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ふたつ目のお誕生会をいたしませんか

 お養父様が王都に戻られて、エインズワースには再びおだやかな空気が戻りました。

 来春の目論見などなかったかのように、日に日に寒くなる風を受けながらも、あたたかな日々が続きます。

 ですが、時が流れているのは確実で。しばらくしたのち王宮にはフィリップ殿下が戻られ、それを機にディオンもしばしば領邸を離れる日が出てきていています。


 そんなある日のこと。わたくしはアディと相談をしておりました。


「お父様のお誕生日?」

「そうですわ。アディの誕生日は秋でしたけれど、ディオンは冬ですの。ここら辺は雪が積もりますから、またお客様をお呼びするのは難しいので、家族だけでお誕生会をいたしましょう」

「リディ母様はいつ?」

「わたくしは……春ですわね」


 家族の中では、わたくしの誕生日が一番早いのです。夏のはじめより少し早いくらいですわね。

 すでにわたくしの誕生日が過ぎていることを知ったアディの眉がへにょんと力なく下がったのを見て、わたくしは慌てて相談事の続きを口にいたしました。


「それより、贈り物をなんにするかの相談ですわよ!」

「お父様にもたくさんあげたいわ!」

「お父様はたくさん物をもってらっしゃいますから、逆に厳選いたしませんか?」

「えー、なにがいいかなぁ。すごく悩んじゃうね。リディ母様も、わたしの誕生日の時は悩んだ?」

「ええ、なにが一番喜んでいただけるかしらって、とても悩みました。でも、すごく楽しかったんですのよ。アディに見つからないようロッテを作ったり」


 わたくしが作ったうさぎのロッテは、アディの大切なマギーさんの横で、お揃いの服を着て今日ものんびりしております。


「わたしもなにか作りたい!」

「そうですわね、作りましょうか。それではわたくしはハンカチに刺繍をいたします。アディも刺繍をいたしますか? お父様の絵を描いてもよろしいわね」

「あ、わたし絵具を使ってみたいわ! お誕生日にエイダとジョージとダグからもらったの。画布もあるから使ってみたい!」

「まあ、素敵! なんの絵を描くのかしら」


 やっぱりアディは絵を描くことが好きみたいね。嬉しそうに構図を考え出します。


「お父様とー、リディ母様とー、わたしかな! あ、あのお花畑も描きたい!」

「あのお花畑は素敵でしたものね。また行きたいですわ」

「あ、でもお父様の前で描いたらバレちゃう? 内緒の贈り物なんだよね?」


 来るべき時のため、ディオンはエインズワースの外へ出かけることが増えております。一度出かけると数日から十日ほど家を空けることもございますの。

 だから、ディオンの目に触れずアディが絵を描くことは可能だと思います。


「お父様がお出かけの日に、ダグが残る日がありましたから、その日に指導していただきましょうか」

「わぁ! え、いつ⁉︎ いつ⁉︎」

「すぐではございませんわよ? 来週の終わりかしら……王都邸に向かうから、ダグはお留守番なのですって」


 ダグはディオンの手伝いで動いているので、王都邸へついていかなかったとしても忙しいとは思いますが……他でもない、ディオンとアディのためですから、ちょっと相談させていただきましょう。


  ◇


「そうそう、膠(にかわ)と乾いた卵黄がうまく混ざるように……そこに卵白の下澄みを混ぜますよ」


 絵を描くための絵の具を作るために卵や膠や顔料を混ぜるアディたちの横で、わたくしは刺繍をしております。換気が必要ということで庭に続く窓は開けておりますが……今日がいいお天気でよかったですわね。これを毎回行うとなると、雨の日は難しいのではないかしら。

 汚れ防止のエプロンをかけたアディの横で、ダグが楽しそうに教えております。本当に絵が好きな方なのね。手習いというより、趣味に近いと思いますわ。


 楽しそうな二人の声を聞きながら、刺繍枠に嵌めた布に刺繍を刺していきます。エインズワースの家紋と、ギデオンの頭文字。華やかに、けれども邪魔にならないようにデザインしたそれは、あっという間に出来上がってしまって、今は三枚目ですわ。同じものばかり作っていても仕方ありませんから、次は趣向を変えようかしら。でも、ハンカチってそんなにたくさん必要? いえ……使いますわよね。色違いで作ってみようかしら。


 いいえ、せっかくですし、わたくしも飾れるものを作ってみようかしら。刺繍のタペストリーとか素敵かもしれませんわ。でも、大きなものは無理ね。小さな作品なら……間に合うかしら。

 なにがいいかしら。アディが花畑を描くなら、わたくしはヴァーノン湖にしようかしら。あの夏の日の、舟の浮かんだ湖。手を振るアディと、舟を漕ぐディオン。あの日の、素敵な思い出を刺繍にしたら素敵じゃないかしら。

 ワクワクするような思いつきに、布に元となる下絵を描く手が止まりません。青い糸はまだたくさんあったわね。一色ではつまらないから、たくさんの青を重ねましょう。

 アディは画布に、わたくしは刺繍枠に夢中になり、気が付いたらもう窓をしめなくては震えてしまうほどの時刻になっていたのでした。


  ◇


 誕生会を開くことは秘密にしておりましたが、一応当日ディオンがどうにか領邸にいられることは、ディオンの予定を管理しているダグから情報を得ております。翌日からまた一週間ほど外出してしまうので、夜メインのパーティにはできませんわね。

