祈るような気持ち
王妃陛下からもたらされた凶報をディオンと共有した結果、わたくしはかつての婚約者フィリップ殿下に手紙をしたためました。
真実の愛をなくされて、きっとおつらいはず。そんな中に不躾なお願いをすることは、本当ならば避けるべきことです。けれど、わたくしは使えるものはなんでも使うと決めたのです。フィリップ殿下が求めるならば、このエインズワースから離れること以外なら、わたくしはなんでもいたしましょう。
でも、殿下ならば。元は聡明な、王妃陛下のようなすばらしい存在を目指していた殿下ならば、きっと心を動かしてくれると信じて。
ディオンの手はずで離宮に手紙を届けていただいた後も、生きた心地がいたしませんでした。
わたくしが願ったのは、王位簒奪。その助力を願ったのですから、他に漏れたらただではいられません。アディやディオンに咎がかかるくらいならば、わたくしはこの身を以て償います。ディオンも、養父も、王妃陛下も、他の公爵家も、宰相閣下も味方をしてくださっておりますが、それでも他に非を問われるならば、迷わずこの身を差し出すでしょう。
でも、きっと。本来のあの方ならば。そう願って日々を過ごしました。
「リディ母様!」
そんな日々の中、アディの笑顔が癒しでした。この笑顔を守るためなら、わたくしなんでもしますわ。アディが幸せに暮らせる国であってほしい。
……今回のことは、わたくしが諦めればすべて丸く済む話です。諦めて、アディとディオンの手を放して、王家に嫁げばすべては丸く収まる。スティーヴン殿下か、陛下か、どちらに嫁ぐとしても、王宮にいた頃とやることは変わりません。それを選ぶのは、楽な道ではあります。でも、それを選んでしまっては、アディやディオンを悲しませるから。
わたくしがその道を選んだならばきっと、アディは泣きます。ディオンは──わたくしを取り戻すために最悪の道を選ぶでしょう。養父もそんなディオンに助力いたしますし、スティーヴン殿下のためにセントレス家も動くでしょう。だとしたら、わたくしが選べる道はひとつ。
「どうしたの、アディ」
「王都邸でお茶会を開くための復習につきあってほしいの。今度はマギー達でなく、ハンナとヘレンとニコラをお客様として呼ぶのよ」
勤務表の関係で選ばれたらしい侍女たちの名前を挙げて、アディはほがらかに笑います。貴族令嬢のお茶会に練習とはいえ呼ばれるなんてと、その背後でヘレンが青ざめていますけれど、そんな難しいものではなくってよ。商家の出とはいえ、ヘレンの礼儀作法はしっかりとしておりますから。それに、同じ初心者がいた方がアディも安心いたしますし。
「まあ素敵。じゃあ準備しましょうね」
「お父様は来てくださるかしら」
「お父様は……ちょっとおじいさまにお呼ばれしてお出かけするみたいだから、また別の日にお呼びしましょうか」
ディオンはわたくしの養父と会合があるようで、単身出かける予定が入っております。きっと王宮の件での相談でしょうから、お邪魔をするわけにはまいりません。
「おじいさま?」
「ええ、わたくしの養父ですの。アディはお会いしたことがありませんでしょう? だから、そのままこちらへ連れてきていただくようお願いしてありますわ」
血のつながった実の祖父君より先に会わせるのもどうかと思いますけれど、今後の話をわたくしとも詰めるにあたって、お養父様に来ていただくことはディオンとも話し合い済みです。わたくしも、久しぶりにお会いしたい。だってもしかしたら、お養父様とも、家族になれるかもしれないのですもの。
「楽しみ! おじいさま、どんな方?」
「……えぇと、そうですわね、えぇと、ちょっと怖い顔つきではありますけれど、優しい方だと」
どんな方と問われて答えられるほど、わたくし自身がお養父様と交流を持っておりませんけれど、アディに悟られるわけにはまいりませんわ。
「おじいさまもお父様と同じく公爵位にありまして、偉い方ですのよ。血筋としては王家の血を濃く引くお父様の方が上ですけれど、外交を司る者として外国を渡り歩くおじいさまは、お父様とは別のところでとても偉い方なのです」
