親子の語らいをするのは、見るよりやる方が大変でした
目を白黒させているわたくしには気づかず、ディオンはお養父様を客間に案内させると、自身の上着をダグに預け、再びアディを抱き上げるとわたくしに微笑みかけました。
「ディア、アデル、晩餐まで少し話せるかな? 今日のアデルはなにをしていた?」
「あのね! 今日はお茶会をしたの! ハンナと、ヘレンと、ニコラをお客様としてお呼びしたのよ!」
「お茶会を?」
「お茶会の準備はね、大切なのよお父様! あのね、まずお客様の好みや、苦手なもの、お家の関係を調べて、そこから席次やお出しするものを決めるの。知っていて?」
「お父様はお茶会を主催したことはないからなぁ。アデルはお父様より詳しいのだね」
父親に褒められて、アディがとても嬉しそうですわ!
ふわふわのほっぺたを赤く染めて、得意げに笑います。口の端がによによしていて、可愛いわ……!
「もう、お父様はしょうがないわね! お父様がお茶会をするときは、特別にわたしがお手伝いしてあげます」
「やあ、それは心強いな。準備には時間がかかるのかい? アークベリー公爵をお呼びするお茶会はできたりする?」
「え、うーんと……リディ母様、どのくらいかかる?」
お養父様とのお茶会!
思わぬ提案に驚きましたが、すぐに思考を切り替えます。お客様の情報がすでにあって、お茶菓子などがすぐに準備できると仮定いたしますと、招待状を書いて渡すくらいの準備で済むかしら……ああでも、肝心のお養父様の好みがわかりません!
「お客様の好みがわかっているのならば、あとは招待状の準備くらいかと……」
アディには言えません! 養父の好みがわからないなんて!
縋るような気持ちでディオンを見ると、わたくしと養父の距離感を知ってらっしゃるのか、安心させるような笑みを浮かべて頷いてくださいます。
「私のお客様だからね、好みなどは私から指示しよう。アデル、招待状だけお願いしてもいいかな?」
「時間はどうなさいますか?」
「午前中に打ち合わせがある。ディア、君にも参加してほしい。アデル、午後のお茶の時間より前、昼餐の後にお願いできるかな? お母様はお父様のお手伝いがあるから、午前中、アデルが主導して準備してほしい。おじいさまに招待状を書いて、渡すのはディアの侍女の誰かに頼むといい」
「わたしだけで!?」
「そう。できるかな? アデルにしか頼めないのだけれど」
てきぱきとアディを巻き込む形でディオンは明日の予定を組んでいきます。わたくしが手助けする必要なんて、もうどこにもありませんわね。親子だけで対話ができてますわ。
ディオンに頼られたアディは得意満面で、むふーっと興奮した様子で頷きました。
「任せてお父様! わたし、もうひとりでできるわ!」
「お父様とお母様にも招待状を書いてほしいな」
「書くわ! お父様、待っててね!」
……わたくしは、明日お養父様ときちんと会話できるかしら。
ディオンとアディのように仲良くお話しできるとは思えませんけれど、親として恥ずかしい姿をアディに見せるわけにはまいりません。頑張らないと……!
◇
その日の晩餐は、普段よりも緊張いたしました。普段よりも身支度に気を遣い、背を伸ばします。
王宮にいた頃のような緊張感に、少しおかしくなって笑いますと、鏡越しにわたくしが笑ったのが見えたのか、髪を結っていたエミリーの眉が少し上がりました。ふふ、おかしい。
公爵家の侍女たちはしっかりした人が多いので、わたくしがお化粧中に微笑んだとしても、さほど表情を変えることはないのですけれど、今日はエミリーも緊張しているのかしら。それとも、わたくしを気遣ってくださっているのかしら。
「今日もありがとう、エミリー。とても素敵だわ」
「奥様はいつも装い甲斐がありますから。ご家族に、奥様が健やかに幸せにお過ごしなされているところを、ぜひ見ていただきましょうね」
普段は言葉少ないエミリーがそんなことを言うので、わたくしは驚きました。
「エインズワースは奥様を大切に思っております。厨房も今日は力を入れているとか。奥様、ここの皆は全員奥様のお味方であり、応援隊であります。久しぶりにご家族とお会いするから緊張されることもございますが、いつも通りの奥様で大丈夫ですよ」
「エミリー……」
「使用人を代表して、皆の気持ちをお伝えさせていただきました。差し出がましく、申し訳ございません。ですが」
