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20/22

宴の後に、二人で向かい合います

「疲れているところにすまない、色々と相談したいことがあって……」

「あ……いえ、疲れてはおりませんの。大丈夫です」


 ギデオン様の私室に向かうと、レイラとギデオン様の侍従であるダグの手によって、お酒や果実水の準備がどんどんなされて、あっという間に二人きりになってしまいました。ドアを閉める際にレイラが笑ったのが気になりますけれど、あの、完全に閉め切らないでいただきたいと申しますか……いえ、特に問題があるわけではないのですけれど、完全なる二人きりは、その……初夜以来なので緊張してしまいますわ。あ、いえ、ヴァーノン湖の舟の上は二人きりでしたから、それ以来ですわね!

 ギデオン様とはティーテーブルを挟んで向かい合っておりますが……一体なんのお話かしら。


「あなたはお酒をたしなむだろうか。果実水と、薬草茶も準備はしてもらっている」

「あ……それでは、薬草茶をいただきますわ」


 お酒は夜会などで口にしたことはございますけれど、眠くなってしまうので、好んで選ぶことはございません。

 ああ、ギデオン様はお酒をたしなまれますのね。琥珀色のそれは、葡萄酒(ワイン)ではなく、蒸留酒(ウイスキー)かしら。麦の産地であるエインズワースで有名なお酒ですわ。

 双方の手元に飲み物が置かれると、ギデオン様は覚悟を決められたようなお顔をして、勢いよく頭を下げられました。えっ、待ってどうなされたのですか⁉︎


「まずは謝罪と感謝の意を告げたいと思っている。エインズワースに戻ってきても、ずっとあなたとの時間が取れずじまいで申し訳なかった。あなたが忙しくている私の補助をしてくれたので、どうにか色々なことに目途がつきそうだ。アデラインの誕生会の準備までしてくれて、あなたにはどれだけ感謝しても足りない。本当にありがとう」


 真面目なギデオン様はそう言うとさらに深々と頭を下げられました。いやですわ、わたくし、当たり前のことしかしておりませんのに!


「ギデオン様、やめてくださいまし! わたくし、当たり前のことしかしておりません。家の差配をするのは貴族夫人の仕事でしてよ。それに、アディのお祝いはわたくしがしたくてしたことですの。むしろお力を貸してくださって嬉しく思っておりますわ」

「それでも、あんなにアデラインが喜ぶ場を設けたのは、あなたの力だ。私ではあのように喜ばせることはできなかった。本当に、あなたがいてよかった」

「!」


 ──お前は本当に無能だな!

 ──なんでこんなこともできないんだ!

 ──やれやれ、こんな方が未来の王妃候補とは……このままでは殿下の立太子が危ぶまれますね。

 ──王妃陛下のお役に立つのではなかったのですか?

 ──あたしが必要だって、フィル様が。

 ──あたし、役に立ててます! あなたよりも役に立ってるって、みんなに言われました!


 ぐぅっと、咽喉が締まりました。嫌だわ、なんで……今更。わたくし、だって。

 ぎゅっと膝に置いた手のひらを握り締めます。爪が食い込む痛みに集中をすれば、いつだって大丈夫です。笑えますもの。大丈夫です、大丈夫、いつだって大丈夫でしたから。


「……わたくし、役に、立てておりますか……?」


 けれども、つい、ほろりとそんな言葉が漏れてしまいました。はっと口元を押さえますが、こぼれてしまった言葉は戻りません。なんてはしたない質問を! きっと呆れられてしまったに違いありません。役に立つのなど当たり前のこと。それなのに、わざわざ確認しようなど、あさましい……!

 けれども、ギデオン様は嫌な顔すら浮かべず、それどころかひどく不思議がるような表情でわたくしを見つめました。


「あなたは誰よりも頑張っていると思うが? 使用人たちからもあなたの頑張りは聞いているし、なによりあなたがいなくては、我が家は成り立たないのは自明の理であると思っている。役に立つ立たない以前に、あなたがいなくては駄目なのだ。アデラインを始め、私だってあなたがいなくては困ってしまう」

「わたくし……あ、の」

「誰かになにか言われたのか? あなたは私の妻であり、アデラインの義母であり、大切な家族だ。そこにいるだけでいいのに、あなたは誰よりもこの家を、領地を大事にしようと動いてくれるではないか」


 もう何も考えられなくなったわたくしは、薬草茶の入ったカップを見つめました。淡い緑。ああ、いけません。俯くなんて、みっともない。顔を、上げなければ。ええと、普段はどうしていたかしら。笑って、発言の真意と裏の意味を考えて……。


「私もアデラインも、あなたに守られてきた。だが、私もあなたを守りたい。情けない夫であり父なのだが、あなたさえよければ寄り添いたいのだ」

「…………」

「今日話そうと思ったのもこのことだ。私とエインズワースの方に余裕がなく、白い結婚を保ってもらっていたため、あなたを不安にさせていたことと思う。だが、そのためにあなたが無理に頑張る必要はないのだ。あなたはアデラインに寄り添ってくれた。余裕のない私を支えてくれた。私は、私たちはあなたがいてくれたから家族に戻れた。使用人たちも、働くのが楽しいと言ってくれているのは、あなたが不備なく家を回してくれているからだ。そんなあなたが無力なわけも、役に立っていないわけもないではないか。あなたをエインズワースに連れてきてしまったのは国力を損なうことだと理解はしているが、だが、あの場に戻ることはあなたの義父(ちち)君が望んでいないし、私も望まない」

