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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第6章 光の禁書庫
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禁書庫の封印

禁書庫の封印


アストラリス神殿の奥へ進むほど、空気は少しずつ変わっていった。


外ではまだ夕光が石壁を淡く照らしていたが、回廊の奥へ入るにつれて、その気配は遠のいていく。


足音だけが、静かな石の通路にかすかに響いた。


先頭を歩くのはセレスだった。


背筋をまっすぐに伸ばし、一定の歩幅で迷いなく進んでいく。その横顔に大きな揺れはない。ただ、神殿護衛隊として先を行くその姿には、普段の会話では見えなかった静かな緊張が宿っていた。


レイはその背を見ながら歩く。


隣にはリア。


少し後ろにはミラ。


誰も大きな声では話さず、ただ静かに足を進めていた。


神殿の中心から離れるにつれ、道は次第に人の気配を失っていく。白い石壁は古く、ところどころに星を模した紋が刻まれていた。


手を触れれば、長い年月を眠ってきた冷たさが伝わってきそうだった。


やがて通路は細くなり、最後には下り階段へと変わった。


地下へ向かう。


一段降りるごとに、空気が少しずつ重くなる。


それは圧迫ではなかった。


ただ、この先にあるものが長く閉ざされてきた場所なのだと、言葉より先に身体が知るような感覚だった。


ミラが小さく息を吐いた。


「……こんな場所があったなんて」


セレスは振り返らずに答えた。


「場所と、封印を解くための手順だけは、神官長から伝えられています。中については、私も知りません」


リアが静かに目を伏せる。


「私も、祈りの結び方だけは教わってきました」


その声には、かすかな緊張があった。


「ただ……実際に行うのは、初めてです」


セレスは短く頷いた。


「神官長は、神殿護衛隊の封印術だけでは不十分だと言っていました」


「祈りによる結界術が重ならなければ、扉は応じないそうです」


それ以上は誰も言わなかった。


さらに下ると、階段の先に大きな扉が現れた。


それは、神殿の奥にある他の扉とは明らかに違っていた。


白い石で造られているはずなのに、表面には淡い金の光が幾重にも走っている。星を象った紋と、古い祈りの文様が複雑に重なり、中央には大きな封印の印が刻まれていた。


扉そのものが、長い年月にわたって祈りを受け止めてきたようだった。


セレスが足を止めた。


すぐには言葉を発しない。


扉の前に片膝をつき、刻まれた紋を目で追う。右手の指先で、中央の封印の印に触れないぎりぎりの位置をなぞった。


淡い金の光が、ほんのわずかに揺れる。


セレスはしばらく扉を確かめていた。


やがて、静かに立ち上がる。


「……この扉ですね」


その声は低く、慎重だった。


「この先が、禁書庫の領域になります」


地下の空気が、さらに張りつめた。


セレスは一度、レイとミラへ視線を向ける。


「では、封印解錠に入ります。お下がりください」


レイは頷き、ミラとともに数歩後ろへ下がった。


リアだけが、セレスの隣に残る。


セレスは短く息を吸った。


そして、ゆっくりと吐く。


もう一度、深く息を整えた。


その横顔から迷いは見えない。


けれど、これが軽い任務ではないことは、彼女の肩に宿る静かな力で分かった。


「神官長から教わった通りなら、私の封印解錠術だけでは開きません」


セレスの視線が、リアへ向く。


リアは小さく頷いた。


「はい。祈りを重ねていきます」


リアもまた、胸元で両手を重ね、静かに息を整えた。


緊張はあった。


けれど、迷いはなかった。


セレスは扉の中央に右手を置く。


リアはその少し横に立ち、胸の前で両手を重ねた。


しばらく、何も起きなかった。


ただ、地下の静けさの中に、二人の呼吸だけが重なる。


やがてセレスが、扉から右手を離した。


その指先が、空中にゆっくりと線を描く。


縦に一本。


横に一本。


それから、星を囲むような小さな円。


指先の軌跡に淡い光が残り、空中に古い印が浮かび上がった。


セレスはその印を見据え、短く息を吐く。


次の瞬間、開いた右手で、空中の印をつかむように指を閉じた。


淡い光が、掌の中で一度だけ脈打つ。


「封印の理を示す。閉ざされし門よ、許された願いに応じて道を開け」


その声は低く、揺るがなかった。


続いて、リアの唇がかすかに動いた。


胸の前で重ねていた両手が、ゆっくりと形を変える。


指先が静かに組まれ、星を抱くような印を結んだ。


「星を巡る光よ」


その声は、話し声というより、祈りに近かった。


「眠れる扉を照らし、閉ざされし結界を前に、清き道を示したまえ」


リアの指先のあいだから、淡い光がこぼれる。


その光はセレスの掌に宿る印へと静かに伸びていった。


リアの声が、さらに静かに続いた。


「ルミナス様の御名のもと、清き祈りをここに捧げます」


その祈りに、セレスの低い声が重なる。


「光は道を示し、祈りは境を越え、閉ざされし門は選ばれし者に開かれん」


二人の声が、地下の静けさの中でひとつになった。


その言葉に合わせるように、扉の文様がひとつずつ光を帯びていく。


金の線が星の形を描き、そこから細い光が何本も伸びた。


それらはセレスの手元へ集まり、次にリアの胸元へと流れていく。