「おじいさまはなにが好き?」
「えっ……なに、が好き……かしら?」
繰り出されるアディの質問にたじたじになりながら、わたくしはお茶会の支度にアディの意識を持って行きます。わたくしが準備してもいいのですけれど、どのような手順で行うか、アディ自身が覚えなければいけませんものね。
その後、アディと侍女たちとお茶会をしていると、ディオンがお養父様を連れて夕食前に戻るとの知らせがありました。一緒に晩餐を囲めると知ったアディは喜び、お茶会は早めにお開きにすることにいたします。
「わたし、おじいさまにお手紙を書きたいの」
「まあ! それは素敵ね。アディの本当のおじいさまにもお手紙を書きたいわね。そちらはお父様とご相談してからいたしましょうね」
シャーロット夫人のご実家との縁は、薄くなったとは聞いております。ですが、いがみ合って分かたれたわけではなく、あちらのお家も流行り病の影響でごたごたした結果、ディオンが多忙になり疎遠になったのだとか。
アディの血縁として残っているのは、すでに当主を退き、領地で療養されているお祖父様しかいないそうで、きっとアディが健やかに成長していると知りたいだろうと、ディオンに願ってわたくしから何度かお手紙を送らせていただいております。誕生会の際のアディの肖像画を送った際は、感激のお手紙と、アディ宛の贈り物がたくさん送られてきましたのよ。誕生会前にご連絡差し上げればよかったと、後悔いたしました。
「そっちのおじいさまとはお会いできるの?」
「ちょっと距離がありますから、容易にお会いできるとは言えませんけれど……お元気なうちにお会いしたいですわよね。お父様にお願いして、機会を設けていただきましょうね」
王都のごたつきが終わる前にそちらへ行くのは難しいかもしれませんけれど、社交期の後の旅行の行先の一つとしてお願いしたいところです。
◇
「ただいま! アデル、ディア!」
ディオンの快活な声が玄関ホールに響きます。エインズワース領に戻ってから、ディオンが単身ででかけることなどなかったので、こうやってアディと一緒にディオンをお迎えいたしますと、王都邸で初めてお迎えした時のことを思い出してしまいますわ。
あの頃はアディの顔すら知らず、疲労でぼろぼろの様相だったディオンですけれど、今は壮健そのものといった様子で、その美しい容貌に翳りはございません。笑顔で飛びつくアディを嬉しそうに抱きかかえ、わたくしに笑いかけます。
「おかえりなさいませ」
一方わたくしと言うと──とても緊張しておりますの。ええ、正直に申しまして、とても緊張しています。だって、お養父様とお会いするのは、結婚式以来ですし、本当はわたくしのことを思ってくださっていたとディオンから伺ったものの、お養父様から直接伺ったわけではない状態で──どういう態度を取ればいいのか、決めかねたまま再会を果たしたというところですの。
「……久しぶりだな」
「……はい」
「……健勝でいたか」
「……はい」
ぎこちない会話を交わすわたくしたちに、アディがぱちくりと目を瞬かせています。ごめんなさいましね、アディ。わたくしがいたらぬせいでびっくりさせてしまいましたわ。
「アークベリー公、ここは冷える。エインズワースは王都より気温が低いのです。さあ、早く中へ」
ディオンの仲介でぎこちなさをどうにかごまかし、お養父様を中へ招こうとしたときです。
アディを下ろしたディオンが、わたくしの手を引き、抱き寄せると共に頬に口づけをくださったのは。
「!?」
お養父様が見たことのないすごい表情でわたくしとディオンを見ました。多分きっと、わたくしも似たような表情ではなかったでしょうか。
「ただいま、ディア。変わりはない?」
「え……え、ええ」
なにが? 起こったの? え? 今なにが?
ディオン、アディとお客様の前でしてよ!
さすがに自分が大事にされていることを自覚したリディアですが、ただいまのキスには驚いた模様。
あと、自分が自己犠牲を発動した場合、ギデオンが軍を出すことについては、自覚したというより直接宣言された模様。内乱待ったなし。