 ディオンの誕生会は、ダグや家令のジョージ、侍女長のエイダを主として、こっそりと、けれどもしっかりと準備をいたしました。エインズワース家当主の誕生会ですものね。

 準備の途中、昔は他家を招待して華々しく行っていたと、少しさみしげにエイダがこぼしていたのが印象的でした。来年はアディも他家との交流を始めますし、お客様をお呼びして豪華な誕生会を開きたいものですわね。

 その時までには、エイダたちからエインズワース家のやり方を学ばないといけませんわ。わたくしは王宮のやり方しか知らないので、公爵夫人として、まだまだ覚えることはたくさんございます。


「おはよう、ディア」

「おはようございます、ディオン」


 わたくしとディオンは、寝室を共にしている関係上、一番最初に挨拶を交わします。……本当なら、このまま誕生日のお祝いを口にしてしまいたい。ですが、それでは誕生会に気が付かれてしまうかもしれませんから、ここはぐっと我慢ですわ。

 代わりに、お祝いの気持ちを込めて頬に口づけを贈ります。ディオンからしたら、朝の挨拶。けれども、わたくしからしたら違います。

 三十三年前、この日にあなたが産まれたことへ、最大の感謝を。そして、あなたのこれからに幸福が溢れんことを。


「はは、今日のディアは積極的だな」

「そういう意味ではございませんのよ! さあ、アディが待っておりますから、早く参りましょう!」


 嬉しそうに破顔して抱きすくめられますけれど、違うんですの! 喜んでいただけるのは嬉しゅうございますけれど、寝台へ戻ろうとなさらないで!


 ディオンとの間にクッションを挟むと、急いで身支度へ参ります。急がないと、今日は忙しいのですわ!


 続き間の化粧室(ドレッシングルーム)では、ミシェルとエミリーが控えておりました。アディと一緒の時は寝室まで来てくださっていましたが、当主夫婦の部屋に移動してからは、侍女たちはこちらの化粧室で待っていてくれるのでありがたいですわ。……ちょっと、恥ずかしいですもの。


「本日のお召し物はこちらで」

「あら、これは初めてのドレスね」


 ミシェルが手にしていたのは、銀糸の刺繍が入っている、やわらかな薄灰のドレスでした。少しだけ藍がかったその色は……ええと、先程見ましたわね。


「……いつの間に、こんなドレスを作ったの」


 知らず、拗ねたような声音が出ます。だってこちら、ディオンの色ではございませんの! 全体的な色合いはディオンの雪空の瞳の色ですし、それを締めるように飾られる、それより濃い鋼色のリボンは髪の色。詰まった首元から胸元にかけては透けるような紗で覆われていて、露出は少ないけれど、華やかなデザインです。


「作らせたのは私共ではなく、旦那様でございます」


 すました顔でミシェルが告げます。ディオン……本当に、あなたという方は!


「今日じゃなくても……」

「今日ほど相応しい日はないかと。なお、このドレスは試作のひとつでございます。奥様に一番お似合いになる配色を見つけるための一着です」


 ディオンの色は全体的に同色のため、ドレスにしてしまうとぼんやりと、かつ落ち着いた雰囲気になってしまうので、髪と瞳の配色を確かめるために色々作らせた様子でした。

 わたくしに! 内緒で!

 まさか、内緒の誕生会当日にこのようなサプライズを受けるとは思っておりませんでしたわ。


「……本当に、仕方のない方」


 仕方がないので、着て差し上げますわ! だって今日は、お誕生日ですものね。特別ですわよ!


 ドレスを身に着け、髪を結い、化粧を施していただきます。本日もエミリーの腕は惚れ惚れいたしますわね。わたくし、きちんと公爵夫人に見えますわ。

 白いあたたかなケープを肩にかけて完成です。


「奥様、こちらの準備は万端でございます」


 鏡の前で装いを確かめておりますと、レイラが本日の予定の確認を求めて姿を見せました。毎朝きちんとレイラが確認してくださるので、本当に楽です。自分の予定だけでなく、すべての予定を自分ひとりで管理していた頃を思い出して、身震いしました。あれは本当に骨が折れますから、わたくし、もうレイラを手放すことができないでしょうね。


「ありがとう。ディオンはもう温室に?」

「はい、お嬢様と、ダグ、ヘレン、マーサ、ポールが対応しております」

「広間は?」

「エイダが指示をしておりますので大丈夫です」

「わかりました。わたくしも温室へ参ります」


 本来なら温室で朝食を取ることなどございません。もう冬ですしね。初雪こそまだですが、もう薄手のドレスでは寒いですもの。

 ですが、アディが育てた花が咲きそうだから見に行くという名目で、大広間や正餐室など、誕生会の準備が目につきそうな場所から引き離していただいております。

 アディの時のように夜行いたいけれど、残念ながら明日の早朝にディオンは再び出かけなければいけないため、予定を早めて昼から行うことにしたのですわ。

 ああ、でもこのドレスを見たら、ディオンは気付いてしまうかもしれないわね。でも、それも楽しいかもしれないわ。だって、今日は特別な一日だもの。

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