リアの髪が、淡い光に揺れた。


レイは息を呑んだ。


これは、力任せに扉を開いているのではない。


神殿が積み重ねてきた祈りに、二人がそっと触れているのだ。


やがて扉の奥から、低い音が響いた。


石が動く音ではない。


もっと深い場所で、長く閉じられていた何かが目を覚ますような音だった。


封印の印がゆっくりとほどけていく。


光の線が、糸を解くように左右へ分かれた。


セレスが静かに息を吐く。


リアも目を開けた。


その瞳には、まだ祈りの余韻が残っていた。


扉が、音もなく開いていく。


その向こうにあったのは、通路ではなかった。


階段でもない。


視界が、一気に開けた。


そこは地下とは思えないほど広い空間だった。


天井は高く、どこまで続いているのか分からない。石壁も柱も、淡い光に包まれて輪郭をやわらかく失っている。


光は燭台のものではなかった。


外の陽光でもない。


空間そのものが、静かに白く発光しているようだった。


その大空間の中央に、ひとつだけ異物のように浮かぶものがあった。


扉だった。


壁も枠もない。


ただ、扉だけが宙に立っている。


白銀にも見える灰色の石でできた扉。


表面いっぱいに星と幾何紋が絡み合い、中央には淡く光る紋が浮かんでいる。


長い時間、誰にも触れられてこなかったというより、そこだけが時間から切り離されているように見えた。


ミラが小さく息を漏らす。


「……なに、これ」


リアも言葉を失っていた。


神殿の封印を越えた先に、さらに扉がある。


しかもそれは、神殿の造りとはまるで違うものだった。


セレスが一歩前へ出る。


だが、今度は手を触れなかった。


「ここから先は、神殿の封印ではありません」


その声は、さきほどよりもさらに静かだった。


「おそらく、これが禁書庫へ至る扉でしょう」


その言葉に、レイは改めて宙に浮かぶ扉を見上げた。


壁も、枠もない。


ただ扉だけが、空間の中央に静かに立っている。


「……これが、禁書庫の扉なのか」


思わず、声が漏れた。


大きな声ではない。


けれど、その響きには隠しきれない高揚があった。


未知の遺跡を前にしたような感覚。


まだ誰も知らない場所の入口に立っているような、胸の奥が静かに熱を帯びる感覚。


レイはそれを抑えるように、一度だけ息を整えた。


浮かれる場所ではない。


それは分かっている。


だが、それでも――この先を見てみたいという思いは、消えなかった。


レイは胸元に手を当てた。


星の涙の欠片が、ごく微かに震えている。


鼓動に合わせるように、青い光が一度だけ脈打った。


その光に応えるように、浮かぶ扉の中央にある幾何紋が淡く瞬く。


まるで、こちらに気づいたかのように。


レイの胸の奥で、別の光が静かに目を覚ました。


光承の儀の中で、ルミナスから授かったもの。


加護とは違う。


祈りとも違う。


あのとき、掌の奥に残された――鍵のような光。


レイは無意識に右手を持ち上げていた。


指先から、細い光がこぼれる。


それは炎のように揺らぐものではなく、糸のようにまっすぐ伸び、空中でゆっくりと形を結んでいった。


光の線が交差する。


星を象る小さな輪。


その中心を貫く、細い芯。


やがてそれは、古い鍵にも、光の枝にも見える形になった。


リアが息を呑む。


「……レイ」


ミラも言葉を失っていた。


セレスは半歩前に出かけて、すぐに足を止める。


今ここで触れてはいけないものだと、誰もが感じていた。


レイ自身にも、それが自分の力だけではないと分かった。


胸元の星の涙。


光承の儀で授かった鍵。


そして、扉の向こうからこちらを見ている何か。


その三つが、ひとつの線で結ばれていく。


光の鍵が、ゆっくりと宙を進んだ。


レイが押したわけではない。


けれど、それは確かにレイの意志に応えていた。


扉の中央にある幾何紋へ、光の鍵が触れる。


音はなかった。


ただ、空間全体が一瞬だけ白く明るくなった。


幾何紋が、内側からほどけていく。


星を象っていた線がひとつずつ開き、その奥に隠されていたさらに細い光の道が浮かび上がる。


それは鍵穴というより、光が通るための細い裂け目だった。


レイのペンダントが、もう一度強く光る。


青い光が胸元から広がり、右手の光と重なった。


青と白。


欠片の光と、ルミナスの光。


二つの光が混ざり合った瞬間、扉の表面に刻まれていた星と幾何紋が一斉に輝いた。


浮かぶ扉が、静かに震える。


長い眠りから覚めるように。


そして――。


扉は、触れられる前から開き始めた。


ごくゆっくりと。


左右へ。


開いた隙間から流れ出したのは、闇ではなかった。


淡い光。


まるで、夜明け前の星明かりをそのまま閉じ込めていたような、静かで深い光だった。


レイは息を止めていた。


胸の奥に、かすかな鼓動を感じる。


恐怖ではない。


それに近い緊張はある。


けれど、それ以上に――確かめたいという思いがあった。


光の鍵は、役目を終えたようにゆっくりとほどけ、細かな粒子になってレイの右手へ戻っていく。


胸元の星の涙にも、わずかな温もりが残った。


レイは、開いた扉の向こうを見つめた。


そこに何があるのかは分からない。


けれど、ここで足を止める理由はなかった。


「行こう」


短く告げた、その瞬間――。


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