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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第4章 光の書架と神殿の影
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神殿図書館の再会

中へ入ると、紙と革の匂いがした。


高窓から差し込む昼の光が、空気に浮かぶ細かな塵を照らしている。

棚には厚い革装の本や巻物が並び、読書机では数人の神官や町の人が静かに頁をめくっていた。


入口には、受付の巫女が一人座っている。


「お名前をお願いします」


差し出された帳簿に、レイとミラはそれぞれ名を書いた。


巫女は帳簿を確認し、静かに一礼する。


「古い書物もございます。閲覧の際は、丁寧に扱いください」


「分かりました」


レイが答えると、巫女は奥の棚へ視線を向けた。


「お探しの分野があれば、お声がけください」


「ありがとう」


二人は奥へ進んだ。


図書館は、それほど大きくはない。

けれど、奥へ進むほど、外の町の音が遠ざかっていくようだった。


ミラはガイの手帳を開き、棚の表示と見比べていく。


「古代遺構……神殿史……古い街道記録……」


小さく呟きながら、背表紙を追う。


レイも隣で棚を見上げた。


文字は読める。

けれど、古い記録になるほど言い回しが難しく、すぐには意味が取れない。


何冊か手に取ってみても、星刻文明や裂け目に直接触れているものは見つからなかった。


「やっぱり、普通の棚にはないのかな」


レイが小さく言うと、ミラは手帳から顔を上げた。


「たぶんね。あっても、かなり遠回しに書かれてるか、神殿側で伏せられてるか」


「伏せられてる?」


「星刻文明そのものは、ただの昔話なんだけど、レプリカとか、蒼の神機とか、裂け目に近い話は……隠されててもおかしくない……」


その時、後ろから呼びかけられた。


「レイ?」


聞き覚えのある声だった。


振り向くと、リアが立っていた。


栗色の髪を整え、白い衣に淡い金の刺繍をまとっている。

銀の髪飾りが昼の光を受けて、小さく光った。


レイは一瞬、言葉を忘れた。


「リア」


名前を呼ぶと、胸の奥にあった緊張が少しだけほどけた。


リアも、小さく微笑んだ。


「お久しぶりです、レイ」


「うん。久しぶり」


「また来てくださったんですね」


その声は静かだった。

けれど、少しだけ嬉しそうでもあった。


「調べたいことがあって」


レイがそう言うと、リアの視線が隣のミラへ向いた。


ほんの一瞬だけ、微笑みが薄くなる。


「……ご一緒の方は?」


丁寧な声だった。

けれど、どこか確かめるような響きがあった。


ミラは軽く頭を下げた。


「ミラよ。レイとはノースライト地方へ行く道で会ったの」


「ノースライト地方……」


リアの声が少しだけ低くなる。


「道中で助けてもらったんだ。それから、一緒にいろいろ見てる」


「そうなんですか……」


リアはもう一度ミラへ向き直り、静かに頭を下げた。


「はじめまして。私はリア。アストラリス神殿の巫女です」


リアは少しだけ表情をやわらげた。


「よろしく、リア」


ミラはそのまま、手帳を閉じた。


「それで、その調べたいことなんだけど、星刻文明と、蒼の神機。それから……レプリカについて」


リアは一瞬言葉に詰まり、慌てたように周囲へ視線を走らせた。


誰もこちらを見てはいない。


リアはほっとしたように小さく息をつき、声を落とした。


「ここでは、あまりその名前を出さない方がいいと思います」


柔らかい声だった。


それでも、そこにははっきりした警戒があった。


ミラはすぐに頷く。


「場所を変えた方がいい?」


「そうですね。では、中庭へ。あそこなら、少しは話せます」


レイはリアを見る。


「大丈夫?」


リアは少しだけ迷った。

けれど、すぐに頷く。


「私にできる範囲なら」


図書館の脇の扉を抜けると、小さな中庭に出た。


石壁に囲まれた静かな空間だった。

外の町の音はほとんど届かない。


中央には小さな水盤があり、その傍にルミナスの花が咲いている。

淡く青白い花弁が、昼の光を受けて静かに揺れていた。


「ここなら、大丈夫です」


リアが声を落とす。


ミラは手帳を両手で持ち直した。


「じゃあ、まず何があったか説明させてね」


ミラはそう言ってから、手帳を抱え直した。


「シルヴィで、噂話を聞いたの」


リアが顔を上げる。


「噂、ですか?」


「湖の北東に、石柱と聖堂みたいな建物が現れたっていう噂。私たちはそれを確かめるために、ハルム村まで行った。それから湖の北東の丘へ向かったら、本当に聖堂があったの。何もなかったはずの丘に、突然現れたみたいに」


