↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第5.5章 静かに動き始めるもの
33/60

静かな朝の知らせ

儀式の疲労は、思っていた以上に深く残っていた。


レイが目を覚ましたとき、神殿の客間は静まり返っていた。


窓の外は薄く白み、石造りの部屋には雲にやわらげられた明るさが広がっている。


木の机には、水差しと小さな杯。


壁際には剣と旅の荷が置かれていた。


レイはゆっくりと身を起こした。


身体が重い。


頭の奥が鈍く痛む。


ずきずきと激しいわけではないが、意識するたびに重たい圧迫感が広がり、頭の芯にまだ熱が残っているようだった。


昨日、星の涙の祭壇で見た光景は、まだ胸の奥に沈んでいる。


母の声。


黒い影。


そして、その影を止めようとしていたリアの姿。


あれを、ただの夢だったとは思えない。


見たことも感じたことも、すべて神官長タニヤには話した。


けれど、リアにはまだ言えない。


今伝えれば、彼女はきっと意味を探してしまう。


自分が何をしなければならないのか。


何を背負うべきなのか。


そう考えてしまう。


そのとき、扉が軽く叩かれた。


「レイ、起きていますか?」


聞こえてきたのは、リアの声だった。


「起きてる」


レイが答えると、扉が静かに開いた。


リアが部屋へ入ってくる。


白と青の巫女服の裾が、窓辺の淡い明るさを受けてやわらかく揺れた。


その後ろから、ミラが顔を覗かせる。


いつもの軽やかな足取りで部屋に入り、レイを見ると小さく手を振った。


「おはようございます、レイ」


リアはそう言って、すぐにレイの顔を見た。


その目が、わずかに曇る。


「……顔色、まだよくありませんね」


「昨日よりはましだよ」


レイがそう答えると、リアは小さく首を振った。


「そう見せようとしているのは分かります。でも、まだ無理をしています」


「……うん。そうだね……」


ミラが机のそばまで歩いてきて、椅子の背に手を置く。


「それで……昨日の儀式はどうだったの?」


問いかけてから、ミラはすぐにレイの顔を見た。


「あ、まあ無理に答えなくてもいいよ」


レイは少しだけ迷った。


何を見たのか。


どこまで話していいのか。


そこを考えただけで、胸の奥が少し重くなる。


ミラはその反応を見て、肩をすくめた。


「気になるけどね。めちゃくちゃ気になるけど」


そう言って、少しだけ笑う。


「でも、まだつらそうだし、その顔で全部話せって言うほど、私も空気読めないわけじゃないし」


その言葉に、レイは少しだけ息を抜いた。


「助かる」


リアも、レイを急かすことはしなかった。


ただ静かに、続きを待っている。


レイは二人を見て、ゆっくりと言った。


「そうだな……何から話そうかな。……ルミナスは、俺を拒まなかった」


その言葉に、部屋の空気が静かに変わった。


リアが胸元で手を重ねる。


「ルミナス様が……」


「タニヤさんは、そう言ってた。ルミナスは応えたって。でも、それが何を意味するのかは、軽く決めていいことじゃないって」


ミラが、慎重に問いかける。


「光の使徒とか、そういう話?」


レイは少しだけ頷いた。


「たぶん、そういう話だと思う。でも、今はまだ外に出すことじゃないらしい」


「外に出すことじゃない……」


ミラが小さく繰り返す。


レイがさらに答えようとした、その時だった。


扉の外に、静かな足音が止まった。


三人が振り向く。


すぐに、落ち着いた声が聞こえた。


「失礼します」


扉が開き、ひとりの女性が入ってきた。


白銀の護衛装束。


長い銀灰の髪を後ろで束ね、腰には細身の剣を帯びている。


背筋はまっすぐで、部屋へ入る動きにも無駄がなかった。


セレスだった。


彼女は三人に一礼し、最後にレイへ視線を向ける。


「神殿護衛隊所属、セレスです」


短く、よく通る声だった。


「神官長タニヤ様より、レイ殿の護衛役として命を受けました」


一拍置いて、セレスは続ける。


「本日より、皆様に同行いたします」


レイは少しだけ驚き、セレスを見返した。


「俺の護衛、ですか」


「はい」


セレスは静かに頷いた。


ミラが少しだけ首を傾げる。


「同行って、何に?」


セレスは静かに答えた。


「光の禁書庫が、レイ殿に応じるかを確かめるためです」


その瞬間、ミラの表情がはっきりと変わった。


「え……?」


軽かった声が、そこで止まる。


「ちょっと待って。光の禁書庫って、あの禁書庫?」


ミラは思わず一歩、身を乗り出した。


「千年、誰も入ったことがないって言われてる場所だよね?」


リアも息を呑んだ。


「はい。神殿に仕える者でも、近づくことすら許されない場所です」


ミラの目が、驚きと興奮の間で揺れる。


「そんな場所に……行けるの?」


その声には、抑えきれない好奇心がにじんでいた。


セレスは静かに頷いた。


