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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第9章 火の都へ続く道
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フェルナを発つ朝

目を覚ました時、窓の外はまだ薄暗かった。レイはしばらく寝台の上で天井を見ていた。

身体が軽い。灰域を抜けてから残っていた重さも、ほとんど感じない。昨夜飲んだ火酒のおかげか、久しぶりに深く眠れた気がした。あれだけ喉が熱かったのに、眠りにつくころには身体の力がすっかり抜けていた。

レイは上体を起こし、窓へ目を向ける。フェルナの空が、夜の青から朝の色へ変わり始めていた。

今日、この町を発つ。赤い鳥の隊商とともに南へ。まずは赤灰の谷を目指し、その先にはカルナがある。そう思うと、眠気はすぐに消えた。

レイは手早く身支度を整えた。剣を腰に下げ、荷をまとめる。最後にポーチを確かめてから、部屋を出た。


廊下では、ちょうどリアたちも出てきたところだった。

「おはようございます」

リアが小さく笑う。

「おはよう」

「よく眠れましたか?」

「うん。火酒のおかげかも」

レイが答えると、後ろから出てきたミラが頷いた。

「私も。思ったよりぐっすりだった」

「昨日はずいぶん気に入っていましたからね」

セレスが部屋の戸を閉めながら言う。

「セレスほどじゃないでしょ」

そんなやり取りをしながら、四人は階段を降りた。


階下では、宿の主人が炉の前で薪を動かしていた。

「起きたか」

低い声が、炉の熱の中から返ってくる。

「おはようございます」

レイが返すと、主人は四人を順に見た。リアとミラの顔色を確かめるように、ほんの一瞬だけ目を止める。

「昨日よりはましな顔だな」

「はい。よく眠れました」

リアが丁寧に頭を下げる。ミラも肩を軽く回した。

「私も。火酒って、けっこう効くのね」

主人は短く鼻を鳴らした。

「あれだけ薄めりゃ、そう悪酔いはしないだろう」

「それでも喉が熱かったです」

「そりゃ薄めても火の酒だからな」

レイは思わず笑った。

「でも、久しぶりによく眠れた気がします」

「なら飲んだ甲斐があったな」

主人はそれだけ言って、炉の横に置いていた包みを一つ差し出した。

「道中で食え。薄焼きパンと干し肉だ」

「え、いいんですか?」

「余りだ」

ぶっきらぼうな言い方だった。だが、包みはまだほんのり温かかった。

セレスが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。

「ありがとうございます」

「礼はいい。バルドの隊商なら遅れるな。あの男は待たん」

「承知しています」

ミラが包みをのぞき込みながら言った。

「無骨なのに、親切よね」

「聞こえてるぞ」

「褒めてるのよ」

「なら、もう少し分かりやすく褒めろ」

そのやり取りに、リアが小さく笑う。

主人は炉の火に一度だけ手をかざした。

「旅人に火の守りを」

昨夜も聞いた言葉だった。けれど、これから町を出るのだと思うと、今朝は少し違って聞こえた。

レイも炉へ目を向ける。この町に来てから、何度この火を見ただろう。温かい食事を食べた時。身体を休めた時。昨夜、皆で火酒を飲んだ時。

短い滞在だった。それでもフェルナの火は、旅の途中で立ち止まる場所を与えてくれた。

「行ってきます」

レイは自然にそう言った。

主人が眉をわずかに動かす。

「ここは帰ってくる家じゃないだろ」

「でも、そう言いたくなりました」

主人は短く息を漏らした。

「なら、無事でな」


四人は宿を出た。朝の空気が頬に触れる。まだ太陽は屋根の向こうに隠れている。それでも町はすでに動き始めていた。工房の戸が開き、窯に薪が運ばれている。遠くから、乾いた槌音が響く。

昨夜まで眺めていたフェルナの景色が、今朝は少し違って見えた。これから離れる町だからかもしれない。

レイは歩きながら一度だけ振り返った。宿の煙突から細い煙が上がっている。

その隣を歩いていたミラも、同じように町の奥へ目を向けた。工房の開いた戸の向こうで、炉の火が赤く揺れている。

ミラの足が、ほんの一瞬だけ遅くなった。けれど、すぐに前を向く。

「どうしたの?」

「ん? なんでもない」

ミラはそう答えて歩き出した。


広場が近づくと、荷車の音が聞こえてきた。車輪の軋み。馬の鼻息。荷を縛る縄の音。行き交う人々の声。

赤い鳥の隊商は、すでに出発の準備を終えかけていた。八台の荷車が一列に並び、それぞれの側面に赤い鳥の印が見える。護衛たちは持ち場につき、商人や作業員が最後の荷を確かめている。

その間を、バルドが歩いていた。レイたちに気づくと、足を止める。

「来たか」

「おはようございます」

セレスが前へ出た。

「準備はできています」

バルドは空を一度見上げる。

「ちょうどいい。もう出す」

それから後方の荷車を顎で示した。

「二人はあっちだ」

リアとミラがそちらを見る。昨日話していた補給車だった。水や予備の布、食料の箱が積まれ、その間に二人が座れるだけの場所が空けられている。

「ありがとうございます」

リアが頭を下げる。

「荷を崩すなよ」

「分かってるわ」

ミラが答えると、バルドはそれ以上何も言わなかった。

二人は後方の荷車へ向かう。リアが先に上がり、ミラも続く。

荷台へ腰を下ろしたミラは、少し落ち着かなさそうに周囲を見た。

「やっぱりなんか落ち着かないわね」

「今日は乗りましょう」

「分かってるって」

そう言いながらも、ミラは素直に荷台へ身体を預けた。

レイとセレスは隊列の脇へ移動する。そこから見ると、八台の荷車が朝の街道へ向かって長く並んでいるのがよく分かった。

レイは赤い鳥の印を見ながら、自然とその先へ目を向けた。フェルナの門。その向こうには、まだ見たことのない道が続いている。

「楽しそうですね」

セレスが言った。

レイは横を見る。

「分かる?」

「分かります」

「そんなに顔に出てるかな」

「はい」

レイは苦笑した。けれど、否定する気はなかった。

赤灰の谷。カルナ。まだ知らない火の土地。

何があるのか分からない。だからこそ、行ってみたい。


バルドの声が広場に響く。

「出すぞ!」

護衛たちが応じ、馬が歩き始める。最初の荷車が動き、それに続いて二台目、三台目と車輪が回り始めた。

レイとセレスも歩き出す。後ろからは、ミラとリアを乗せた補給車の軋む音が聞こえてくる。

隊商はゆっくりと広場を離れ、やがてフェルナの門を抜けた。

門兵が隊商を見送りながら、軽く手を上げる。

「灰風に気をつけろ!」

「はい!」

レイが返す。

朝の街道へ出る。

振り返れば、フェルナの赤い壁と、その向こうに立ち上る煙が見えた。レイはしばらくそれを眺め、それから前へ向き直った。

南へ続く道。

今日のうちに、赤灰の谷の近くまで進む。その先には、火の位相領域の中心都市カルナが待っている。

赤い鳥の印を掲げた隊商は、朝の光の中をゆっくりと南へ進み始めた。

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