。普段よくやるのは前者で、今のは後者。少し無理やりで恥ずかしいけど、なんとか数秒の隙を作る。
その隙に胸元にあるインカムのスイッチを切り替える。袖との回線に合わせて、拍手に紛れさせながら短く答えた。……我ながら上手くやったと思う。
「……あれー? なんか思ってたより評価高いな……みんな、ちょっと採点甘いんじゃないのー?」
『『彼岸花が咲くなら』でいきます』
「まずいな……ここでこんなに持ち上げられると思ってなかったから、次の曲ダンスないんだけど」
一応どちらでも話は繋げられるようにやったけど、さすがに万雷の拍手が飛んでくるとは思っていなかった。ブースの方にいる人たちまで驚かせてしまうなんて、さすがに過大評価に感じてしまう。
耳元に届いた曲名は、最初期にワンコーラスでショート動画を出したもの。もちろんフル尺で歌えるように練習済だけど、未公開のまま期間が空いてしまっていたからちょうどいい。ちょうどいいファンサービスになるはずだ。
振り付けはないから、話をそう繋いで準備完了の合図を待つ。もう一度MCパートをやるには微妙なタイミングだから、不審に思われない程度で切り上げて曲に入らなければ。
「まいっか。明日いっぱい踊るからね、全曲振り付けがあるわけじゃないのはご容赦ってことで……代わりに、フル尺は初公開の曲、いっちゃいますか!」
袖を見るのもなるべく自然に。前に出すぎた立ち位置を戻るために振り返る途中で視線を向けると、いくつかの表情が見えた。
ほっとした様子のくびわ先輩。恐縮しきりのスタッフたち。いつの間に見に来たやら、目を輝かせる複数の五期生。……ちょっとはかっこいいところ見せられたかな。いや、それはこの後の曲を無事に披露できてからか。




