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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第7章 火の位相へ
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ラミア

灰霧に、静けさが戻った。


レイは鉄剣を構えたまま、崩れた塔の脇を見つめていた。


胸元の石から光が消えていく。


腕が重い。


息を整えようとしても、胸が大きく上下した。


リアも短杖を握ったまま、肩で息をしている。


セレスがその前へ盾を構え、ミラは血の伝う左腕を下げていた。


それでも、誰も気を抜かなかった。


三頭のガルムが倒れても、女の表情は変わっていない。


「なるほど」


女は倒れたガルムを一瞥し、楽しげに目を細めた。


「噂より、ずっと面白いわ」


レイは荒い息のまま、女を見る。


「これが、挨拶か」


「ええ」


女は悪びれもせず微笑んだ。


「少し遊んだだけよ」


「悪趣味ね」


ミラが低く吐き捨てる。


「あら」


女の視線が、血の流れる左腕へ落ちた。


「見えにくい無彩域で、よく動いたじゃない」


ミラの眉が寄る。


セレスが盾を前へ出した。


「あなたは何者です」


女はセレスへ目を向け、くすりと笑う。


「神官長直属の護衛。やっぱり堅いのね」


「こちらのことを知っているのですね」


「少しだけ」


視線がレイへ戻る。


正確には、その胸元へ。


「その石」


声から、わずかに戯れが消えた。


「やはり、それが鍵なのね」


レイは胸元へ伸びかけた手を止める。


「答える必要はない」


女は薄い笑みを残したまま、崩れた石の上から一歩下りた。


霧がその足元へ吸い寄せられる。


レイは鉄剣を握り直し、セレスも盾を上げた。


「近づかないでください」


リアが短杖を向ける。


息は上がっている。


それでも、その声にははっきりとした拒絶があった。


女の視線がリアへ移る。


「あなたは……」


何かを確かめるように、その姿を見つめた。


「なんだか、歪ね」


リアの肩が小さく揺れる。


「何を……」


女は答えなかった。


ただ、意味ありげに微笑んでいる。


その目が、レイにはひどく不快だった。


「もう十分だろ」


レイが女の視線を遮る。


「観測に来たんだろ。なら、もう見たはずだ」


「そうね。今日はここまでにしておくわ」


女の足元で、影が揺れた。


ミラが双剣を握り直す。


だが、傷ついた左腕が震えている。


セレスもリアを守る位置を崩さない。


今の四人に、女へ仕掛ける余力はなかった。


女の手に、小さな闇色の術具が現れた。


宝石にも、刃の欠片にも見える黒い装飾具。


白い指先がその表面をなぞる。


奥で闇が脈打った。


崩れた石盤の前で、空気が歪む。


黒い線が走り、灰色の景色を音もなく切り裂いていった。


ミラが目を見開く。


「それは……まさか、星の裂け目?」


女は答えない。


広がる亀裂を背に、レイだけを見つめた。


「覚えていてね、レイ」


黒髪が、裂け目から漏れる風に揺れる。


「私はラミア」


その名が灰域に落ちた。


「また遊びましょう、光の使徒」


レイは鉄剣を握る指に力を込めた。


それ以上は動けない。


ラミアは妖艶な笑みを残し、そのまま黒い亀裂へ身を沈めた。


裂け目がその姿を呑み込む。


次の瞬間、黒い線は閉じた。


灰色の霧が、何事もなかったように流れ込んでくる。


レイはようやく剣を下ろした。


その時。


背後で金属の落ちる音がした。


レイが振り返る。


ミラの左手から、双剣の一本が滑り落ちていた。


「ミラ?」


ミラは左腕を押さえている。


傷の周囲が赤く腫れ、皮膚の下に黒紫色の筋が浮かび始めていた。


「指が……うまく動かない」


セレスの表情が変わる。


「ガルムの毒爪です」


リアがすぐにミラの前へ膝をついた。


「腕を見せてください」


「大丈夫よ。これくらい――」


「大丈夫ではありません」


いつもより強い声だった。


ミラは少し目を見開き、素直に左腕を差し出す。


リアは裂けた袖を開き、傷口へ短杖をかざした。


「ルミナスの光よ。巡る毒を退け、傷を清めて」


