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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第7章 火の位相へ
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無彩域

無彩域。


影の教団――星刻継承機構は、緩衝地帯の中に広がる灰域をそう呼ぶ。


六つの位相の色が薄れ、混ざり、互いに打ち消し合う場所。


そして、世界に刻まれた傷が隠れやすい場所。


石造りの暗い部屋に、細い黒い光が揺れていた。


壁には星刻文字が刻まれ、床には古い術式の円が描かれている。


その中央で、ひとりの女が闇色の装飾具を手にしていた。


宝石にも、刃の欠片にも見える小さな術具。


その奥では、闇がゆっくりと脈打っている。


女は長い黒髪を背へ流し、深い闇色の衣をまとっていた。


白い指先が、術具の縁をなぞる。


その仕草は優雅で、どこか危うい。


術具の奥の闇が、床の術式へ細く流れ込んだ。


黒い線が円を満たし、空間の一部が薄く歪む。


そのとき、背後から低い声が落ちた。


「どこへ行くつもりだ」


女の指が止まる。


肩越しにゆっくりと振り返る。


唇に浮かぶのは、薄い笑み。


まるで、声をかけられることまで分かっていたかのような顔だった。


「どこへ、だなんて」


女は楽しげに目を細める。


「あなたなら分かっているでしょう、レオン」


黒い大剣を背負った男――レオンは、部屋の入口近くに立っていた。


その表情に、余計な感情はない。


「今は観測に留めろ」


低い声が、石の部屋に響く。


「エクリプス様からも、そう命じられている」


「あら」


女は術具を胸元に寄せ、わずかに首を傾げた。


「私を心配してくれるの?」


「任務の話だ」


「つれないのね」


女はくすりと笑った。


「分かっているわ。光の使徒が、無彩域でどんな感じなのか見てくるだけ」


「余計な接触はするな」


「ただ見てくるだけよ。興味があるの」


彼女は術具の奥で脈打つ闇を覗き込んだ。


「いい機会じゃない。……まあ、少し挨拶くらいはしてこようかしら」


レオンの声が低くなる。


「侮るな」


女の笑みが、わずかに深くなった。


「あなた、あの子と戦ったわけではないのでしょう?」


「ああ」


レオンは否定しなかった。


「俺が見たときのあれは、まだ光の使徒ではなかった」


「今は違う」


「ずいぶん慎重なのね」


レオンは短く言った。


「光承の儀を越え、ルミナスに認められた。星の涙に似た光を放つ石も持っている」


女は小さく息を吐いた。


笑っているのに、その瞳だけは少しだけ鋭い。


「だから、エクリプス様は観測を命じた」


「そうだ」


「なら、私にはちょうどいい役目ね」


女は再び術具へ視線を落とした。


普通の人間なら、星の裂け目に触れることすらできない。


裂け目は道ではない。


世界の傷だ。


踏み込めば、身体も魂も、どこへ流されるか分からない。


だが、エクリプスから渡されたその闇の術具は違った。


傷と傷のあいだに、細い影の道を通す。


星の裂け目を渡るための、歪んだ鍵。


女が術具を胸元へかざすと、足元の影が薄く広がった。


闇が床の術式を満たし、空間に細い黒い亀裂が走る。


その奥に、灰色の風が見えた。


無彩域。


観測所近くに残る、古い星の裂け目。


女は迷わず、その闇へ足を踏み入れた。


黒い亀裂が、彼女の足元から静かに広がっていく。


「観測だけ。今は、ね」


女は肩越しに、レオンへ微笑んだ。


「……でも、やっぱり少しぐらい遊んであげたいわ」


その言葉を残し、彼女の姿は闇に呑み込まれた。


残された部屋で、レオンはしばらく裂け目の消えた場所を見ていた。


やがて、低く息を吐く。


「……余計なことをしなければいいがな」


闇の術具が残した黒い残光は、すぐに床の術式へ沈んで消えた。


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