どうしていいのかわかりませんわ
たくさんの贈り物に囲まれて、アディが幸せそうに笑います。
アディの笑顔に癒される傍ら、ギデオン様が色々と話しかけてこられるので、わたくし、どういう顔をしたらいいのか困っております!
とりあえず笑顔を貼り付けていると、ずいと顔を近づけてこられますし……え、どうしたら? わたくしどうしたらいいんですの? 距離が、適切ではございませんわ! 成人した男女はもっと距離をあけて座るものですし、同じソファで座るものではありませんし、顔を近づけるなんてありえませんのよ! 触らないからいいというものではございませんわ!
なにより! アディが! 見ておりますから‼︎
「リディ、このご本読んでほしいの」
「ああ、これはトルニテの話だな。信仰に関しての話だから外交の際の勉強になる」
「お父様! お話の先を言っちゃだめなのよ!」
わたくしの右膝に乗るように身を乗り出してアディが甘えると、左耳の近くでギデオン様の声がいたします。その低い声はまるで弦楽器のようで、つい耳を傾けたくなる……違いますわ! なりませんわ! 近いんですのよ!
「これはティレット語で書かれているから、アデラインでも読めるな」
「お父様先をめくらないで! あのね、いつもご本はまずリディが読んでくれて、わたしが読むのはそのあとなのよ? お父様、知らないの?」
「リディアが先生なのだな。アデラインは本が好きかい?」
「ご本好き! あのね、リディ物知りなの! 一緒にご本を読むようになって、わたしたくさん言葉を覚えたのよ!」
「では、今度私からも贈ろう。なにがいいかな……」
「昨日たくさんもらったからだいじょうぶ」
父と娘の会話は素晴らしいことですけれど……どうしてわたくしを挟んでするんですの? その間にわたくしは不要では?
「アディ、ギデオン様のお隣へ……」
「! そうね……あ、ううん! だめなの! リディのおとなりにお父様がいなくちゃ!」
「それならアデライン、私の膝に来るかい?」
「えー、しゅくじょはお膝に乗らないんですぅ!」
「リディアの膝でも?」
「それは……別というかぁ」
ギデオン様とアディを隣り合わせで座らせようかと思えば、即座に首を横に振られてしまいましたわ。ギデオン様、わたくし、アディの並びは変えてはいけないようです。
困惑しているわたくしをよそに、二人は楽し気におしゃべりをしています。
仲が良いことを喜べばよろしいの? わたくし、どうすれば?
わたくしたちの結婚は書類上のもの。夫婦らしい触れ合いなどございませんし、今だって距離は近いですけれど、けして身体が触れ合うことはございませんもの。わたくしは公爵夫人として恥ずかしくないよう家政を回し、社交をし、アディが家を継ぐために相応しい教育を施すのが役目です。だから、こんな風に……家族の触れ合いに混じるのは申し訳なく思います。
そんなことを考えておりますと、左隣のギデオン様が、いかにもいいことを考え付いたというように「じゃあ」と口を開きました。
「アデラインを抱っこしたリディアを私が膝に乗せよう」
「それならいいわ!」
「よくないです! なんでそんな発想になるんですの!」
どうして! そんな展開を思いつくのですか!
思わずギデオン様の顔をにらんでしまいますと、ギデオン様はいたずらが成功したといったような笑顔を浮かべ、声を上げて笑い出しました。
「いや、アデラインは君に甘えるけれど、君は私に甘えないなって」
「そういうお話ではございませんわ!」
「え、わたしはリディとお父様がなかよしなのがいいな……」
「まあ! わたくし、その、ギデオン様が嫌というわけではございませんのよ! ただその……」
「リディアは恥ずかしがり屋のようだよ、アデライン。お父様も頑張らなくてはいけないね」
「お父様がんばって!」
やめてくださいませ!
いつでも甘えてくれていいし、二人を甘やかしたいんだけれどとおっしゃるギデオン様に、わたくしはなすすべもなく両手で顔を覆うことしかできませんでした。
◇
この日から、ギデオン様は少しの時間でもわたくしやアディと過ごそうとされるようになりました。
アディのためにはとてもよいことですのよ? 今までがおかしすぎたのです。今ではアディはギデオン様にしっかりと懐いて、誰が見ても仲の良い親子だと申せましょう。
ですけれど、その親愛をわたくしにも分けてくださろうとなさるのは、少々……こう、座りが悪いと申しますか、いたたまれないと言いますか──そうですわね、わたくしも、こういった情のやり取りの経験が乏しいため、どう反応していいのかわかりかねますのよ。
だって、わたくしは……真実の愛ではありません。あくまでも、ギデオン様にとってわたくしは、無理やり宛がわれた後妻。愛情を向ける先ではございません。
だから、その優しさを……言葉通りに受け取っていいのか、測りかねますの。
アディが喜ぶから、三人でお話しするのは大歓迎ですわ。食事も、皆で取ると楽しいもの。
でも……二人きりでの対話を求められてしまうと、わたくし、どうしていいのかわからないのです。
「ね、お父様、ここの発音を教えてほしいの」
「ベルンドーク語だね。〝うさぎ〟……そう、唇を丸く突き出すようにして発音すればきれいにできるよ」
「ちゅーらい」
「トゥ」
「てゅー」
考え込んでいると、アディの勉強をギデオン様が見てくださっていました。……わたくしじゃなくてもアディは学べるようになってきましたし、そろそろきちんとした教師をつけるべきかしら。そうだわ、ギデオン様と二人でお話しするときは、アディの話題を出せばよろしいのではないかしら。これならわたくし場を持たせられる気がしますわ!
