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エテルナ ―星の涙と帰る光―  作者: Takeko
第2章 祝福の町シルヴィと聖地アストラリス神殿
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朝の広場とルミナスの花

翌朝。


窓から差し込む光で、レイは目を覚ました。


薄い布越しに入ってくる朝日は、シルヴィの石畳に反射しているのか、森で見る光よりも少し白く澄んでいた。


しばらく天井を見上げてから、ゆっくりと身を起こす。


昨日は、思っていた以上によく眠れた。


宿の外からは、人の声が聞こえてくる。


荷車の車輪が石畳を転がる音。


遠くで鳴る鐘の余韻。


どこかの店先でパンを焼いているのか、香ばしい匂いが窓の隙間からかすかに入り込んでいた。


寝台から下り、身支度を整える。


剣を腰に帯びると、その重みが自然と背筋を伸ばさせた。


今日は、アストラリス神殿へ行く。


そう思うだけで、胸の奥が少し落ち着かない。


宿を出ると、シルヴィの朝はすでに動き始めていた。


石畳の通りには、参拝へ向かう人々がゆるやかに流れている。白い布を肩にかけた巡礼者、花籠を持つ親子、旅装のまま神殿の方角へ頭を下げる老人。


通りの脇を、細い水路が流れていた。


澄んだ水の上に朝の光が散り、小さな光の点が白い壁に揺れている。窓辺には青い花が飾られ、風に触れるたび、花弁の奥で淡い金の色がかすかに息づくように見えた。


町全体が、静かな祈りの中にある。


そう思った。


けれど、不思議と重苦しくはない。


市場からは果物を並べる声が聞こえ、子どもたちは石段の端を駆け上がっていく。巡礼者の列の横を、パンを抱えた店主が笑いながら通り過ぎた。


祈りと暮らしが、同じ朝の中に並んでいる。


その流れに沿って、神殿へ続く坂道を上った。


道は少しずつ高くなっていく。


振り返れば、シルヴィの屋根が斜面に沿って重なり、その向こうに朝の畑と街道が見えた。昨日、自分が歩いてきた道が、光の中に細く続いている。


前を向くと、白い石段の先に神殿の門があった。


アストラリス神殿。


近くで見るその姿は、昨夕に遠くから眺めたときよりも、ずっと大きかった。


白い柱が空へ向かって伸び、柱頭には星と花を組み合わせた紋様が刻まれている。朝の光が石の表面をなぞり、淡い金色の線を浮かび上がらせていた。


門の両脇には、神殿護衛隊の者たちが静かに立っていた。


白を基調とした胸当てに、淡い金糸の紋章。手は剣の柄に置かれていないが、その姿勢には隙がない。


参拝者たちは緊張しすぎることもなく、その前を通っていく。


守られている。


けれど、見張られているわけではない。


そんな距離感だった。


門へ近づくと、護衛の一人が視線を向けた。


腰の剣を見たのだろう。


「参拝ですか」


「あ、はい」


少し背筋を伸ばして答える。


「中では抜剣なさらぬようお願いします」


「分かりました」


護衛は短く頷き、それ以上は何も言わなかった。


門を抜け、神殿前の広場へ入る。


そこは、朝の光に満ちていた。


白い石で敷かれた広場の中央には、浅い水盤がある。水面には空の青が映り、時折、落ちてきた花弁がゆっくりと輪を描いていた。


広場の端には、花籠を持った巫女たちが立っている。


彼女たちは参拝者に一輪ずつ、青い花を手渡していた。


花弁は深い青。


その奥に、淡い金の光がひそんでいる。


強く輝くわけではない。


けれど朝の光を受けると、花の中に小さな星があるように見えた。


(……ルミナスの花、かな)