エミリーは、そう言うとわたくしの頬に手を添えました。鏡の中でぽかんとした表情を浮かべるわたくしの後ろで、エミリーの水色の瞳が微笑んでいます。
「ほら、奥様は笑顔が一番可愛いんです。エインズワース領に来てからの奥様が、一番可愛いんです。その笑顔をご覧になれば、きっとご家族様もご安心なされますよ」
エインズワース公爵家で働いているとはいえ、エミリーも貴族令嬢の一人。わたくしとお養父様に血のつながりがないことは知っているのでしょう。
侍女の領分から逸脱した物言いなのは承知していますが、今のわたくしにはエミリーの、屋敷の皆さんの気持ちがとても嬉しい。
「……嫌だわ、エミリー。わたくし、お化粧終わった後なのよ」
「お化粧の前にお話しすべきでしたね」
眦にたまった涙をそっと布で吸い、エミリーは楽し気に笑います。
ああ、本当にここに来てから、わたくしは変わってしまった。こんなに簡単に涙が出ることなんてなかったのに。
深呼吸を繰り返して、涙を押さえます。気持ちさえ落ち着けば、涙なんて出ませんもの。
「リディ母様!」
「アディ、用意はよろしいようね。一緒に参りましょう」
わたくしと揃いのドレスをかわいらしく着込んだアディは、はじけるような笑顔で部屋にやってきます。
アディの誕生会の際にディオンから贈られたドレス。アディはかわいらしく、わたくしはそれよりも大人っぽい意匠で。揃いだとわかるデザインなのに、それぞれの立場にふさわしいドレスに仕立てられているのは、本当に素晴らしいです。
「ドレス、とてもよく似合っていますわ。アディ、お姫様のようね。とても可愛いわ」
「えへへ、リディ母様とおそろいね。リディ母様も、お姫様みたい!」
「お父様のお見立てが素晴らしかったのですね。ふふ、わたくし、どなたかとお揃いの服装を家族以外の方に見せるのは初めてですわ」
「? おじいさまは、リディ母様の家族でしょう?」
家族。そう──家族、ですわよね。お養父様も、わたくしの。
「向こうのお家では皆が忙しかったんです。こんな風に、ドレスを披露する時間もなかったのですわ」
「そうなんだ……ちょっとさみしいね。おじいさま、喜ぶかな」
ドレスのスカート部分を少しつまんで、アディがふわふわとスカートを揺らします。
可愛い仕草に、知らず笑顔がこぼれてしまいますわ。アディ、わたくしの天使。あなたはいつも、わたくしの心を浮かべてくださるのね。
「きっと、ええ、きっと喜んでいただけますわ。わたくしも、お会いするのが楽しみです」
あなたと一緒ならば、きっとどんなところでもわたくしは強くいられる。いつだって笑顔になれましてよ。
アディとたわいない会話を交わしながら、正餐室に参ります。緊張するかと思っていたけれど、エミリーたちの応援のおかげなのか、アディの笑顔のおかげなのか、気持ちは軽いままです。
「お待たせしました」
「いや、我々もつい先ほど席に着いたところだ」
正餐室のテーブルには、すでにディオンとお養父様がおりました。お二人とも、食前酒を口にされていたみたい。
わたくしたちが席に着くと、同じように食前酒……ではなく、果実水が運ばれて参ります。どうしてか、食前酒に関してのわたくしの扱いはアディと同じなのですよね。飲めますのに。
「おじいさま、はじめまして。アデライン・エインズワースです」
「ああ……」
圧倒的に言葉の足りないお養父様に、アディが首を傾げます。
最近は言葉数が増えましたけれど、ディオンも王宮から戻った直後はさほど饒舌でなかったことを思い出しましたのか、ひとつ頷くと会話を続けました。
「おじいさまは、リディ母様に会いにいらしたのですか?」
「うむ……それも、ある」
「それも? お父様にも会いにきたの?」
「そうだな。少し相談があり、寄らせてもらったのだ」
お養父様はアークベリー公爵として社交をしていらっしゃるときは会話が上手でいらっしゃるのですけれど、家にいらっしゃるときは今のように寡黙でいらしたわ。
少し懐かしい心持ちで、わたくしも口を開きました。
「ご無沙汰しております、お養父様。皆様、お変わりはございませんか?」
「ああ。……お前も、元気になったようで、よかった」
思いがけない言葉に、内心驚きます。わたくしの様子を、気にしてらっしゃったんですの?
