家族のお茶会をいたしましょう
「手紙は読んだか」
翌日、ディオンとお養父様と三人で行うことになった会合は、お養父様のそんな言葉から始まりました。
「昨晩読みました。こちらです」
そっと机を滑らせるようにして、昨晩託された殿下の想いをお養父様に渡します。
これでもう後戻りはできません。非道だとしても、もうわたくしたちは戻れない。
誰かの幸せは誰かの不幸せにつながっているのだと、わたくしはもう知っています。
知っていて、選ぶのです。
「殿下は、承諾してくださったか」
「はい。ただ、そのまま王位を継ぐのではなく、中継ぎでいたいと仰せです。ランドルフ殿下のお子が望めるようならば、その子に王位は譲りたいと。ですが、ランドルフ殿下の体調如何によっては、殿下は自身のお子を儲け、その子に継がせるそうです。スティーヴン殿下のお子では、禍の芽が摘めないからと……」
真実の愛の方を未だに思っているための選択ではなく、貴族の力関係を慮った選択だと、殿下はおっしゃっていました。
それが本音なのかはわかりません。ですが、殿下の決断を尊重することは、わたくしが殿下に返せるものの一つ。賛同以外の意見などございません。
「殿下が王宮に戻り、弟殿下たちの負担を負い、それを実績として立太子を行う。そして、春の議会で……」
お養父様はそこで言葉を濁しました。
わたくしもディオンも、言わずともその先を知っております。
「私は外交をカルヴィンに任せ、王宮へ戻る。殿下は側近を持たない。かつての側近を召し上げるのは不可だ。殿下を支えるのは、私と、スティーヴン殿下が行う。フィーガシュー公も代替わりをして王宮に来る」
「お養父様……お義兄様にまでご迷惑を」
「謝る必要はない。そろそろカルヴィンに任せるのは元からの予定だ。……リディア、お前はもうエインズワース夫人だ。領を守る義務がある。王宮へ侍ることはまかりならん。落ち着くまではギデオン卿を度々借りることになるが、早々にエインズワースに返すことを約束しよう」
丁寧に殿下の手紙をたたみながら、お養父様はおっしゃいました。静謐な青の双眸が、わたくしをとらえます。
「人材を育てなかったのは、我々大人だ。若き王が治める新しい世に相応しい若人たちを見つけ、育てよう。大丈夫だ。人は育つもの。だが、腐敗は許すわけにはいかない。あれは、根絶やしにする。芽を残しては次世代に祟るからな。我々はそれをよく理解している。……だいぶ遅くなってしまったがな」
瞳を和ませ、苦笑に近い微笑みを浮かべて、お養父様はわたくしを見つめ続けました。
この方に、こんな風に見つめられたことなんて初めてのことです。ですが、少しくすぐったいその気持ちは、不快などではありません。
「わたくしは、王宮へは戻りません。それはわたくしの、エインズワースの意思であり、また殿下のご希望でもあります」
「王妃陛下はおまえを望みそうではあるがな。だが、そちらもなんとかする手立てはできておる。幸いなことにアークベリー領もアラステア夫婦がしっかり治められるようになった。オリアーナを王宮に向かわせても困らん。フィーガシュー公爵夫人も同様だ」
「お養母様を!?」
「ああ。あいつの希望だ。親が子どもの助けになりたいと願う気持ちは、お前ももうわかるだろう。生さぬ仲とはいえ、オリアーナもまた、お前を気にかけている」
そっと、ディオンがわたくしを抱き寄せるのを感じました。
大丈夫、泣きませんわ。わたくし、感情を制御するのは得意なんですから。
「お養母様にも、お礼を伝えてくださいまし」
「ああ。春の社交界では会えるだろうから、お前からもきちんと声を掛けなさい」
「必ず。お養父様、ありがとうございます。わたくしが今ここに在るのも、すべてお養父様のお力のおかげです」
「大げさだ。お前の努力が実を結んだのだろうよ。さあ、面白みもない話はここまでだ。あの幼子が待っているのだろう。子どもをいつまでも待たせてはいけないと、私はようやく学んだところだよ」
◇
普段より軽めの昼餐後──客人がいるのにも関わらず、あれほど軽い昼餐は初めてですわ!──お茶の時間を待たずして、アディのお茶会は始まりました。
もう、お庭で午後のお茶をいただくのはいささか肌寒い日も増えてまいりましたから、本日は応接間の一つをお茶会仕様にいたしましたの。
招待客はお養父様、ディオン、わたくしの三人。対するアディは少し緊張していそうかしら? いえ、それと同時とても楽しそう。
誇らしげにも見えるその表情は、とても嬉しいものですわ。
「いらっしゃいませ、アークベリー公爵様、エインズワース公爵様、エインズワース公爵夫人」
「ああ、お邪魔するよ」
「アデルはすごいな、しっかりしたものだ」
「アデライン嬢、この度はお招きに預かり、光栄でございます」
主賓であるお養父様、ディオン、わたくしの順で座ると、アディはそれぞれにお茶を注いでくださいます。
最初の頃はおぼつかなかったその所作も、今や危なげなく行えておりますわ。これならば、来春のお茶会も大丈夫そうかしら。
ああ、招かれる側の練習もしないといけませんわね。個人のお茶会ではなく、王宮主催のお茶会が一度あったはずですし。
「今日のお茶は、フィーガシュー産の、秋摘みのものです。ミルクは、シーク産のミルクです。お茶菓子は、シェンナーの梨のタルトです。どうぞ、召し上がってください」
銀のティースタンドに乗せられているのは、一口サイズのタルトと、小さな房に分けられた葡萄のみ。
普段なら軽食も盛られていますが、今日は可愛らしい花が代わりに載せられています。
アディは手順通りお茶とお菓子を紹介すると、主催としてそれぞれ口にして見せました。
タルトは崩れやすいけれど、綺麗に食べられているわ。本当に、よく頑張りましたわ!
