宴の後に、二人でお風呂ですわ
水曜固定で更新していましたが、土曜0時更新に変更しました。
また、魔法も出ないのにハイファンタジーなのもなにか違う気がしたので、ジャンルをハイファンタジーからヒューマンドラマに変更します。
アディの誕生会は大成功でした。
軽食を口にした後、山のようなプレゼントを開いてみたり(あまりの多さに、途中から笑ってしまったくらい!)、再び手を繋いで音楽に合わせて跳ねてみたり。
終始笑顔のアディ。この笑顔がわたくしへのご褒美ですわね!
夢のような一日だからなのでしょうか、あっという間に時間は経ち、お開きの時間となってしまいました。たくさん動いたから眠くなったかしらとアディを見ると、興奮しているのか目はきらきらとして、眠気のかけらも見当たりませんわ。
「さあ、湯を使って寝る時間ですわ、アディ」
「えー、まだ眠くないのに……。まだ起きていてはダメ? だってわたし、もう八歳よ?」
就寝を促しますと、アディはぷっと頬を膨らませます。尖らせたお口が可愛いですわ。
成年にまだ届かない八歳は確実に子どもなのですが、アディからしたら一つお姉さんになったということは、もう子どもではないという認識になっても仕方ありませんわよね。
「そうですわね、もう八歳ですものね。でも、ダンスやなにやらで汗をかきましたでしょう? 少なくともわたくしは湯を使ってさっぱりしたいですわ。ね? ここはひとつ、わたくしと一緒に浴室に参りませんか? 今日はね、花びらを浮かべていただいてますのよ。とてもいい香りなのですって」
領邸の私室には、もちろん各室備え付けの浴室がございますが、わたくしもアディもたいてい領主家用の浴室に参ります。
これはとても珍しいものらしくて、わたくしも王都では見たことがございません。王宮には、王族専用と賓客専用の大きな浴室がございますけれど、王宮で暮らしていても輿入れ前の身であったわたくしは拝見したこともございません。なので、大きなバスタブというものは、エインズワース領に来て初めて目にしたのですわ。陶器製のちいさなバスタブにお湯を張るのだけでも貴族の特権だというのに、それが四人も入れるくらいに大きいなんて!
「アディのおばあ様、エリザベス様のために作られたバスタブなのだそうですよ。とても珍しいものなのです」
「リディはお風呂好き?」
「! そう……ですわね、ええ、わたくしあの大きなバスタブはとても好きですわ。手足を伸ばして入れるから、お湯に溶けてしまいそうな心地になりますの」
「リディの好きなものなら、わたしも入る」
花開くように笑うアディに、わたくしも嬉しくなって微笑みます。シャーロット様、こんな愛らしい天使を産んでくださってありがとうございます……!
でもきっと、ご自身でその成長を見守りたかったですわよね。わたくしならそう思ってしまいます。可愛い我が子を遺して逝かれるのは、とてもとても無念でしたでしょう。
さみしくないように、定期的にアディと墓参しなくては。エインズワースのご先祖様の中にいらっしゃるマリーリア姫たちにもご挨拶したいですし。
「なんのお花が入っているの?」
「ポーラが言うことには、秋薔薇ですって。花束を作る際に一緒に摘んだそうで、とても香しいと言っていましたわ」
横に控えるポーラに目線で確認すると、ポーラもまた嬉しそうに頷きます。わたくし付きのレイラやエミリーより年上のポーラは、普段は冷静で落ち着いた人柄ですけれど、そんな彼女が微笑みをこぼしてしまうのも、きっとアディの愛らしさゆえね。
「何色のバラかなぁ」
「見てのお楽しみですわね」
「青はあるかなぁ」
「青い薔薇はまだ存在しませんのよ。研究者の方が色々試行錯誤してらっしゃるそうなんですけれど、美しい青い花は生まれていないのですって」
「えっ! ないの? 後で図鑑を見たいな……バラって何色があるのかな」
手を繋いで歩きながら、薔薇の話をいたします。最近のアディは色々なことに興味がでてきていて、気になったら図鑑をめくるのです。可愛いうえに賢く、勤勉なんて……素敵な令嬢ですわね、アディ!