「はい……わたくし、こちらで元気にしております。夫も娘も、屋敷の者たちもよくしてくださいますので」
「健勝でいるのならばなによりだ。こちらの空気がお前には合っていたようで安心した」
ディオンとの縁談を組んだのはお養父様だと伺っております。
……心配を、かけていたのかしら。心配、してくださっていたのかしら。
この家に来て少し欲張りになったわたくしは、養父との距離を一歩縮めてみたくなりました。
「お養父様のおかげで、わたくし、幸せにやっておりますわ」
「そうか。子の幸せほど、安心するものはない」
「っ……!」
胸を衝かれて、思わず泣きたくなりました。
子の幸せ。それがどれほど安心するものか、今のわたくしは知っております。アディから、教えていただきました。
お養父様も、同じ気持ちだと。そう……思ってよろしいのかしら。
困ったわたくしがディオンに視線を寄せると、再び穏やかな微笑みで返されます。
「ええ……わかります。わたくしにも、わかります。子どもの幸せは、親の願いですわね。お養父様、ありがとうございます。わたくし、幸せですわ」
子どもでいた時はわかりませんでした。
これほどまでに心を寄せていただけているなんて、思ってもみなかった。これほどまでに心配をしてもらえていたなんて、思いもしなかったのです。
わたくし、子どもだったのだわ。たくさんのことが、見えていなかった。
今からでも、大切にできるかしら。わたくしに添えてくださっていたたくさんの気持ちに、きちんと感謝を返せるかしら。
わたくしがおそるおそる口にした感謝の言葉に、お養父様は黙ってうなずきました。
口の端に、微笑みを浮かべて。
◇
「ディオン」
寝室で二人──ええ、今はアディが子ども部屋で一人、わたくしとディオンが夫婦の寝室で二人という形で就寝しております──になると、わたくしはディオンにどうして養父がエインズワースに来たのかを尋ねました。
「もしかして、動きが?」
「ああ。お義父上は、この手紙を君に渡しに来た。名目上は新婚の娘の様子を伺うというものだが、本題はこちらだ」
「ディオン経由で渡すだけではいけなかったのですか?」
「君の様子も気になっていたのは間違いないだろうな」
おかしそうに笑いをかみ殺しながら、ディオンは白い封筒を一通手渡してきました。
宛名もなく、封蝋が垂らされただけのそれは、わたくしもつい先日ディオンに託したものです。
「──お返事をいただけるとは、正直思っておりませんでした」
封を切らずとも、これがあの方からのものであることはわかります。王子印こそ押されていなかったけれど、使われた封蝋の色には見覚えがあります。
わたくしは王宮で使っていた封蝋とは違う色を使ったのに、あの方は同じものをわたくしに送ってらしたのね。
「中身はご覧になられておられないのですね」
「ああ、これは君宛のものだ。宰相閣下もご承知の上だ」
これからの行動の基礎になるだろう情報が入っているだろうに、この封筒を手にした人たちは皆、中身には触れずにわたくしの許へ届けてくださった。……なんてありがたいのでしょう。
寝室に備え付けられている書き物机からペーパーナイフを手にすると、そっと封を開けます。
〝敬愛なる我が友へ〟
宛名を伏せるためでしょうか。あの方の手紙はそんな書き出しから始まっていました。
友。婚約がなくなった今、わたくしたちを表す言葉に選ばれたその文字に、わたくしはひどく嬉しい心地になりました。
憎まれていると思っていました。嫌われていると思っていました。けれども、あの方はわたくしを表す言葉に友人の一言を使ってくださったのです。
今まで重ねた年月がたどり着いた先は、わたくしをひどく喜ばせるものでした。
それがただ、嬉しい。
抱き寄せるディオンの暖かな腕に包まれながら、わたくしは文字を追いました。
そこには、かつて感じたあの方の聡明さ、素直さが残されていて、それがまた胸を締め付けます。
〝願わくば、あなたのたどり着いたその地で、あなたがただ、幸せに笑っているといい。
あなたに返せるものはほとんど僕に残されてはいないが、それでも僕にできることがあるのなら、僕もまた、あなたのように立ち上がりたいと思っている。
今まであなたに守ってもらった分、今度は僕が返す番だ。
あなたの幸せを守る剣の一振りとして、どうか使ってほしい〟
涙が止まらない。ディオンの胸に顔を伏せて、わたくしはただ泣き続けました。
背中をさすってくださるディオンの暖かな掌と同じくらい、胸元に抱きしめた手紙があたたかくて、どうやっても涙が止まりませんでした。




