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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第5章 光承の儀
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光承の儀

祭壇の光が、レイの視界を満たしていく。


水晶球から伸びた青白い光が胸元のペンダントに触れた瞬間、服の下で石が小さく脈打った。


神官たちの祈りの声が遠のいていく。タニヤの姿も、白い柱も、床の星形の紋様も、少しずつ光の中へ溶けていった。


「……ここは……」


声を出したつもりだった。けれど、その声が自分の耳に届いたのか、光に呑まれたのか分からない。


目の前に、一本の光が伸びていた。道のように、誰かが手を差し伸べるように。


レイは導かれるまま歩き出す。足元で光の粒が小さく弾け、まぶしかった光が一歩ごとにほどけていった。


やがて、夕暮れの色が見えた。


そこは、見覚えのある部屋だった。


カーテンの隙間から橙色の光が差し込み、机の上には読みかけの本が置かれている。壁には少し色あせたポスターが貼られ、窓の外からは遠く車の走る音が聞こえた。


空気の匂いまで覚えている。


「……帰ってきた、のか……?」


呟いた声が、やけに小さく響いた。


その時だった。


「悠真、開けるわよ」


ドアが開く。そこに、母がいた。


「母さん……」


姿を見た瞬間、胸の奥に張っていたものが崩れ、震えた声と一緒に涙がこぼれた。


母は驚いたように目を見開き、すぐに歩み寄ってくる。


「どうしたの? そんなに泣いて」


柔らかな腕が、レイを抱きしめる。


「怖い夢でも見た?」


違う。夢じゃない。


でも、何から話せばいいのか分からなかった。


エテルナのこと。ガレンのこと。ベルデ村のこと。リアのこと。ミラのこと。星の涙のこと。


どれも本当なのに、言葉にした途端、遠くへ行ってしまいそうだった。


だから、レイは一言だけ絞り出した。


「……会いたかった……」


母はそれ以上何も聞かず、ただ背中をゆっくり撫でてくれた。その温もりが、あまりにも確かだった。


「頑張ってるのね」


母の声が、夕暮れの部屋に落ちる。


「悠真は、ちゃんと前に進んでる」


レイは言葉にならず、ただ頷いた。


母の手が首元に触れる。服の下から覗いたペンダントを見て、母は少しだけ目を細めた。


「……大事にしてくれてるのね」


「うん」


「絶対に無くしちゃだめよ」


母は、祈るように言った。


「きっと、守ってくれるから」


胸元がほんのり温かくなり、青い光が夕暮れの部屋に小さく揺れた。


「うん……絶対に」


母は少しだけ寂しそうに笑った。


その笑顔を見た瞬間、レイは違和感に気づく。窓の外の夕暮れが少しずつ色を失い、橙色の光が薄くほどけていった。母の輪郭も、わずかに揺らいでいる。


「母さん……?」


レイが手を伸ばす。


母もその手に触れようとして――けれど、届く前に静かに言った。


「戻ったら……ごめんって伝えて……」


声が、遠くへ流れていく。


「誰に……?」


答えは返らなかった。


部屋の壁が歪み、机も本もカーテンも、夕暮れの光の中で形を失っていく。


「母さん!」


伸ばした手は届かない。母の姿が、光の向こうへ消えていく。


最後に残ったのは、抱きしめてくれた温もりだけだった。


そして、それさえも、すぐに白い光にさらわれた。


次に目を開けたとき、そこは夜のように暗かった。


砕けた柱の間に弱い光が残っている。割れた床には細い溝のようなものがいくつも走り、その奥をかすかな蒼い光が流れていた。


神殿ではない。


そう思った。


けれど、ただの建物でもなかった。


白い石壁は崩れ、壁の奥に埋め込まれた導管のようなものが剥き出しになっている。天井の裂け目から覗く黒い空の下、冷たい風が吹き、その奥に誰かの泣き声のような音が混じっていた。