淡い光が集まり始める。


だが、やはり遅い。


リアは息を整えながら、薄い《みなもと》を少しずつ手繰り寄せた。


白い光が傷を包む。


黒紫色の筋が、ゆっくりと薄れていった。


「少し、熱い……」


「そのまま動かさないでください」


リアの額から汗が落ちる。


光が一度揺れた。


それでも短杖を下ろさず、傷口へ光を重ねる。


血が止まり、爪に裂かれた傷が少しずつ閉じていった。


腕へ広がりかけていた黒紫色の筋も、それ以上は伸びなくなる。


リアはもう一度、光を集めようとした。


だが、指先に力が入らない。


視界がわずかに揺れ、短杖の先が下がった。


セレスがすぐに肩を支える。


「リア」


「……傷は、ふさがりました」


リアは息を継いだ。


「毒が広がるのも止めています。でも、まだ腕に残っていて……」


ミラは左手を開き、ゆっくりと指を曲げた。


出血は止まっている。


傷の痛みも引いていた。


けれど、指先には鈍いしびれが残り、握り込もうとしても思うように力が入らなかった。


リアが再び短杖を持ち上げかける。


ミラは右手を添え、その動きを止めた。


「ありがとう、リア。残りは町で診てもらうわ」


「でも……」


「その顔で続けられたら、こっちが心配になるでしょう」


リアは何か言いかけ、それから短杖を下ろした。


セレスがミラの左腕を確かめる。


「町へ着くまでは、左手を使わないでください」


「分かったわ」


ミラは右の剣を鞘へ戻した。


落とした方はレイが拾い、柄を向けて差し出す。


「持てる?」


「右なら平気。ありがとう」


二本とも収めると、ミラは小さく息を吐いた。


セレスが霧の向こうへ目を凝らす。


「すぐにここを離れます。あの女が去ったからといって、安全になったとは限りません」


リアが短杖を支えに立とうとする。


膝に力が入らず、体が傾いた。


セレスはその腕を取り、立ち上がるのを助けた。


「歩けますか?」


「はい……少し、支えていただければ」


「私につかまってください」


レイも鉄剣を鞘へ戻した。


足は重い。


それでも、ここに残るよりはいい。


「行こう」


四人は南西街道へ戻った。


セレスがリアを支え、その隣をミラが進む。


レイは最後尾から、霧の向こうを警戒した。


崩れた塔は、すぐに灰色の中へ沈んでいく。


ラミア。


その名だけが、鮮明に残った。


四人は足を止めなかった。


灰霧は少しずつ薄れ、色を失っていた草に、くすんだ緑が戻り始める。


街道の石も赤茶け、冷たかった風に乾いた熱が混じってきた。


ミラが顔を上げる。


「灰域を抜けたの?」


「はい。ただし、まだ緩衝地帯です」


セレスは歩調を緩めずに答えた。


「安全な場所へ出るまで、警戒を続けます」


やがて霧が背後へ遠ざかった。


街道脇に大きな岩場を見つけると、セレスが足を止める。


「フェルナへ入る前に、装いを変えます」


レイが振り返った。


「神殿の服を?」


「火の位相では、好ましく思わない者もいます。余計な警戒は避けましょう」


レイとミラが周囲を見張る。


その間に、リアとセレスは岩陰へ入った。


リアはセレスの手を借りながら巫女装束を荷へ収め、くすんだ茶色の上衣と旅用の外套へ着替える。


セレスも神殿護衛隊の外套を畳み、地味な灰色の外套へ替えた。


盾と細剣は変わらないが、これなら旅の護衛に見える。


「お待たせしました」


旅装になったリアが岩陰から出てくる。


セレスも荷を背負い直した。


「行きましょう」


再び街道を進む。


ほどなく、風に煙の匂いが混じった。


焼けた鉄。


乾いた土。


遠くからは、槌を打つ音も聞こえてくる。


ミラの腰に下げた赤い守り印が、かすかに熱を帯びた。


「また……」


指先で触れると、赤い紋がわずかに色を深める。


その先で、街道が緩やかな坂を上っていた。


頂きを越える。


夕暮れの向こうに、赤黒い城壁が現れた。


中央には厚い鉄門。


左右の石柱では炎が燃え、赤い火の粉が空へ昇っている。


「あれが、フェルナ……」


リアが小さく息を吐いた。


安堵するには、まだ遠い。


四人は残った力を振り絞り、門へ向かった。


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