彼の妻
約束の月曜日の夕方。待ち合わせのカフェに入る。
奥のテーブル席に彼の後ろ姿が見える。
向かいに女が座っている。彼に話しかける。気まずい顔。会いたくて会った顔ではない。
向かいの席に座った中年の女が笑顔で彼の妻だと話しかけてきた。ああ、そういう事。
修羅場になるかと思ったら普通に世間話をして何なのと思ったけど、私も楽しく話した。
彼の好きな体位、チンポの根元の右側にほくろがあるとか彼の感じやすい場所とかカフェで話すには下品な下ネタトーク。
「彼がイった後に見せる笑顔が好きなの」
私が言う。
「へえ。そういう所がいいのね」
妻がチラッと彼を見ながら目を細めて微笑む。
彼は気まずい顔で笑っていた。
「さてと」
妻が帰り支度を始めた。
「会えて楽しかったわ。でもね。ごめんなさい。これだけはやらせて」
バシャッ──
視界が一瞬、水の膜に覆われた。店の中の照明が歪んだ。一瞬の間を置いて顔に水をかけられたと自覚した。
妻はコップを机に置いた。
「私も悪いと思っているわ。でもこうしないと気がすまないの。本当にごめんなさい」
妻は穏やかに言うと地味なハンドバッグを持って店を出て行った。
こんな古いドラマのシーンを体験するなんて思ってもいなかった。ビンタ食らって顔が晴れるよりマシだけど。
周りの客は気がついていない。
彼は慌ててハンカチを差し出した。
大丈夫と自分のハンカチで顔を拭いてトイレに入った。
化粧を直して席に戻る。彼は何度も謝る。私は何度も「気にしないで」と答える。
ぶっかけ妻は私に何をして欲しかったのだろう。
謝れば良かったのか。挑発すれば良かったのか。
ちなみに彼は私の顔にぶっかけた事はない。
あの気性の女だから彼は私の体で気分を紛らわせたのか。
お互い遊びだから気持ちの底を探らない。その場しのぎの快楽。そういう関係だったから。
結局、彼とはそれ以来会わなかった。
三ヶ月経っても仕事は決まらない。
取りあえずファストフードでバイトした。




