昼下がりの休息
赤い鳥の隊商を離れた四人は、そのまま広場の店を回った。
明日のための食料。
干し肉。
固焼きのパン。
乾燥させた果実。
水に溶かして飲む香草の粉。
セレスが必要な量を確かめ、その横でレイとミラが店先を覗き込む。
「これも持っていこうよ」
レイが指したのは、赤い蜜を塗って焼いた小さな菓子だった。
ミラも横から覗き込む。
「それ、いる?」
「旅には甘いものも必要だよ」
「……それは分かるわ」
「じゃあ買おう」
「私は別に、欲しいとは言ってないけど」
そう言いながら、ミラの視線は菓子から離れていない。
セレスが二人を見る。
「荷物にならない程度にしてください」
レイが顔を上げた。
「買っていいんだ」
「止めても買うでしょう」
「よく分かってるね」
「長く一緒にいますから」
リアが隣で小さく笑った。
必要なものを揃えると、四人は宿へ戻った。
まだ昼を少し過ぎたところだった。
宿の炉には小さな火が残り、主人が夕食の仕込みを始めている。
「もう戻ったのか」
「明日の隊商は見つかりました」
セレスが答える。
「赤い鳥か?」
「はい」
「バルドは口は少し悪いが、仕事はきっちりしてる」
主人は野菜を切りながら続けた。
「明日は早いぞ。今日は寝られる時に寝ときな」
「そのつもりです」
四人は二階へ上がった。
ここから先は、特にすることもない。
リアは部屋へ戻ると、すぐに寝台へ腰を下ろした。
朝よりは顔色もよくなっている。
それでも、一日歩き回れるほど戻ってはいない。
「少し休みます」
「その方がいいわ」
ミラも左腕を軽く動かす。
毒は抜け、指も普通に動く。
痛みもほとんどない。
けれど、マレナに言われた通り、今日は剣には触れないつもりだった。
「私も寝ようかな」
「珍しいですね」
リアが笑う。
「どういう意味?」
「いえ。ミラさんなら、動けるなら外へ行くと言うかと思って」
ミラは少し考える。
「……言いそうね」
「はい」
「でも今日はやめとくわ」
ミラも寝台へ腰を下ろした。
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい、ミラさん」
窓の外から、乾いた槌の音が聞こえていた。
一方、レイは自分の部屋へ戻ると、荷を床へ下ろした。
壁際へ剣を立てかけ、腰のポーチを外そうとして手が止まる。
何となく中へ手を入れ、小さく包んでいたものを取り出した。
布を開く。
白い花びらが姿を見せる。
ルミナスの花。
あの日、リアからもらった花だ。
レイは花を傷めないように手に持ったまま、寝台へ仰向けになる。
白い花びらを眺める。
今も、受け取った時と変わらず形を保っていた。
それを見ているうちに、昨日のことが頭へ浮かんできた。
最後のガルムが結界へ向かって走った時。
追いつけないと思った。
だから、その場から斬る。
ただ、それだけを思い描いた。
胸元から《みなもと》が流れ込んできた。
腕を通り、剣へ。
刃が白い光を帯びた。
そして、振り抜いた先へ飛んでいった。
レイは手の中の花へ目を戻す。
この花にも、似たことがあった。
リアからもらったあと。
大事にしたい。
なくしたくない。
そう思った時だった。
胸元から流れ込んだ光が、花を包んだ。
あの時も、どうすればそうなるのかなんて考えていなかった。
ただ、そうしたいと思った。
すると、そのイメージがそのまま形になった。
「……似てるのかな」
レイは小さく呟く。
花を守りたいと思った時。
昨日、離れた場所まで斬撃を届かせようと思った時。
どちらも、細かいやり方を考えたわけではない。
頭に浮かべたものに、光が応えた。
レイはしばらく花を眺めていた。
やがて身体を起こすと、寝台のそばの机へ布を広げた。
その上へ、花を傷めないようにそっと置く。
もう一度横になり、天井を見上げる。
身体は、朝よりさらに軽くなっていた。
