火の町の朝
翌朝。
レイは、規則正しく響く金属音で目を覚ました。
――カン。
少し間を置いて、
――カン、カン。
薄く目を開ける。
窓の向こうは、すでに明るい。
「……朝から?」
寝台の上で身体を起こし、窓へ近づく。
通りを挟んだ向かいの工房では、男が炉の前に立っていた。
赤く熱した鉄を金床へ置き、槌を振り下ろしている。
火の粉が散る。
その隣の工房からも、別の音が聞こえた。
さらに遠くからも。
町のあちこちで、一日の仕事が始まっているらしい。
レイはしばらく外を眺めてから、服を整えた。
身体を動かしてみる。
昨日まであった重さは、かなり抜けていた。
腕を回しても、ほとんど違和感がない。
「よく寝たからかな」
壁に立てかけた剣へ目が向く。
少しだけ手を伸ばしかける。
けれど、昨夜のマレナの言葉が浮かんだ。
――稽古も術の練習もなしだよ。
「……分かってるって」
誰もいない部屋で呟き、手を引っ込めた。
一階へ降りると、すでにセレスが卓についていた。
「おはようございます」
「おはよう」
その向かいでは、ミラが片手でパンをちぎっている。
「遅いわよ」
「今起きたところ」
「見れば分かる」
「ミラだって髪はねてるよ」
「え?」
ミラが慌てて右手で頭を押さえる。
「嘘」
「レイ!」
「あはは、そんな怒らなくてもいいじゃん」
「誰が怒らせてるのよ!」
レイは楽しそうに笑いながら椅子へ座り直した。
そのやり取りを眺めていたセレスが、静かに茶を一口飲む。
「朝から元気ですね」
ミラはレイをじろりと睨む。
「ふんっ」
そう言って、残っていたパンを少し乱暴にちぎった。
ほどなくして、階段から足音がした。
リアがゆっくり降りてくる。
「おはようございます」
レイが顔を上げる。
「おはよう。身体はどう?」
「昨日より、かなり楽です」
リアは卓へ座ると、自分の掌へ目を落とした。
少しだけ意識を向ける。
「まだ、うまく巡りません。でも、昨日よりは流れを感じます」
セレスがその様子を見る。
「今日は術を使わないでください」
「はい。分かっています」
主人が朝食を運んできた。
焼いた薄いパン。
豆と卵を混ぜたもの。
香草を浮かべた温かい飲み物。
「昨日よりは顔色もましになったな」
主人が四人を見ながら言う。
「おかげさまで」
リアが答える。
「ならよかった」
主人はそれ以上立ち止まらず、別の卓へ向かった。
食事を進めながら、セレスが口を開く。
「今日は予定通り、休養日にします」
ミラが顔を上げる。
「一日ずっと宿にいるの?」
「そこまでは言いません」
セレスはパンを置いた。
「ただ、明日の朝にはカルナへ向かいたいので、今日は無理をしないことです」
レイが尋ねる。
「じゃあ、今日は何するの?」
「出発の準備だけ済ませておきましょう。カルナへ向かう隊商があれば、今日のうちに同行を頼んでおきたいと思います」
レイがうなずく。
「それなら、宿の人に聞けば分かるかな」
「そうですね」
セレスはリアへ目を向けた。
「少し歩くことになっても大丈夫そうですか?」
リアは少し考えてからうなずく。
「はい。ずっと部屋にいるより、宿の近くを少し歩くくらいなら、気分もよくなりそうです」
「疲れたら、すぐ戻りますよ」
「分かりました」
食事を終えると、セレスが主人に声をかけた。
「すみません。カルナへ向かう隊商を探しているのですが」
「カルナへ?」
主人は卓を拭く手を止める。
「それなら南広場へ行ってみな。明日の朝に出る大きな隊商があったはずだ」
「どの隊商か分かりますか?」
「赤い鳥の印を出してるところだ。荷車も多いから、行けばすぐ分かる」
「ありがとうございます」
必要なものだけを持ち、四人は宿を出た。
朝のフェルナは、昨夜とはまた違っていた。
通りには荷車が行き交い、店先では木箱や麻袋が積み上げられている。
工房の前には、すでに何人もの職人が立っていた。
赤く熱せられた鉄。
革の前掛け。
煤で黒くなった腕。
その間を子供たちが走っていく。
工房の炉。
屋台の焼き台。
湯を沸かす小さな火。
どこを見ても、火が人の暮らしの中にあった。
ミラは歩きながら、ときおり工房へ目を向けている。
赤く燃える炉。
そこから飛び散る火の粉。
昨夜から何度も見ているはずなのに、気づけば視線が向いていた。
けれど、本人はそれを特に気にしている様子もない。
レイはそんなミラを一度だけ見たが、何も言わずに前を向いた。
リアの歩みは、昨日よりしっかりしていた。
レイが隣を歩く。
昨日のように腕を支える必要はない。
それでも、普段より少しゆっくりと歩調を合わせる。
「大丈夫?」
「はい。このくらいなら」
リアが小さく笑う。
「昨日よりずっと楽です」
「ならよかった」
通りを抜けるにつれ、人と荷車の数が増えていく。
やがて前方が大きく開けた。
南広場。
何台もの荷車が並び、その周囲を商人や荷運び人が忙しく行き交っている。
武器を持った者の姿もあった。
レイが辺りを見回す。
「赤い鳥って、どれだろ」
セレスも広場の奥へ目を向けた。
「あれではありませんか」
並んだ荷車の向こう。
一本の旗が、朝の風を受けて揺れている。
その布には、翼を広げた赤い鳥が描かれていた。
荷車は一台、二台ではない。
いくつもの車が、その旗の周囲へ集められている。
ミラが目を細めた。
「かなり大きな隊商ね」
「護衛もいるようです」
リアが、少し離れたところにいる武装した者たちへ目を向ける。
セレスがうなずく。
「行ってみましょう」
四人は人の流れを避けながら、赤い鳥の旗へ向かって歩き出した。
朝の風の中で、赤い鳥が大きく羽ばたいていた。