足を止めた。


そのときだった。


広場の向こうで、一人の巫女が小さな子どもに花を渡していた。


白い麻の衣に、薄いショール。


栗色の髪が、朝の風にふわりと揺れる。


子どもが花を受け取って嬉しそうに笑うと、その巫女もやわらかく目を細めた。


なぜか、その姿から目を離せなかった。


どこかで見たことがある。


そう思った瞬間、巫女がこちらを向いた。


目が合う。


彼女は一瞬だけ驚いたようにまばたきをして、それから、花籠を抱え直して歩いてきた。


「……あなたは」


澄んだ声だった。


近づいてくるにつれ、その顔がはっきり見える。


胸の奥で、記憶が小さく揺れた。


一年前。


ベルデ村の成人の儀。


神官のそばに立っていた若い巫女。


陽の光を受けた白い衣。


風に揺れる髪。


一瞬だけ合った視線。


「あのときの……」


思わず声が漏れた。


巫女は少しだけ嬉しそうに微笑む。


「覚えていてくださったんですね」


「え、いや、その……はっきり覚えてたわけじゃないんだけど」


慌てて言葉を探す。


「でも、なんか……見たことある気がして」


言ってから、少し気恥ずかしくなった。


もっとまともな言い方はなかったのか、と自分でも思う。


巫女はくすりと笑った。


「私は覚えています。ベルデ村の成人の儀で、名を授かった方ですよね」


「うん。俺はレイ」


言ってから、少し遅れて頭を下げた。


「えっと、今は旅の途中で……アストラリス神殿を見に来たんだ」


「レイさん、ですね」


彼女は丁寧にその名を口にした。


ただ名前を呼ばれただけなのに、胸の奥が少しくすぐったい。


「私はリアと申します。アストラリス神殿で巫女をしています」


「リア……」


レイはその名を繰り返した。


声に出すと、朝の光の中にすっと溶けるような響きだった。


リアは花籠から一輪の花を取り出した。


「参拝の方には、こちらをお渡ししています」


差し出されたのは、さきほど見ていた青い花だった。


近くで見ると、花弁は思っていたよりも薄く、光を透かすように重なっている。淡い金の色は、花の奥で静かに揺れていた。


両手で受け取ると、指先にほのかな温もりが伝わった。


ただの花の温度ではなかった。


誰かの祈りが、まだそこに残っているような温もり。


「ありがとう」


自然と声が出た。


リアは小さく頷いた。


「神殿は初めてですか?」


「うん。シルヴィに来たのも初めて」


「では、少し驚かれるかもしれません。朝の神殿は、とても綺麗ですから」


「道中の宿場でも同じこと言われた」


「そうなのですか?」


リアの目が少しだけ丸くなる。


「白い石が、光を吸ってるみたいに見えるって」


「ふふ。分かります」


リアは水盤の方へ視線を向けた。


「朝は、石も水も花も、少しずつ光を返すんです。大きな光ではありませんけれど……見ていると、心が静かになります」


その言葉は、説明というより、彼女自身がいつも感じていることをそのまま口にしたようだった。


手の中の花を見る。


青い花弁の奥で、金の光が小さく揺れていた。


「リアは、ずっとここに?」


「はい。まだ学ぶことばかりですが、巫女としてお仕えしています」


「そっか」


何を言えばいいのか、少し分からなくなる。


けれど沈黙は、不思議と気まずくなかった。


水盤の上を風が通り、朝の光が細かく揺れる。


その光が、リアの白い衣の袖にも淡く映っていた。


リアはふと、レイの腰の剣に目を向けた。


「旅は、大変ではありませんでしたか?」


「ああ……まあ、大変だけど」


少し考え、肩の力を抜いた。


「でも、悪くないよ。歩いてると、今まで知らなかったものが見えてくるから」


「そうですか」


リアは微笑んだ。


「レイさんらしいですね」


「え、俺らしい?」


思わず聞き返してしまった。


リアは少し困ったように、けれど楽しそうに目を伏せる。


「すみません。うまく言えません。ただ……ベルデ村で見たときも、少し遠くを見ているような方だと思ったので」


「遠く?」


「はい。目の前にいるのに、どこか、その先も見ているような」


返事に詰まった。


そんなふうに見えていたのか。


自分では、ただ分からないことばかりを追いかけているだけのつもりだった。


けれどリアの言葉は、不思議と嫌ではなかった。


広場の端で、別の参拝者が立ち止まっているのが見えた。


リアもそれに気づき、花籠を抱え直す。


「すみません。そろそろ戻らないと」


「あ、うん。仕事中だったよな」


「はい」


リアは一歩下がり、丁寧に頭を下げた。


「神殿、どうかゆっくり見ていってください」


それから少しだけ表情をやわらげる。


「きっと……何か感じられると思います」


レイは花を手にしたまま、静かに頷いた。


リアは他の参拝者の方へ歩いていく。


栗色の髪が、朝の光を受けてやわらかく揺れた。


その背中を、しばらく見送った。


胸の奥が、ほんの少しだけ熱い。


何かが始まったような気がした。


けれど、それが何なのかはまだ分からない。


手の中のルミナスの花が、かすかに温もりを返している。


花を見つめ、それから顔を上げた。


白い神殿は、朝の光の中で静かに佇んでいた。


その奥で、何かが自分を待っている。


そんな気がした。


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