「なんだか、懐かしいな」
紅茶に口をつけながら、ほっと息をつくようにお養父様がこぼしました。そのままちらりとわたくしをご覧になると、口元を緩ませます。
「リディアの最初のお茶会にも、私は参加したのだぞ」
「えっ」
思いがけない情報に、わたくしだけでなくアディも声を上げました。紅茶を飲んでいなければ、ディオンも驚きの声を上げていたかもしれませんわ。
「うさぎのぬいぐるみより下位にされたときは、侍女たちがどうしようかと気を揉んでおった。直後に家庭教師が飛んできて、お茶会は終了したがな」
「あっ!」
そこまで言われて思い出しましたわ! そう、お茶会を失敗して、鞭で掌を叩かれて、それでリディを捨てられそうになって寝室に隠したんです! あの時、お養父様も招待していたんですの!?
焦るわたくしの対面で、ディオンが笑い出しました。なんで笑うんですの!
「ディアは、昔から可愛らしかったんだな」
「……失敗いたしましたのは、あの時だけです。間違ってはいけないと、散々叩き込まれましたもの」
鞭は本当に嫌だったので、わたくしは使いません。しばらく痺れますし、物をつかむのも痛いんですのよ。
無理です、あのような罰はわたくしには向いておりません。代わりに誰かが叩かれるのも耐えられませんわ。
「わたし、失敗してた?」
「いいえ! 失敗したのは幼い頃のわたくしです。アディはきちんとできておりましてよ。主賓に対しての対応も完璧ですわ」
「そうだな、アデライン嬢は四歳のリディアより年上だけあって、失敗なくできておる。このまま正式にお茶会を開いても問題なかろう」
お養父様からの太鼓判もいただけて、アディが嬉しそうに笑います。
翳りのないその笑顔は、わたくしたちが守りたいもの。この笑顔が涙に崩れることなど、到底許すわけにはまいりません。
「おじいさま、ありがとうございます!」
「いや……私こそ、こんな楽しい気分になったのは久方ぶりだ。呼んでもらえて感謝する」
その後は、アディに求められるまま、お養父様が色々な地方の話や外国の話を披露したりいたしました。
思い出話をするには、わたくしたちには思い出が少なすぎましたし、ましてやアディの小さな頃の話はできませんもの。
「おじいさまはすごいのね! わたしも外国に行ってみたいと思って、母様に習って言葉を覚えているところなのです」
「ほぉ、それはなかなか見どころがある。行ってみたい外国とはどこの国だ?」
「ベルンドーク王国です。お誕生日に絵本をもらったので、それで勉強をしています」
「ベルンドークか。今度戴冠式があるので行く予定だ。アデライン嬢にお土産を見繕ってこよう。好きなものはあるかね? もしくは、好きな色など」
「わたしは母様の色なので、青が好きです。ベルンドーク語の絵本があったらほしいです。今持っているのは、うさぎさんとお馬さんのお話なの。それ以外にどんなものがあるの?」
アディはお養父様に夢中です。お養父様も、あんなに幼子の話を聞く方だとは思わなかったわ。
なんだかちょっとさみしいかもしれませんが、それを上回るほどの喜びが胸を満たします。
だって、あんなにもアディが喜んでいるんだもの。キラキラと目が輝かせて、外国の話を聞いている。
ああ、アディが興味を持っているのが、わたくしの一番得意な言語学でよかった。学ぶことが嫌いにならないよう、興味を持ってもらえるよう、もっと教え方に工夫をしたいわ。
「絵本だな。ああ、見繕ってこよう。春の社交期に王都邸に届けさせるよ」
「おじいさまとはお会いできないの?」
「駄目よ、アディ。おじいさまはその時期とてもお忙しいの」
戴冠式の列席がてらに絵本をねだるのもいけませんが、時間を捻出させようとするのはもっといけません。
ですが、わたくしを止めるようにお養父様はそっと手を上げると、そのまま微笑んで頷かれました。
「……そうだな、会えるよう、頑張ってみるよ」
「お養父様……」
「孫とは、可愛いものだな。アラステアのところに、孫息子がいるだろう。今度、そちらにも寄ってみることにするよ。ちょうどアデライン嬢より少し上くらいだろうから、春の子ども会であの子もアデライン嬢と会えるだろう」
春。きっと、その頃には様々なものが変わることになります。
アディたちに残せる未来があたたかなものであるように、わたくしたちは頑張りたい。
支えてくださる人は、たくさんいるのだから。