灰域を出た直後の重さが嘘のようだ。
腕を持ち上げる。
指を握る。
違和感はほとんどない。
「もう普通なんだけどな……」
壁際の鉄剣へ目が向く。
触りたい。
振ってみたい。
昨日のあれが、もう一度できるのか確かめたい。
けれど今日は休むと決めている。
レイは小さく息を吐き、今度は胸元へ手を伸ばした。
服の内側から細い鎖を引き出す。
星の涙の欠片を収めたペンダントが、掌へ落ちた。
青い石は静かだった。
ノースライトの地下聖堂でも、この石から流れ込んだ《みなもと》が剣へ集まった。
マンティコアと戦った時。
刃に光が宿った。
その光をまとった剣で、マンティコアにとどめを刺した。
けれど、あの時は光を剣から離したわけではない。
昨日は、その先だった。
剣に宿った光を、届かない場所まで飛ばした。
初めてだった。
「……できたんだよな」
小さく呟く。
少なくとも、昨日の一撃は、自分が思い描いた通りだった。
なら。
次も、たぶんできる。
もっと速く。
もっと遠くへ。
狙ったところへ正確に。
そんなふうに使えるようになったら。
レイの口元が、少しだけ上がる。
新しい技を覚えた時のような感覚だった。
まだ、完成してはいない。
だからこそ試したい。
もっと使ってみたい。
どこまでできるのか知りたい。
レイは石を握り込む。
光承の儀を越えてから、この石から流れ込んでくる《みなもと》は、前より扱いやすくなった気がする。
理由までは分からない。
けれど、昨日の感覚だけは覚えている。
「次は……」
そこで言葉を止めた。
マレナの声が頭をよぎる。
――稽古も術の練習もなしだよ。
続いて、セレスの顔まで浮かぶ。
レイはしばらく天井を見つめた。
「……明日からにしよう」
ペンダントを服の内側へ戻す。
剣からも目を逸らした。
そのうち、瞼が重くなる。
気づけば、レイは眠っていた。
目を覚ました時。
部屋の中は赤く染まっていた。
窓から差し込む夕暮れの光が、床を長く伸びている。
レイは身体を起こした。
「……寝てた」
思った以上に深く眠っていたらしい。
身体はさらに軽くなっている。
窓を開ける。
昼間より涼しくなった風が入ってきた。
通りの向こうでは、まだ職人たちが働いている。
槌の音。
炉の火。
行き交う人々。
灰域では、どれも聞こえなかったものだ。
扉を叩く音がした。
「レイ、起きていますか?」
リアの声だった。
「起きてるよ」
扉を開ける。
そこにはリアとミラが立っていた。
リアの顔色は、朝よりさらによくなっている。
「よく寝られましたか?」
「うん。二人も?」
「私は少しだけ」
リアが答える。
ミラは肩をすくめた。
「私は寝すぎたくらい」
「休む日なんだからいいじゃん」
「まあね」
後ろからセレスも歩いてくる。
「身体の具合は?」
「もうほとんど普通」
レイが答える。
リアもうなずいた。
「私も、朝よりずっと楽です」
セレスは二人の様子を確かめる。
「では、今日はこのままゆっくりしましょう。明日は早いですから」
「夕飯は?」
レイが尋ねる。
ミラが呆れたように見る。
「起きて最初にそれ?」
「寝たら腹減った」
「さっき甘いものまで買ってたでしょう」
「あれは明日の分」
「食べてないの?」
「まだ」
ミラが少し意外そうな顔をする。
「ちゃんと我慢できるのね」
「俺を何だと思ってるの」
リアがくすりと笑った。
階下から、肉の焼ける匂いが漂ってくる。
香草の香りも混じっていた。
レイが階段の方を見る。
「ほら」
「何が、ほらなのよ」
「夕飯」
「匂いだけで分かるの?」
「分かるよ」
ミラが笑う。
「じゃあ行きましょ」
四人は階段へ向かった。
窓の外では、夕日を受けたフェルナの屋根が赤く染まっている。
明日の朝には、この町を発つ。
その先には赤灰の谷。
そして、カルナ。
一日の休息を終え、四人の旅は再び動き始めようとしていた。