「アデラインは言葉に興味があるのかい?」
「せっかくみんなが選んでくれたんだもの。わたしが自分で読めるようになって喜んでほしいの」
誕生日プレゼントの絵本を胸に抱えて、アディが笑いました。喜んでほしいと、そのために努力を惜しまないアディのまばゆさに胸がしめつけられます。わたくしは、学ばなければいけない環境だったから必死に机に向かっていましたけれど、アディはそんなつまらない理由ではなく、楽しんで勉強をしている。それが、とてつもなく嬉しくて。
「いつか、わたしもベルンドークに行ける?」
「どうだろう、なかなか女性は外国に向かうことは少ないけれど、アデラインが望むならリディアと三人で行こうか。ねえ、リディア」
きらきらと雪空の目を輝かせてアディが問うと、同じ色の瞳をほころばせてギデオン様が頷きます。
当たり前のように自分が組み込まれる未来の予定に、わたくしは唇を嚙みました。
そこにいてもいいのだと、そこにいるのが当然だと、そんな風に言われたみたいで。
「ベルンドークでも、メストラーテでも、アディが行きたい場所にわたくしも参りますわ。──もちろん、ギデオン様と一緒に」
だから、少しだけ勇気を出して、甘えてみることにしたのです。
許されるかしら。許して、受け入れてもらえるかしら。
あの夜みたいに。
「一緒ね! 嬉しい!」
「もちろん、私が二人を連れて行くよ。君たちの望むところまで」
──わたくし、こんなに幸せでいいのかしら。
二人がなんてことないように微笑むから、わたくしは夢を見ているような心地になりました。
目が覚めたら、あの冷たく窮屈で、罠や悪意に満たされた王城にいたりしないかしら。
あの頃のように、息もつけないほどに足掻かなければ、この幸せは失われてしまうかしら。
不安に襲われたのが伝わってしまったのでしょう。ギデオン様の笑顔がなだめるようなものに変わり、そっと頭を撫でられました。
「リディアは行きたいところがあるかい?」
「わたくし……」
問われて、初めて考えます。わたくしの、行きたい場所。
今まで行ったことのないところがいいですわ。公務と関係ない場所が。でも、具体的にどこと言われても出てこなくて。
「では、これも一緒に探そうか。家族旅行の行先は皆で決めた方が楽しいだろう?」
「! みんなで旅行! 楽しみ! ねぇリディ、どこがいいかなぁ。絵本で見た場所もいいし、図鑑で探した牛さんがいるところも見てみたいし! どこに行くか地図を見て考えなきゃ!」
頬を紅潮させてアディが立ち上がろうとしたため、慌てて手を貸します。スカートを引かれる形でわたくしも立とうとして、こちらはギデオン様が手を貸してくださいました。
「我が家のお姫様は気が急いているようだ。アデライン、図書室は逃げないよ。ほら、服を引いてはリディアが危ない」
「ごめんなさい! リディ、痛くはなかった?」
「大丈夫ですわ。わたくしも早く地図が見たくなりましたから、ちょうどよかったんですの。アディ、手を繋いでくださる?」
アディの小さな手が、わたくしの掌の中に納まります。わたくしのエスコートはギデオン様、アディのエスコートがわたくし。まるで、本物の家族のよう。
──いえ、家族に、迎えていただけたのだと、思います。思いたい。だって、家族旅行だとおっしゃったもの。
「わたくし、こんなに楽しみな旅行は初めてですわ!」
「それはよかった。君やアデラインが笑顔になれる場所を探そう」
胸がドキドキと高鳴って、痛いくらい。でも、びっくりするほど不快ではありません。
甘えてみて、よかった。勇気を出してみて、本当によかったですわ。
だから、少しだけ、もう少しだけ欲張ってみてもいいかしら。
「わたくしが笑顔になれる場所は……このお家ですわね。アディと、ギデオン様がいるところ」
ドキドキしながらそう口にしてみると、アディとギデオン様が少しほほを赤らめながら笑ってくださいました。顔立ちは似ていないのに、笑顔が似ているのは、親子ですわね。