レイは剣を握っていた。いつの間にか手の中にあったそれは重く、身体のあちこちが痛む。


それでも、目の前から視線を逸らせなかった。


崩れた装置の向こうに、黒い影が立っている。


人の形をしている。だが、人ではない。


周囲の光を吸い込み、空間そのものを歪ませるような影。その奥から、こちらを見ている気配があった。


喉が詰まる。


影が揺れ、笑ったように見えた。


次の瞬間、闇が波のように押し寄せる。


「――まだだ……!」


レイは剣を構え、踏み込んだ。刃に光が宿る。


だが、その光は闇に触れた途端、削られるように弱まった。


重い。押し返される。


足元の石床が砕け、膝が沈む。それでも退かなかった。


退けば、何かが終わる。そう分かっていた。


「レイ!」


声がした。


振り向く。


リアがいた。


白い衣は傷つき、髪飾りの光も弱くなっている。それでも、その瞳だけはまっすぐだった。


「来ちゃだめだ!」


レイは叫んだ。


けれど、リアは首を横に振った。


「……ごめんなさい」


胸の前で両手が重なる。足元にルミナスの花に似た光が広がった。


だが、それはいつもの穏やかな光ではなかった。


リア自身を削りながら広がっているような光だった。


「やめろ、リア!」


レイは走った。黒い影が、リアへ向かって手を伸ばす。


届くはずだった。あと少しだった。


けれど、足元の空間が裂け、黒い風が吹き上がる。レイの身体は押し戻された。


「リア!」


リアの唇が動いた。何を言ったのかは聞こえない。


ただ、その目がレイを見ていた。まるで、覚えていてほしいと願うように。


光が弾けた。


闇が押し返され、崩れた広間に白い花びらのような光が舞い上がる。


その光の中で、何かが消えていく。


名前。声。笑顔。手の温もり。


大切なものが、指の間からこぼれ落ちていく。


「いやだ……!」


レイは手を伸ばす。


届かない。そこにいるはずなのに。


光がすべてを呑み込む。最後に、誰かの声が聞こえた気がした。


――また、見つけて。


それが本当にリアの声だったのか、レイには分からなかった。


次の瞬間、世界は白く砕けた。


再び、光の中にいた。


今度の光は、まぶしくなかった。


空も、床も、壁もない。ただ、柔らかな光だけがどこまでも満ちている。


レイは立っているのか、浮かんでいるのかも分からなかった。けれど、目は閉じなかった。


母の温もり。届かなかった手。崩れた広間。消えていく誰かの記憶。


どれも、胸の奥に残っている。


光の奥に、意志があった。


声ではない。言葉でもない。けれど、レイの心に静かに触れてくる。


――見たか。


過去を。


未来を。


レイは息を吐く。


「見た」


声は小さかった。けれど、光の中で確かに響いた。


知らなければ、選ばずに済んだかもしれない。


けれど、もう見た。


母の言葉も、黒い影も、リアが立っていた未来も。


レイは顔を上げた。


「知りたい」


光が、わずかに揺れる。


「怖くても、分からなくても。見たものから、目をそらしたくない」


白い光が、静かに巡る。


「知った上で、選びたい」


言葉にした瞬間、胸の奥が静かになった。


迷いが消えたわけではない。けれど、胸元の石から細い光が身体の奥へ通っていく。


力を押しつけられたのではない。乱れていたものが、あるべき流れへ戻っていくような感覚だった。


ただ、進む向きだけは決まった。


光がレイの周りをゆっくり巡り、白い花びらのような輝きが、ひとつ、またひとつと舞い上がる。


やがて、その光が胸元のペンダントへ集まっていった。


――その意志を、認める。


それは宣告ではなかった。命令でもない。ただ、事実だけを告げるような響きだった。


そして、光はもう一度、レイの心に触れた。


――君が来るのを、待っていた。


どこか懐かしい響きだった。


遠い昔から、この場所に灯り続けていた光が、ようやくレイを見つけたように。


「……待っていた?」


問い返しても、答えはなかった。ただ、光がそっと揺れた。


胸元のペンダントが、強く光る。


光は石の奥へ沈み、そこに細い線を残した。


花弁のようで、鍵の輪郭のようでもある。けれど、形ある鍵ではない。手に取れるものでもない。


ただ、どこかへ続く道の気配だけがあった。


「……これは……」


言葉にはならなかった。


けれどレイには、その光が未知の場所へ続く道を示しているのだと分かった。


この光は、自分を待っていた。


光の精霊ルミナスが、そこにいる。


姿は見えない。けれど、その光は確かにレイを見ていた。


否定ではなく、命令でもなく、ただ、選び取った意志を受け止めるように。


胸元のペンダントから光が広がり、レイの身体を包み込んだ。


気づけば、星の涙の祭壇の前に立っていた。


水晶球の光は静まり、青とも金ともつかない淡い輝きだけが残っている。床の星形の紋様もゆっくりと光を失い、奥に浮かぶ光の星の涙は、変わらず静かだった。


けれど、レイの周囲だけは違っていた。


胸元のペンダントから淡い光が広がり、ゆっくりと巡っている。


揺らぎではない。漏れ出した光でもない。


まるで、乱れていた水が流れを取り戻すように、レイの周りでひとつの循環を描いていた。


控えていた神官のうち、幾人かが小さく息を呑む。見えている者と、見えていない者がいた。


けれど、タニヤには見えていた。はっきりと。その光の巡りが何を意味するのかも。


タニヤが一歩前へ出る。


その目には、儀式の前とは違う光があった。驚き。警戒。そして、静かな確信。


「……光承の儀は終わりだ」


低い声が、祭壇に落ちる。


タニヤの視線は、レイの胸元にあった。ペンダントの青い石の奥には、まだ細い標の光が残っている。


「ルミナス様は、汝に応えた」


その言葉に、周囲の神官たちが息を呑む。


祭壇の奥で、光の星の涙がかすかに揺れた。


「だが、それが何を意味するのかは、軽々に定めるものではない」


タニヤは周囲の神官たちを見た。


「この反応は、神殿として慎重に扱う」


レイは静かに息を吐いた。


ルミナスが応えた。その意味を、まだすべて理解できるわけではない。


けれど、分かることがある。


この世界は、もう遠い夢ではない。


ガレンと過ごした日々も、ベルデ村の朝も、シルヴィの光も、リアがくれたルミナスの花も、ミラと見たノースライトの雪も、母の言葉も。


全部、本物だ。


だからこそ――


「……大丈夫だ」


小さく呟いた。


誰かに聞かせるためではない。自分に言い聞かせるような声だった。


何を見たのか、すべてを整理できたわけではない。


それでも、足は動く。


進むしかない。


いや。


進むと、決めた。


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