「……義父、が」

「ああ。私にあなたとの縁談を持ってきたのはアークベリー公爵だ。あのまま王宮にいたのでは、あなたはジョナス王の側妃に上がることになる。それは望まないと、逃すためにも私の後添いとして受け入れてくれないかと」


 ギデオン様が語られたのは、思いもよらなかった結婚の裏側でした。


「義父は……わたくしが王族に嫁ぐことを望んでいるものだと」

「家のためにはそうだろう。だが、あのままあなたが使いつぶされることを望んでいるだけではないのだと思う。あなたの優秀さを褒めておられたし、また、その力が私やエインズワースのためになるから大事にしてほしいと」


 ああ、どうしましょう。わたくし、ねぇ、こんな……。

 熱くなった瞼をぎゅっと閉じた時、せわし気なノックの音が耳に飛び込んでまいりました。


「どうした」

「すみません、お嬢様が……」


 ニコラの上擦った声に、思わずソファから立ち上がります。アディ、どうしたのかしら!


「ギデオン様、すみません、わたくし行ってまいります!」


 あのままギデオン様の前にいては泣いてしまいそうだったわたくしは、淑女にあるまじき行動なのはわかっておりましたが、お返事を待たずに部屋を後にいたしました。

 だって、もう! 無理なのです!


  ◇


 アディの眠っていた寝室の部屋の扉をあけるやいなや、絶叫のようなアディの泣き声が耳を貫きました。


「やあああああっ!」

「お嬢様!」


 寝台の上で泣き叫ぶアディを、ハンナとマーサがなだめようとしているのが見えます。抱きしめるように身体を押さえるマーサに、必死に声をかけるハンナ。けれども、アディはそのどちらの様子も声も届いていないようで、両手を振り回しながら全身で叫んでいました。


「アディ! アディ、どうしたの⁉︎」

「あああああっ、やだ、リディ、リディいいいいいい!」

「わたくし、ここにおりますわよ、アディ、大丈夫ですわ!」

「やだ、やだ、行っちゃやだあああああっ」

「どこにも行きません、大丈夫、大丈夫ですから……!」


 ハンナと代わるようにしてアディの側へ駆け寄りましたが、わたくしを呼んでいるはずのアディは、どうしたことか一切わたくしの存在が目に入っていないように泣き叫び続けます。ええ? どうして? どうしてなの?

 顔を真っ赤にして、反り返るようにして叫ぶアディは、なにをどう声掛けしても聞き入れてくださいません。目は開いているのに、なにも映していないよう。

 怖い。ねぇ、どうしたらいいの、こういうとき、どうすればいいの?

 わたくしが本当のお母様だったら、どうにかできることなの?


「ね、ねぇ、今までこのようなことはございましたか⁉︎ 王都邸でも、こんな感じでしたか⁉︎」

「いえ、こんなことはなくて……私もこのようなお嬢様は初めてなのです」


 暴れるアディを抱きしめながら、わたくしはハンナの返答に困惑いたしました。どうしたらいいの、ねぇ、誰か助けて……!


「リディア……アデライン⁉︎」


 アディを抱えたまま途方に暮れたわたくしのところへ、ギデオン様が駆け寄ってくるのが見えました。


「ギデオン、様……」

「あああああっ!」


 わたくしがホッとしてしまった瞬間と、アディが反り返った瞬間が同じでした。腕から抜け出てしまったアディを、わたくしごとギデオン様が抱き留めます。そのままぎゅっと抱きしめられると、どうしようもない安心感がありました。あたたかくて、少しの薔薇の香りと、深い森のようなさわやかな香りがして、わたくしでは受け止められなかったアディの身体もやすやすと抱きしめて──


「ふ、ふえぇ……」


 ──私もあなたを守りたい。


「リディア⁉︎」


 わたくし、もう一人で頑張らなくていいの?

 ギデオン様の腕の中で、アディをぎゅっと抱きしめます。先ほどまで、わたくしの力では止められなかったアディ。でも、今は抱きしめられるわ。

 汗ばんだアディの顔が、ぼやけて見えます。咽喉が引き攣れて、胃が絞まるようにしゃくりあげてしまう。怖かった。アディがどうにかなってしまうのではないかって。真っ赤な顔をして、わたくしすら見ないまま、叫ぶアディ。でも、ギデオン様が来てくれたから。

 ゆっくりとアディの瞼が閉じられます。すうっと安定した呼吸の音が聞こえて、腕の中のアディから力が抜けました。ことん、とわたくしの胸元に落ちてきたアディの頭に、とめどなく水滴が落ちて。


「ふぇえええ……」

「奥様⁉︎」


 もう大丈夫なんですのね。

 大丈夫って自分に言い聞かせて、ひとりでどうにかしなくても、助けていただけるのですね。

 わたくし、ひとりじゃないんですのね。


 アディを抱きしめたまましゃくりあげるわたくしを、そのままギデオン様は静かにぎゅっと抱きしめてくださいました。

 わたくしが泣き止むまで、ずっと。

リディアさん、ようやく泣くことができました。

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