赤い鳥の隊商
赤い鳥の旗へ近づくにつれ、広場の騒がしさが増していった。
荷車は八台。
木箱や麻袋、樽を積んだもの。
布をかぶせた長い荷物を載せたもの。
後ろの二台には、水樽や食料らしい荷がまとめられている。
その周囲を、何人もの男たちが行き来していた。
荷を縄で締め直す者。
車輪を確かめる者。
馬の蹄を見ている者。
少し離れたところには、武器を持った六人ほどの男女がいる。
「あの方たちが護衛でしょうか」
リアが小さく言った。
「でしょうね」
セレスが答える。
その時。
「そこ、もう一段締めろ! 谷に入ってから崩れたら面倒だぞ!」
太い声が飛んだ。
声の主は、一台目の荷車の脇に立っていた。
短い灰色の髪。
日に焼けた顔。
袖を肘までまくり上げた、がっしりした男だった。
片手に板を持ち、荷の積み方を確認している。
セレスが近づく。
「すみません」
男が顔を上げた。
「ん?」
「明日の朝、カルナへ向かわれる隊商はこちらでしょうか」
「そうだが」
男は四人を見る。
視線が一人ずつ通り過ぎる。
最後にセレスへ戻った。
「乗せてくれって話か?」
「可能であれば、同行させていただきたいと思っています」
「四人?」
「はい」
男は持っていた板を脇へ挟んだ。
「俺はバルド。この隊商をまとめてる」
「セレスです」
セレスが軽く頭を下げる。
「こちらがレイ、リア、ミラです」
三人もそれぞれ会釈した。
バルドはもう一度四人を見る。
「カルナまで何しに行く?」
「古い記録を調べるためです」
セレスが答えた。
バルドの眉がわずかに上がる。
「記録?」
「はい。カルナに残っている古い資料を探しています」
「商売じゃないのか」
「違います」
「巡礼でもなさそうだな」
セレスは何も答えなかった。
バルドも、それ以上は追及しない。
少し考えるように顎を撫でた。
「まあ、事情を全部聞く気はない」
そう言ってから、四人を見回す。
「ただし、こっちは荷と人をまとめて運んでる。途中で面倒を持ち込まれるのは困る」
声は荒くない。
けれど、はっきりしていた。
セレスがうなずく。
「こちらから問題を起こすつもりはありません」
バルドは短く頷いた。
「そのつもりで頼む」
バルドは少し離れたところにいる武装した者たちへ顎を向けた。
「あいつらが護衛だ。六人いる」
「では、私たちは同行者という扱いでしょうか」
「ああ。同行料を払ってもらう。ただし、道中で何かあった時は、動けるなら手を貸してもらう」
「承知しました」
「無茶をしろって意味じゃないぞ。怪我人を増やされても困るからな」
バルドの視線が、ミラの左腕へ向いた。
「そっちは歩けるのか?」
「うん。歩けるわよ」
ミラがすぐに答える。
セレスが横から言う。
「歩けることと、一日歩き続けられることは別です」
「またそれ?」
ミラが眉を寄せる。
バルドは二人を見てから、後ろの荷車を指した。
「後ろの補給車なら、嬢ちゃんたち二人くらいは乗せられるぞ」
リアが少し顔を上げる。
「乗せていただけるんですか?」
「ああ。ただし、その分は少し上乗せだ」
「私は歩けるわよ」
ミラが言う。
セレスがミラを見る。
「今は無理をする必要はありません」
「でも――」
「カルナに着く前に傷を悪くしてどうするんですか」
ミラは口を閉じた。
少しだけ不満そうに視線を逸らす。
「……分かったわよ」
リアが隣で小さく笑った。
セレスはバルドへ向き直る。
「では、リアとミラを補給車へ。私とレイは歩きます」
「それでいい」
バルドがうなずく。
「同行料が四人分。それに二人分の乗車代だ」
セレスは金額を確認すると、袋から硬貨を取り出した。
バルドは受け取った硬貨を数え、小さな帳面へ書き込む。
「確かに」
「出発は何時でしょうか」
「明日の朝だ。日が昇りきる前には出る」
「カルナまでは?」
「順調なら、明日の夕方には赤灰の谷の手前だ。そこで一泊する」
バルドは南へ続く街道を指した。
「翌日、谷を抜けてカルナへ入る。夕方までには着くだろう」
セレスがうなずく。
「分かりました」
「水と食料は自分たちでも用意しておけ。途中で分けてくれと言われても困る」
「準備しておきます」
「それと」
バルドは四人を見回した。
「こっちに面倒を持ち込まないこと。それさえ守ってくれればいい」
「承知しました」
その時、荷車の方から声が飛んだ。
「バルド! こっちの縄、替えた方がいいぞ!」
「今行く!」
バルドは声の方へ顔を向ける。
「話は終わりだ。明日の朝、遅れるなよ」
「はい。ありがとうございます」
セレスが軽く頭を下げる。
バルドはすぐに荷車の方へ戻っていった。
四人はその場を離れ、広場の端へ寄った。
レイが振り返る。
荷車の間では、バルドがすでに別の男から縄を受け取り、積み荷を指差しながら何かを指示していた。
「忙しそうだね」
「隊商をまとめるのですから、当然でしょう」
セレスが答える。
ミラは並んだ荷車を見る。
「明日はあれに乗るのね」
「嫌ですか?」
リアが尋ねる。
「嫌じゃないけど……」
ミラは左腕へ目を落とした。
「もう問題ないのに、乗るっていうのが落ち着かないのよね」
「マレナさんにも、腕を休ませるように言われたでしょう?」
リアが言う。
ミラは少しだけ口を尖らせる。
「リアに言われると反論しにくいわね」
「どうしてですか?」
「リアも乗るから」
「私はまだ、長く歩くのは少し不安なので……」
ミラはリアの顔を見て、ふっと表情を緩めた。
「ま、いいか。二人でゆっくり話でもしましょ!」
「はい」
リアも嬉しそうに笑った。
二人のやり取りを聞きながら、レイが小さく笑った。
セレスは南へ続く街道へ目を向ける。
「これで明日の準備は一つ済みました」
その先には、まだ見えない赤灰の谷。
そしてカルナがある。
「水と食料を揃えたら、宿へ戻りましょう。今日は休む日です」
「分かった」
レイが答える。
リアもうなずいた。
「はい」
ミラは並んだ荷車をもう一度見てから、小さく息を吐く。
四人は赤い鳥の旗を背に、広場を歩き出した。
明日の朝。
この隊商とともに、カルナへの旅が始まる。
頭上では、赤い鳥の旗が朝の風を受けて大きく揺れていた。




