↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第4章 光の書架と神殿の影
25/60

白き広場の影

図書館を出ると、三人は本殿へ続く石段へ向かった。


石段の両脇には、淡い金の花が並んでいた。

昼の風に触れるたび、花弁が小さく揺れ、白い石の上にやわらかな光を落としている。


やがて三人は、神殿前の広場へ出た。


白い石で敷かれた広場の中央には、浅い水盤がある。


澄んだ水面に昼の光が揺れ、広場を囲むルミナスの花が、風に合わせて淡く揺れていた。


レイは足を止めた。


静かな場所だった。


けれど、その静けさの奥に、何か潜んでいるような気がした。


「レイ?」


少し先で、リアが振り向いた。


白い衣の裾が風に揺れ、銀の髪飾りが昼の光を返している。


「大丈夫」


レイは短く答えた。


リアは何か言いかけたが、すぐには聞かなかった。

代わりに、小さく頷く。


「こちらです」


「うん」


レイは頷き、ミラと並んで歩き出した。


広場の周囲には、神殿護衛隊が整然と配置されていた。

白と銀を基調にした装備が光を返し、槍の穂先が石床に細い影を落としている。


本来なら、安心する光景のはずだった。


けれど、レイの視線がふと止まる。


数人の護衛。

ほんの一瞬だけ、目が合った。


次の瞬間、彼らは何事もなかったように視線を逸らした。


ただ、それだけ。


けれど、胸の奥に小さな冷たさが走った。


気のせいだと思おうとした。


けれど、脳裏の奥で、細い警鐘のようなものが鳴っている。


レイの手が、無意識に腰の剣へ伸びかけた。


だが、柄に触れる前に止める。


ここは神殿前だ。

まだ、何も起きていない。


それでも、身体は警戒を解かなかった。


「……レイ?」


今度はミラが、低い声で呼んだ。


いつもの軽い笑みは消えている。


「今、見られてた?」


「たぶん」


「そっか」


ミラはそれだけ言うと、わずかに視線を細めた。

いつもの軽い笑みは、まだ戻っていない。


リアは二人のやり取りを聞き、表情をわずかに曇らせた。


「……急ぎましょう」


その声が広場の静けさに落ちた、そのときだった。


石床の上に、重い金属音が響いた。


一歩。

また一歩。


甲冑の音にしては、妙に重い。


広場を渡る風が、ふっと止まったように感じた。


レイは顔を上げた。


神殿の石段の脇から、一人の騎士が現れる。


他の護衛たちとは、空気が違った。

背は高く、銀の甲冑は重厚で、胸の紋章には鋭い光が走っている。


白い石床に落ちた影は、周囲より濃く見えた。


兜に覆われた顔は、はっきりとは見えない。

それでも分かる。


見られている。


いや、もっと正確には、服の下に隠している青い石のあたりを。


ペンダントは見えていない。


それなのに、この騎士は知っているかのようだった。


レイの胸元に、何か隠されていることを。


リアが一歩前に出る。


「レオン様」


丁寧に頭を下げる。

声は落ち着いていたが、ほんの少しだけ硬かった。


レオンの視線は、レイの胸元に向けられたままだった。


広場の水盤に揺れる昼の光が、白い石床へ淡く散っている。


その光の中で、レオンだけが、どこか歪に見えた。


「神官様に面会をお願いしに行くところです」


リアは言葉を選ぶように続けた。


「この方たちが、神殿に相談すべきことを持ち帰りました」


短い沈黙が落ちる。


レオンは答えない。


ただ、見ている。


レイの顔ではなく、胸元のあたりを。


沈黙が長く伸びた。


音が消えたわけではない。

けれど、広場の空気が不思議なほど遠く感じられた。


レイは呼吸を整えようとした。


うまくいかない。


怖い。


ただ、純粋に恐怖を感じてしまっている。


いつもなら、ここで前を向く言葉を探せた。

剣を握り、背筋を伸ばし、自分が取るべき形を選べた。


けれど今は、その形が見つからない。


目の前の男は、神殿の光の中に立っている。

騎士の姿をしている。


