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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第7章 火の位相へ
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南西街道

翌朝、アストラリス神殿はいつもと変わらぬ静けさに包まれていた。


白い石の回廊に朝の光がやわらかく差し込み、遠くでは鐘の音が澄んだ空気の中へ溶けていく。


けれどレイには、昨日までと同じ景色には見えなかった。


禁書庫で見たもの。


星の涙。


六つの位相。


外から流れ込むわずかな乱れ。


そして、光だけでは届かない領域。


その断片が、まだ胸の奥に残っている。


四人はその最初の手がかりとして、火の位相へ向かう。


まず目指すのは、南西の交易都市アルヴァだった。


出立の前、神殿の白い石段の上で、セレスが地図を広げた。


「まずはアルヴァへ向かいます」


落ち着いた声だった。


「街道は整っており、宿場や水場もあります。三日ほどの道のりで、そこまではルミナス様の加護下にあります」


リアが静かにうなずく。


「アルヴァまでは、祈り柱も巡礼路も保たれていますね」


「ええ」


セレスは短く答えた。


「ですが、アルヴァから先は少しずつ土地の気配が変わります。まずはあそこで補給を整え、その先の情報を集めましょう」


ミラが腕を組んだ。


「交易都市なら、火の位相側から来る人もいそうね」


「その可能性はあります」


セレスは地図を畳んだ。


「まずは実際の道を確かめることです」


レイはその言葉を聞きながら、胸元の星の涙にそっと触れた。


禁書庫で感じた微かな温もりは、まだ完全には消えていない。


あの揺らぎがどこへ続いているのか――それはまだ分からない。


けれど、確かにどこかへ続いている。


「……行こう」


そのひと言で、四人は石段を下り始めた。


朝の空気は澄んでいた。


背後ではアストラリス神殿の白い尖塔が高く空へ伸び、その足元から南西へ街道がまっすぐに続いている。


白い石畳は陽光を受けて淡く輝き、道の両側にはやわらかな草地が広がっていた。


遠くでは羊を追う人影が見え、小さな集落の屋根からは細い煙が立ちのぼっている。


井戸端で水を汲む人々が四人に気づき、自然に会釈を返した。


胸元の神殿の紋が、それだけで旅の素性を伝えていた。


レイは歩きながら、胸の奥が少しずつ弾んでいくのを感じていた。


南西へ続く街道。


まだ見たことのない交易都市。


その先にあるという、火の位相の土地。


禁書庫で見たものは重かった。


分からないことも多い。


けれど、それでも――知らない場所へ向かっているというだけで、足取りは自然と軽くなる。


アルヴァはどんな町なのだろう。


火の位相から来る人たちは、どんな話を聞かせてくれるのだろう。


そう考えると、目の前に続く街道が、どこまでも先へ伸びているように見えた。


その日の昼頃、街道脇の木陰でひと息入れた。


セレスは水袋の残りを確かめ、荷の結び目をひとつずつ見ていく。その動きには相変わらず無駄がない。


「今日はこの先の宿場まで進みます」


ミラが腰を下ろしながら言った。


「思ったより歩くのね」


「アルヴァまではまだ二日ほどあります」


セレスが答える。


「ですが、街道はよく整えられています。無理のない行程です」


リアは小さく空を見上げた。


「……たしかに、まだ神殿の空気が残っています」


風は穏やかで、光もやわらかい。


そこにはまだ、ルミナスの加護の気配が確かにあった。


一日目の夜は、小さな宿場で休んだ。


石造りの簡素な建物だったが、旅人のための水場と寝床が整えられていた。


神殿に近い土地らしく、夜になっても空気にはどこか穏やかさが残っている。


食卓を囲みながら、ミラが小さく笑った。


「なんだか、旅に出たって感じがしてきた」


リアはきちんと背筋を伸ばしたまま答える。


「まだ始まったばかりです。気を緩めるのは早いです」


「そういうところ、ほんと変わらないわね」


ミラの言葉に、レイが思わず笑った。


リアが少しだけ頬を染める。


その様子を見ていたセレスが、静かに口を開いた。


「まだルミナス様の加護下ですから、大きな危険はありません」


一拍置いて、続ける。


「ですが、明日も朝は早いです」


その声はいつもどおり落ち着いていたが、どこか少しだけやわらかかった。


二日目も、旅は穏やかに続いた。


昼はよく晴れ、風はやさしく草原を渡っていく。


街道には荷車を引く商人や巡礼者の姿があり、小さな集落をいくつも通り過ぎた。


そのたびに井戸や水場があり、人々の暮らしの気配があった。


ミラは道の脇に残る古い石組みに目を止めることが多かった。


「……これ、ずいぶん古いわね」


「星刻文明の頃の街道跡かもしれません」


セレスが答える。


「今も基礎として使われています」


レイは足元の石畳を見下ろした。


自分たちは、千年も前の人々が築いた道を歩いているのかもしれない。


そう思うと、不思議な気持ちになった。


三日目になると、道を行き交う人の姿が少しずつ増えていった。


荷を積んだ荷車。


南西から戻る商人たち。


荷馬の蹄の音。


それだけで、アルヴァが近いのだと分かった。


昼を過ぎたころ、ゆるやかな丘を越えた先に町が見えた。


白い石壁。


低い屋根。


街道沿いに広がる建物の列。


遠目にはシルヴィと大きく変わらない。


けれど、その向こうにはもっと多くの人の流れがあった。


「……あれがアルヴァか」


レイが小さくつぶやく。


セレスがうなずいた。


「はい。交易都市アルヴァです」


町へ近づくにつれ、空気は少しずつ賑やかさを帯びていった。


荷車の軋む音。


人々の呼び声。


荷を運ぶ足音。


どこかで焼かれるパンの匂い。


まだルミナスの加護の穏やかさは残っている。


だがそこには、神殿の町よりも多くの人の気配があった。


門の近くには神殿騎士の姿も見える。


そのうちのひとりが、セレスの胸元にある紋章に気づいた。


神官長直属を示す紋。


それを認めた瞬間、騎士はすぐに背筋を伸ばした。


「アストラリス神殿よりお越しですか」


セレスが静かにうなずく。


「短期滞在です。補給と街道確認のため、しばらくアルヴァに入ります」


「はっ。アルヴァ駐留隊、異常ありません」


その声には、はっきりとした敬意があった。


レイはそこであらためて、セレスが神殿の中でも特別な立場にいるのだと実感した。


いつもは落ち着いた同行者として隣にいる。


けれど彼女は、神官長直属の護衛なのだ。


セレスが軽く会釈を返し、門の内側へ歩き出す。


レイたちもそれに続いた。


白い石壁の門をくぐると、外から聞こえていた人々の声が少しだけ近くなる。


神殿とは違う空気が、そこにはあった。


レイは小さく息を吸った。


新しい町に辿り着いたのだと、そのときようやく実感した。


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