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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第8章 火の息づく地
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赤い布の治療所

治療所の中には、薬草の匂いが満ちていた。


壁際の棚には、小さな壺と布包みが並んでいる。


窓のそばには長椅子が二つ。


奥の炉では湯が温められ、細い湯気が立ち上っていた。


「マレナ、薬草はこっちでいいかい?」


奥から若い男の声がする。


「ああ。青い紐の束とは分けておくれ」


作業台の前にいた女性が答えた。


褐色の髪には白いものが混じっている。


袖を肘までまくり、洗った布を畳んでいたが、入ってきた四人を見ると、その手を止めた。


「灰域帰りかい?」


「はい。異獣の爪で、毒を受けた者がいます」


セレスが答えると、マレナは長椅子を示した。


「腕をここへ。それと、そこの顔色の悪い子も座りな」


ミラが腰を下ろし、レイも隣へリアを座らせた。


マレナはミラの裂けた袖を開く。


爪の傷はすでにふさがっていた。だが、その周囲には薄く黒紫色の筋が残っている。


「どんな異獣だった?」


「狼に似た、大きな異獣です。ガルムが異獣化したものと思われます」


セレスが答えた。


「もとのガルムにも、爪に毒があります。ただ、異獣化して毒まで変わっているかは……」


「分からないんだね。まずは腕を診よう」


マレナはミラの手を取り、指先から肘へと順に触れていった。


「指を握ってごらん」


ミラはゆっくりと指を曲げた。


握り込もうとしても、途中で力が抜ける。


「しびれてるのは、この辺りまで?」


「ええ。指先が一番ひどいわ。傷の痛みは、もうほとんどないけど」


「誰が処置した?」


「リアよ。傷をふさいで、毒が広がるのも止めてくれたわ」


マレナがリアへ目を向ける。


「その後、しびれが強くなったり、息が苦しくなったりは?」


「それはないわ。ずっと腕に残ってる感じね」


ミラの返事を聞き、マレナはもう一度、黒紫色の筋を確かめた。


「今のところ、腕にとどまっているようだね。早く処置してくれて助かったよ」


「でも、すべては取り除けませんでした……」


リアが小さく言った。


マレナはその顔を見て、手首へ指を添えた。


しばらく黙っていたが、やがて静かに尋ねる。


「巫女か神官だろう?」


リアが顔を上げた。


そばに立つセレスの視線も、マレナへ向く。


「身構えなくていい。ここでは、ただの旅人として診るよ」


マレナはリアの手をそっと戻した。


「無理をしたね。あとは任せて、少し休んでいな」


それから作業台へ向き直り、小さな鉢と薬草を取り出した。


「残った毒には、薬と火の力を使う。熱すぎたら、すぐに言うんだよ」


ミラは左腕を台へ預け直した。


「分かったわ。お願い」


マレナは薬草をすり潰し、壺から少量の液を加えた。


青臭さの中へ、鼻の奥を抜けるような匂いが混じる。


それを薄い布へ広げ、ミラの腕に当てた。


「少し温めるよ」


布の上へ、掌が重なる。


マレナが短く祈ると、指の間に淡い赤橙の光が灯った。


炎は上がらなかった。


布の下へ、じんわりと熱が染み込んでくる。


ミラは思わず腕を引きかけた。


「熱い?」


「ううん。……奥の方まで温かくなるのね」


「そのまま、力を抜いて」


マレナの掌が、肘から指先へゆっくりと移る。


熱もそれを追って流れていった。


強くなるかと思えば、すぐに和らぐ。


ミラの呼吸や指の動きを見ながら、細かく加減しているようだった。


リアは膝の上に手を重ね、その様子を見ていた。


火の力で、人を治す。


目の前の穏やかな光は、戦いの中で見る炎とはずいぶん違っていた。


「火の力を、こんなふうにも使うのですね」


マレナはミラの腕から目を離さずに答えた。


「冷えた身体を温めるにも、薬をなじませるにも役に立つ。加減を間違えれば傷めるけどね」


ミラの指が、ぴくりと動いた。


腕の奥にあった重さが、少しずつほどけていく。


それを確かめていたマレナの指が、ほんの一瞬だけ止まった。


自分が通したものとは別の、かすかな火の流れ。


腕の奥で、それが温かさに応えるように揺れていた。


マレナはミラの顔へ目を向けた。


瞳を確かめ、それから何も言わずに手元へ視線を戻す。


「どうしたの?」


「痛みが出ていないかと思ってね」


「平気よ」


ミラはそう答えながら、マレナの目を見ていた。


琥珀色の奥に、炉の火に似た明るさが揺れている。


見ていると、不思議と目を離しづらかった。


「はい。もう一度、指を動かして」


声をかけられ、ミラは自分の手へ視線を落とした。


ゆっくりと握る。


今度は、指先が掌まで届いた。


「あ……」


開いて、もう一度握る。


先ほどまであった鈍いしびれが、ほとんど感じられない。


マレナは布を外した。


皮膚の下に残っていた黒紫色の筋も、消えている。