「突然……」


「中には星刻文明のものらしい紋様があった。地下には青白い結晶もあった」


ミラはそこで一度、レイを見た。


「私は、それが星の涙を真似たレプリカかもしれないと思ってる」


リアの表情が強張る。


「レプリカ……」


「そこで、影の教団と出くわした」


その名を聞いた瞬間、リアの指先が白い袖をそっと握った。


「黒いローブの連中。あいつらは、その結晶を調べてた。たぶん、回収しようとしてたんだと思う」


ミラはそこで、抱えていた手帳へ視線を落とした。


「それと、この手帳のことも関係してる」


「手帳、ですか?」


「ガイの手帳。私を育ててくれた人のもの」


リアの視線が、古びた手帳へ落ちる。


「ガイは星刻文明を追っていたの。蒼の神機とか、裂け目とか、そういうものを調べてた。でも、今は行方不明」


ミラの声から、いつもの軽さが少しだけ消えた。


「ガイが行方不明になったのも、影の教団に襲われた後なの。だから、今回のこととも無関係だとは思えない」


中庭に、短い沈黙が落ちた。


リアは手帳とレイの顔を見比べ、それから静かに息を吸った。


「……星刻文明の詳細についての記録は、神殿でも扱いが難しいものです」


「やっぱり、普通には見られない?」


ミラが聞く。


リアは小さく頷いた。


「一般に開かれている記録もあります。けれど、あなたたちが探しているものは、おそらくここにはありません」


水盤の表面が、風もないのにかすかに揺れた。


リアは言葉を選ぶように続ける。


「そうしたものに関わる記録は、簡単には触れられない場所にあります」


「封じられている、ってこと?」


「はい。神官でも、自由に見ることはできません」


レイは息を呑む。


やはり、普通の本棚に答えはない。


レイは、服の下にあるペンダントを意識する。


聖堂の地下で、あの結晶は反応した。


影の教団も、この石の光を見ていた。


隠したままでは、もう進めない。


レイはゆっくりと息を吐いた。


「リア」


「はい」


「その地下の結晶に、これが反応したんだ」


そう言って、服の下からペンダントを取り出した。


青い石が昼の光を受ける。


深い水底のような色。

その奥に、かすかな光が揺れていた。


水盤の上に、青い反射がひとつ落ちる。


リアの目が、静かに見開かれた。


「……それは」


声が、ほんの少しだけ震えていた。


レイは手のひらにペンダントを乗せる。


「十歳のころから持ってる。ずっと、お守りだと思ってた」


少しだけ間を置く。


「でも、アストラリス神殿の星の涙にも反応した」


レイは青い石を見下ろした。


「それに、聖堂で影の教団と戦ったとき、あいつらがこの光を見て言ったんだ。星の涙か、って」


リアの表情が、わずかに強張る。


ミラが静かに補足する。


「私は、星の涙と同じような力を持っているのかもしれないと思ってる。けれど、まだ確かなことは分からない。だから、ここに来た」


リアはペンダントを見つめたまま、小さく息を吸った。


「……影の教団がそれに気づいているなら、神殿にお伝えした方がいいと思います」


ふと、ポーチの中で淡い光が揺れた。


レイは、ポーチを開く。中に入っているのは、ルミナスの花。淡い青白い光を帯びたまま、花は静かに咲いている。


「これ……前にもらった花」


レイはそっと花を取り出した。


リアの目が、静かに見開かれる。


「え……あの時の?」


リアは花を見つめたまま、小さく息をのんだ。


「綺麗なままですね……」


「うん。枯れないんだ。このままで」


リアの表情が、やわらかく揺れた。


「……ずっと、持っていてくれたんですね」


その声は小さかった。


けれど、嬉しそうだった。


中庭の水盤に、花の光が映っていた。

青白い反射が水面にほどけ、白い石床へ淡く揺れる。


リアはそっと花へ指を伸ばした。


触れた瞬間、花弁の光がほんの少し強くなる。


「……レイの光が、この花に宿っています…」


リアは静かに手を引いた。


「この花も、ペンダントも、私だけでは判断できません」


リアは声を落とす。


「神官様に相談しましょう」


「神官様?」


「はい。私が信頼している方です。まずはその方にお話しします」


レイはルミナスの花をポーチへ戻した。


知らないままでは進めない。


ノースライトで見た聖堂。

地下の青白い結晶。

影の教団。

そして、手の中の青い石。


ひとつひとつが、ばらばらではない気がしていた。


「うん。行こう」


レイが言うと、リアは小さく頷いた。


「では、こちらです」


ミラも手帳をしまい、肩にかけた荷を直した。


「ここまで来たら、ちゃんと話した方がいいね」


三人は中庭を出た。


図書館の中へ戻ると、昼の光は変わらず静かに棚を照らしていた。

読書机では神官たちが頁をめくり、受付の巫女が帳簿に目を落としている。


リアは受付の巫女へ短く声をかける。


「少し、本殿へ行ってまいります」


巫女はリアの表情を見て、静かに頷いた。


「お気をつけて」


図書館を出ると、白い石畳の向こうに本殿へ続く石段が見えた。


昼の光を受けたアストラリス神殿は、遠くから見上げたときよりもずっと大きく見える。


レイは一度だけ息を整えた。


リアが先に歩き出す。


その後ろを、レイとミラが並んで続いた。


石段の上から、神殿の鐘が静かに響いた。


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