それなのに、ノースライトの黒ローブたちを前にしたときよりも強い気配が、レイの身体の奥を冷たく撫でていた。


レオンの視線が、ほんのわずかに動く。


レイの胸元から、ミラへ。

そして、リアへ。


何かを測るように。


それから、彼は身を翻した。


言葉はない。


重い足音だけを残し、広場の向こうへ歩いていく。

白い石床に落ちていた影が、ゆっくりと離れていった。


その背中が石段の陰に消えるまで、誰も動けなかった。


やがて、風が戻る。


花壇のルミナスの花が、ふわりと揺れた。


レイはようやく息を吐いた。


気づけば、服の上から胸元を押さえていた。

その下で、ペンダントの感触は冷たく残っていた。


ミラが小さく囁く。


「……ねえ、今の人」


「うん」


レイは短く答えた。


ミラは唇の端を少しだけ上げたが、笑ってはいなかった。


「普通じゃなかったよね」


レイは頷く。


「見えてないはずなのに」


「何が?」


「……これ」


レイは胸元に触れる。


ミラの表情がわずかに険しくなった。


「ああ。やっぱり、そっち見てたんだ」


リアも黙っていた。


けれど、その顔には戸惑いだけではない、苦いものが浮かんでいた。


「レオン様は、神殿騎士の中でも重要な任務を担う方です」


リアは声を落とす。


「でも……私も、少し前から気になっていました」


「気になってた?」


レイが聞くと、リアはすぐには答えなかった。


広場の中央にある水盤へ、一度だけ視線を向ける。

白い光が、彼女の瞳に細く映った。


「うまく言えません。ただ、前よりも……少し、遠くなったように感じるんです」


「遠い?」


「はい」


リアは胸元で手を重ねた。


「同じ神殿の中にいるのに、声が届きにくい場所に立っているような」


それ以上は言わなかった。


レイにも、意味が完全に分かったわけではない。

けれど、リアがただの噂や不安で言っているのではないことは分かった。


巫女として、光の気配に触れてきた彼女だからこその違和感。


ミラが小さく息を吐く。


「神殿って、もっと安全な場所かと思ってたんだけどな」


「私も、そうであってほしいです」


リアの答えは静かだった。


それが、かえって重く聞こえた。


「レイ、大丈夫ですか?」


リアが近づき、そっと顔を覗き込む。


その瞳のやわらかさに、レイは少しだけ現実に引き戻された。


「ああ。大丈夫」


言ってから、自分でも少し弱い声だと思った。


「ちょっと、驚いただけ」


リアはしばらくレイを見つめた。


何か言いたそうにして、けれど押しつけるようなことはしない。

ただ、小さく頷く。


「無理はしないでください」


「うん。ありがとう」


そう答えると、リアの表情がほんの少しだけ和らいだ。


ミラが肩をすくめる。


「ここから先は、落ち着いて話せるといいんだけどね」


その声には、いつもの明るさが少しだけ戻っていた。


レイは苦笑する。


「俺もそう思う」


短いやり取りだった。

けれど、そのおかげで、胸の奥の冷たさが少しだけ薄れた。


リアは神殿の石段へ向き直る。


「行きましょう」


三人は石段を上がった。


広場の風と花の香りが、少しずつ背後へ遠ざかっていく。


アーチをくぐる。


その瞬間、空気が変わった。


ひんやりとした静寂。

高い天井の奥へ吸い込まれていく足音。


外の世界とは違う。


ここは神殿の内側だ。


レイは一度だけ振り返った。


広場は、何事もなかったかのように穏やかだった。

中央の水盤は静かに光り、ルミナスの花は風に揺れている。


けれど、あの重い足音と、見えないはずの胸元を射抜く視線は、まだ消えていなかった。


影は、遠い場所にだけあるものではない。


光の町の中にも、静かに紛れている。


レイはペンダントの感触を確かめるように、服の上からそっと触れた。


そして、神殿の奥へ足を踏み入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。