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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第5.5章 静かに動き始めるもの
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光の届かぬ場所で

同じ夜。


シルヴィの町外れに、使われなくなった古い倉庫があった。


表の通りからは外れ、巡礼者の明かりも、神殿の祈りの声も、ここまではほとんど届かない。


閉ざされた扉の隙間には、長い年月で積もった埃が白くこびりついている。


誰も近づかない場所だった。


だが、その地下には、かすかな闇の気配が満ちていた。


倉庫の床板の一部が外され、その下には石造りの階段が続いている。


湿った空気。


古い木材の匂い。


壁に灯された小さな黒い炎が、音もなく揺れていた。


その奥に、黒い布で覆われた石台がある。


石台の上には、掌ほどの黒い結晶が置かれていた。


星刻文明の遺物に似ている。


闇のエーテルを媒介に、何者かが形を与えた術具だった。


夜に濃くなり、暗がりに沈み、人の胸に滲む負の感情にも寄り添う。


その気配が、この地下ではひどく濃かった。


結晶の内側で、黒い光がかすかに脈打つ。


その前に、ひとりの男が立っていた。


黒いローブをまとい、深く下ろしたフードで顔の半分を隠している。


フードの奥から、短く整えられた黒鳶の髪がわずかに覗いていた。


腰には剣を帯びている。


レオンだった。


彼は石台の前に片膝をつき、黒い結晶へ視線を落とした。


「神殿が動いた」


低い声が、地下に落ちる。


結晶の奥で、闇がわずかに揺れた。


そこから声は返らない。


ただ、聞いている気配だけがあった。


レオンは顔を上げないまま、静かに続けた。


「本日、光承の儀が行われた。星の涙の祭壇を閉じ、神官長タニヤ自らが結界を張っている」


「対象は、ノースライトから戻った少年、レイ」


その名を口にしても、レオンの声は揺れなかった。


「儀の直後、神殿内のエーテルが揺れた。外から見れば小さな乱れにすぎない。だが、祭壇周辺の流れは明らかに変わっている」


そこで一度、言葉を切る。


「光の星の涙が反応した可能性が高い」


短い沈黙が落ちた。


地下の空気が、ほんのわずかに重くなる。


黒い炎が、壁際で細く揺れた。


「儀の後、タニヤは上位神官のみを集めた。会議の内容までは掴めていない」


「ただ、護衛隊が動いている。レイたちに、神殿護衛隊の一人が付くようだ」


レオンは淡々と報告を重ねる。


「不用意に近づけば、神殿に気取られる」


結晶の奥で、闇が静かに沈んだ。


それだけだった。


声はない。


レオンは続けた。


「さらに、神殿内部で禁書庫の名が動いた」


その言葉に、黒い結晶の奥が深く濁った。


何かが目を開いたように、冷たい気配が広がる。


だが、声は返らない。


「神殿は、光の禁書庫がレイに応じるかを確かめるつもりだ」


「そのために、リア、ミラ、そして神殿護衛隊の一人を同行させる形になる」


黒い炎が、壁際で細く伸びた。


「ミラは、ノースライトの遺構にいた娘だ。遺跡慣れしている。神殿の者が見落とすものに気づく可能性がある」


結晶の奥で、闇がゆっくりと巡る。


レオンの声に感情はなかった。


ただ、事実だけを並べている。


そこに苛立ちも、焦りもない。


「少年は未熟だ」


レオンは短く告げた。


「ただし、光の流れはすでに変わり始めている。あの者の持つ石を中心に、周囲のエーテルが整う瞬間がある」


黒い結晶が、低く鳴った。


音ではない。


空気の奥が震えるような感覚だった。


「手は届く」


レオンは淡々と言った。


「だが、今動けば神殿が強く警戒する。タニヤも、護衛隊も、こちらの動きを想定しているだろう」


報告はそこで途切れた。


地下に、深い沈黙が落ちる。


黒い炎が揺れる。


結晶の奥で、闇が静かに巡る。


やがて、遠く深い声が落ちた。


『未熟な光を折っても、得られるものは少ない』


その一言だけで、地下の空気がさらに重くなった。


レオンは黙って頭を垂れる。


声は、さらに低く続いた。


『今はまだ観測を優先する』


「承知した」


レオンは静かに答えた。


黒い結晶の輝きが、ゆっくりと弱まっていく。


声の気配が、闇の奥へ沈んでいった。


地下に残ったのは、黒い炎の揺らぎだけだった。


レオンはしばらくその場に膝をついたまま、動かなかった。


やがて立ち上がり、黒い布を結晶へとかぶせる。


闇の気配が薄れる。


階段の上には、夜のシルヴィがある。


白い神殿。


静かな祈り。


月明かりに照らされた石畳。


そのどれもが、ここからは遠かった。


レオンは階段へ向かう。


足音は、ほとんど響かなかった。


◆


光の禁書庫が、本当に開くのか。


その扉の向こうで、少年は何を見るのか。


まだ誰にも分からない。


ただ、一つだけ確かなことがあった。


影もまた、静かに動き始めていた。


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