腕へ指を添え、しばらく確かめてから頷いた。


「残っていた毒は抜けたようだね」


ミラがほっと息を吐く。


「助かったわ。剣を握れないままかと思った」


「だからって、今から振り回すんじゃないよ。今日は腕を休ませな」


「……分かってるわよ」


マレナはその返事に少しだけ口元を緩め、使った布を脇の鉢へ入れた。


「ほかに、傷が痛む者は?」


「私は脇腹を傷めましたが、治療を受けています。今はほとんど痛みません」


セレスが答えた。


「息を吸っても?」


「はい。問題ありません」


「なら、無理に荷を抱えたりしないでおくれ」


マレナは手を洗い、リアの前へ椅子を寄せた。


「さて。あんたは、何度も術を使ったんだね」


「結界と、傷の治療を。それから、ミラの毒を……」


リアは少し息を整えた。


「灰域では、思うように《みなもと》が集まらなくて。何度も集め直しました」


マレナが手首へ触れる。


淡い光が、指先に灯った。


「薄いところで、無理に引き寄せ続けたんだろう。身体が扱える以上に取り込んで、通し続けたんだね」


リアは目を伏せた。


「途中から、うまく力が入らなくなって……」


「今も術を使おうとしていないかい?」


膝の上で、リアの指がわずかに動いた。


マレナがその手を軽く押さえる。


「確かめなくていい。今日は休ませるんだよ」


「……はい」


棚から小瓶を取り、水を注いだ杯へ数滴落とす。


「ゆっくり飲みな。少し苦いけどね」


リアは両手で杯を受け取った。


一口飲むと、眉が小さく寄る。


隣でミラが笑いかけたが、レイが荷を持ち替えた音に振り向いた。


肩から下ろそうとした荷を、うまく支えられなかった。


レイは両手で抱え直し、足元へ置く。


マレナがそれを見ていた。


「そっちの子も。手を出してごらん」


「俺もですか?」


「腕、重いんだろう?」


レイは少し迷ってから、手を差し出した。


マレナの指が手首へ触れる。


その眉が、わずかに動いた。


「……ずいぶん強い力を通したね。何をした?」


レイはセレスへ視線を向けた。


セレスは一度、静かに頷く。


「剣から、光を飛ばしました」


マレナの手が止まった。


レイは言葉を足した。


「離れたところにいた異獣へ、届かせようと思って。剣に集まった光を、そのまま……」


マレナはレイを見た。


冗談を言っている様子がないと分かると、ゆっくりと息を吐いた。


「……まるで、おとぎ話のようだね」


レイは自分の手へ目を落とす。


あの時は、届くと思った。


剣の先から離れた光が、思い描いたとおりに灰霧を走っていった。


けれど、今ここでもう一度できるかと聞かれたら、分からなかった。


マレナは手首から指を離した。


「あんたも、身体が扱える以上の《みなもと》を一度に通している。腕だけ疲れたわけじゃないよ」


「休めば戻りますか?」


「まずは食べて、眠ることだね。力を足して何とかしようとしないこと」


レイにも水の入った杯が渡される。


冷たさが、掌に心地よかった。


「二人とも、明日は一日この町で休みな。動けるようなら少し外へ出るくらいは構わないが、稽古も術の練習もなしだよ」


「では、出発は明後日の朝にします」


セレスが言った。


「食事が取れて、普通に歩けるようになっていればね。まだつらそうなら、予定を延ばしておくれ」


「承知しました」


リアは杯を見つめたまま、小さく息を吐いた。


レイはその隣へ腰を下ろす。


歩き続けていた時には気づかなかった重さが、座った途端に身体へ広がった。


今なら、そのまま眠れそうだった。


マレナは二人を見て、作業台の上を片づけ始める。


「宿は決まっているのかい?」


「まだです」


セレスが答えた。


「なら、この通りを進んだ先の広場へ行くといい。炉の向かいに二階建ての宿がある。温かいものを出してくれるよ」


「助かります」


セレスが治療代を確かめ、財布を取り出した。


その間に、ミラはもう一度、左手を握った。


指が動く。


力を込めれば、ちゃんと応えてくれる。


隣のリアへ、少し声を和らげた。


「リア、あの時すぐに治療してくれて、ありがとう」


リアの表情が和らいだ。


「指が動くようになって、よかったです」


杯を返し、四人は荷を持ち直した。


レイが立つと、マレナが扉の方へ顎を向ける。


「今日はもう、宿までだよ」


「はい」


今度はレイも、すぐに頷いた。


外へ出ると、通りには夕暮れの赤い光が残っていた。


ミラは左腕をそっと曲げ、それから力を抜いて下ろした。


リアの足取りはまだゆっくりだったが、レイの差し出した腕へ手を添え、落ち着いて歩き出した。


通りの先から、煮炊きの匂いが流れてくる。


それに気づいた途端、レイの腹が小さく鳴った。


ミラが振り向く。


「まずは、ご飯ね」


「……そうだな」


レイが答えると、リアも少しだけ笑った。


四人は炉のある広場へ向かって、ゆっくりと歩いていった。


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