「正確には、光の禁書庫がレイ殿に応じるかを確かめます。扉が開くかどうかは、まだ分かりません」


ミラはレイを見る。


「でも、可能性はあるってことだよね」


レイは小さく頷いた。


「そういうことだな」


リアは胸元で手を重ねたまま、静かにその言葉を受け止めていた。


部屋の空気が、先ほどよりも引き締まった。


セレスは改めて言葉を継ぐ。


「昨夜の円卓会議にて決まりました。神殿は、レイ殿を光の使徒として認めています」


部屋の空気が、静かに張り詰める。


セレスは続けた。


「ただし、その事実は秘匿されます。外へは、光承の儀を受けた特別保護対象として扱う方針です」


リアは、ゆっくりとレイを見た。


「レイが……光の使徒として……」


レイは静かに頷いた。


光の使徒。


その名が何を意味するのか、まだすべてを分かっているわけではない。


けれど、光の禁書庫が自分に応じるかもしれないのなら、確かめたい。


「分かった。行こう」


セレスは続ける。


「同行者は、レイ殿、リア殿、ミラ殿。そして護衛として私です」


「私も……ですか」


リアは驚いたように目を瞬かせた。


「はい。巫女としての補佐が必要と判断されています」


リアは一度目を伏せ、静かに息を整えた。


「分かりました」


その声には緊張があった。


けれど、それ以上に、役目を受け止めようとする強さがあった。


「光の禁書庫がレイに応じるのなら……私にできることがあるなら、巫女として力になりたいです」


セレスは小さく頷いた。


「そのための同行でもあります」


リアは静かに頷いた。


「はい。巫女として、お役目を果たします」


ミラは腕を組んで、小さく息を吐いた。


「そっか。私も行けるんだ」


その声には、安堵と緊張が混じっていた。


「正直、置いていかれたらどうしようかと思ってた」


セレスはミラへ視線を向ける。


「ミラ殿には、星刻文明の記号や構造を読み取る素地があると判断されています」


ミラは、ほんの少しだけ口元を上げた。


「なるほど。ちゃんと役に立てってことね」


「頼りにしてる」


レイが言うと、ミラは頷いた。


「いいよ。望むところ」


いつもの軽さはある。


けれど、その奥には確かな熱があった。


ミラにとっても、星刻文明や星の涙を模したものは他人事ではない。


影の動き。


ノースライトで見た遺構。


消えた師の行方。


それらが、彼女をここまで連れてきている。


ミラはレイを見て、少しだけ声を柔らかくした。


「そのうち、落ち着いたら聞かせてよ。星の涙の祭壇で何が起きたのか。ルミナスがどう反応したのか」


レイは頷いた。


「うん。俺も、ちゃんと整理しておきたい」


リアはレイのそばに立ったまま、静かに言った。


「タニヤ様から、今日は休むようにと伝えられています」


「今日一日?」


「はい。少なくとも、今日は無理をしないように、と」


ミラが笑う。


「神官長命令だね」


「それは逆らえないな」


レイがそう言うと、リアも少しだけ微笑んだ。


張りつめていた空気が、ほんの少しほどける。


セレスは扉の近くで、静かに頷いた。


「私からも同じ判断です。レイ殿は、今日は休まれるべきです」


その声音は淡々としていたが、そこに冷たさはなかった。


「分かりました。今日は大人しくしています」


レイがそう答えると、ミラが少しだけ口元を緩めた。


「珍しく素直だね」


「神官長命令だからな」


そのやり取りに、リアが小さく笑う。


レイも、つられて少しだけ笑った。


儀式の後、胸の奥に残っていた重さが消えたわけではない。


母のこと。


黒い影のこと。


リアの未来のこと。


禁書庫のこと。


どれも、簡単に片づくものではなかった。


それでも、こうして誰かが部屋に来て、当たり前のように言葉を交わしてくれる。


そのことが、今は不思議なほどありがたかった。


ミラは椅子に腰を下ろし、机の上の水差しを見た。


「なら、私はここで少し話しててもいい?」


「ああ。いいよ」


「ちょっと雑談でもしよ」


「その言い方だと、絶対何か聞く気だろ」


「少しくらいはね」


ミラはそう言って肩をすくめた。


レイが苦笑すると、ミラは悪びれずに笑った。


セレスは扉の近くに立ち、静かに部屋の様子を見ている。


警戒しているというより、全体の流れを測っているようだった。


リアは窓辺へ歩き、白く曇った外を見つめる。


「今日は、神殿がいつもより静かに感じますね」


その声に、レイも窓の外を見た。


中庭には、朝の祈りを終えた神官たちの姿がまばらに見える。


水盤の縁に落ちた小さな葉が、ゆっくりと水面を滑っていた。


その動きだけが、静かな時間の中でかすかに揺れている。


穏やかな朝だった。


けれど、その穏やかさの下で、何かが動き始めている。


レイはそれを、もう知っている。


それでも今は、少しだけこの時間に身を寄せていたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。