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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第7章 火の位相へ
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緩衝地帯

翌朝、四人はアルヴァの南門へ向かった。


まだ朝の空気は冷えていたが、町の内側にはすでに荷車の音が響いていた。石畳を軋ませる車輪の音。商人たちの呼び声。焼きたてのパンと香草の匂い。


南門の前では、ハルトが数人の駐留兵とともに待っていた。


「この先の南西街道に新しい報告はありません」


ハルトはセレスへ向けて、簡潔に告げた。


「ただ、昨日お伝えした通り、古い監視塔を越えたあたりから熱風が強まることがあります。獣の群れにも、引き続き注意を」


「承知しました」


セレスが短くうなずく。


ハルトはそこで、レイたち一人ひとりへ視線を向けた。


「ここから先は、アルヴァの巡回も頻繁には届きません。どうかお気をつけて」


レイはうなずいた。


「ありがとうございます」


ハルトは軽く手を上げた。


その背後で、アルヴァの白い外壁が朝日に照らされている。


レイたちは門をくぐった。


町の賑わいを背にして、南西街道へ出る。


門を離れるにつれて、町の音は少しずつ遠ざかっていった。


荷車の軋みも、商人たちの声も、石畳を踏む足音も、風の中に薄れていく。


やがて、道の両側に広がる草地の色が変わり始めた。


最初は、ほんのわずかだった。


緑の中に、灰を混ぜたようなくすみがある。


土の色も、石の表面も、どこか乾いて見えた。


空は晴れている。


けれど、遠くの景色だけが薄い布をかけられたようにぼやけている。


リアが短杖を胸元へ寄せた。


「ここから先が、緩衝地帯……ですね」


「はい」


セレスは周囲を見ながら答えた。


「異なる位相のあいだに広がる土地です。その中でも、特に位相の色が薄い場所を、旅人は灰域と呼んでいます」


「灰域……」


レイはその言葉を小さく繰り返した。


目の前の景色には、確かにその呼び名が合っていた。


色が消えたわけではない。


草は草の色をしている。


空は空の色をしている。


けれど、すべてが少しずつ薄い。


誰かが世界の上から、色を一枚だけ剥がしたようだった。


道端には、古い祈り柱が立っていた。


石の表面には星の紋が刻まれている。


だが、アルヴァまでの街道で見たものよりも、その輪郭は浅く、風雨に削られていた。


柱の根元には小さな祈り花が供えられていたが、数は少ない。


花びらも、どこか色が淡かった。


リアが祈り柱の前で足を止める。


短く目を伏せ、静かに祈りを捧げた。


レイも自然と足を止めた。


ミラは周囲を警戒しながら、古図を取り出す。


「まだ街道上よね」


「ええ」


セレスがうなずく。


「ここは完全に危険地帯というわけではありません。交易や巡礼に使われる道でもあります。ただし、神殿の加護は薄くなります」


「薄くなるって、こういう感じなのね」


ミラは空を見上げた。


「嫌な場所、というより……落ち着かないわ」


レイも同じように感じていた。


怖いわけではない。


足がすくむほどの危険を感じているわけでもない。


けれど、胸の中にあった旅の高揚が、薄い霧をかけられたようにぼやけていく。


アルヴァを出るときには、新しい土地へ向かう期待があった。


火の位相。


赤灰の谷。


フレイラの名。


それらを自分の目で見るのだと思うと、自然と足が前へ出た。


だが、ここではその気持ちの輪郭さえ少し鈍る。


まるで、この土地そのものが、心の色まで薄めているようだった。


「レイ」


リアが小さく呼んだ。


「大丈夫ですか?」


「ああ」


レイは胸元の星の涙に触れた。


石は冷たくも熱くもない。


ただ、確かにそこにあった。


「少し変な感じがするだけだ」


「私もです」


リアは短杖を握り直す。


「祈りが届かないわけではありません。でも、いつもより遠い気がします」


セレスが足を止めずに言う。


「灰域では、感覚を頼りすぎないでください。距離も、音も、普段と少しずれることがあります」


「それ、戦うときに厄介ね」


ミラが眉を寄せる。


「かなり厄介です」


セレスは淡々と答えた。


「だからこそ、無理に踏み込まないこと。見えているものだけを信じすぎないこと。異変を感じたら、すぐに共有してください」


「了解」


ミラは軽く息を吐き、古図を畳んだ。


「まあ、分かりやすく危ない場所よりは、こういう場所の方が面倒なのよね」


その言葉に、レイは苦笑しかけた。


けれど、すぐに表情を引き締める。


道の先に、灰色の霧が薄く流れていた。


霧というには淡く、霞というには重い。


それは地面から湧いているようにも、遠くから流れ込んでいるようにも見えた。


風が吹く。


草が揺れる。


けれど、その音はいつもより弱かった。


ミラが小さくつぶやく。


「音まで薄いのね」


「はい」


リアも周囲へ目を向けた。


「静かすぎます」


街道そのものは、まだ続いている。


足元には車輪の跡もあり、人が通った形跡も残っていた。


だが、その道の先にあるものは、アルヴァまでの街道とは明らかに違っていた。


レイは一度だけ振り返った。


白い壁に囲まれたアルヴァは、もう遠い。


町の輪郭は薄い灰色の空気に滲み、やがて景色の中へ溶けていく。


戻れないわけではない。


けれど、戻るために来たのではない。


レイは前を向いた。


「行こう」


短く告げると、セレスがうなずいた。


ミラも、リアも足を進める。


四人は灰色の霧が流れる南西街道を進んだ。


火の位相へ向かう道は、すでに灰域の中へ入り始めていた。


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