◇
お風呂というものは一人で使うもの。わたくしはそう思っていました。
侍女たちに髪や肌の手入れを任せるものの、誰かと一緒に湯を使うということは考えもしませんでした。なのに!
「気持ちよかったねぇ」
「そうですわね、薔薇もいい香りでしたし」
「バラ、いろんな色があったね」
「ええ。暖色系でまとめられていて、とても華やかで可愛らしいお風呂になっていましたわ」
「また入りたいね」
「また来年、アディのお誕生日には設えていただきましょうね」
湯から上がって身体や髪を拭いてもらいながら、アディとそんな会話をしつつ、わたくしはひっそり思っておりました。
──アディと入るお風呂って、最高ですわ!
はしたないと謗られてもかまいません。だって、おしゃべりしながら入るお風呂の楽しさなんて、わたくし知らなかったんですもの!
侍女たちは湯加減や力加減などを訊くことはあっても、雑談はいたしません。ただでさえ時間のかかる手入れですから、おしゃべりに興じていては湯が冷めてしまいますわ。
でも、でもね、とても楽しかったんですのよ? お誕生日の特別感もあるのかもしれませんが、普段のお風呂よりももっと楽しくて。ええ、わたくしまた〝好きなもの〟をひとつ見つけましたわ!
「リディとのお風呂、楽しかったからまた入りたいな」
「! え、ええ! ぜひご一緒しましょうね!」
楽しいと思ったのがわたくしだけでないなんて、とても幸せですわ!
思わず嬉しくなってアディと笑い合っていると、湯の介助をしてくれていたポーラとニコラの姉妹が微笑みながら会話を切り上げるよう声掛けをしてきました。
「奥様、お嬢様、そろそろお部屋に参りましょう。身体が冷えてしまいます」
本来濡れた髪の毛の手入れなどは寝室で行うのですが、それは浴室が寝室の隣にあるから。この大きな浴室は寝室とは別の階にあるため、着替えや手入れのための部屋が続き部屋となって存在しています。
何度も布を換えて拭いてもらった髪に香油を刷り込んでもらい、軽く編んでもらうと、わたくしとアディはガウンを羽織って寝室へ向かいました。
大きなお風呂は気持ちいいけれど、この格好で廊下を歩くのだけがどうしても恥ずかしくて耐えられません。屋敷の廊下ではなく、直接こちらの浴室と領主一族の私室がある階を繋ぐ階段を通るとはいえ、夜着で部屋の外を歩くという行為が慣れませんわ。
横目でアディを見ると、変わらず楽しそうにしていますわ。アディはすごいですわね……わたくしもその胆力を見習わなくてはいけません。
あらあら、アディったら、湯を使ってあたたまったせいか、眠くなってきたのかしら。大きなあくびをしていますわ!
「アディ、ベッドでゆっくりしながら本を読みませんこと?」
「うん……」
「なにがよろしいかしら。図鑑より、物語の方がよろしくて?」
「うん……」
うふふ、可愛い。ぼうっとしながらも、わたくしの話に頷いていますわ。
ふいに側に控えていたニコラが何冊かの本を差し出してきます。まあ、これは新しい絵本ですわね! たしか、わたくし付きの侍女と、アディ付きの侍女が、連名で贈ってくれた品だったはず。
「今日いただいた贈り物の中に絵本がございましたのよ。ちらりとだけでも拝見いたしませんこと?」
「うん……わたし、このうさぎさんの本がいい」
眠い中でも本を選ぶのは、それだけ関心が高いのでしょうね。もっと意識がはっきりしているときに読んだ方がよかったかしら。でも、馴染みの本より新しいほうが喜んでくれる気もいたしますし、なにより誕生日の贈り物ですもの。挿絵を見るだけでも嬉しい気持ちで眠りにつけるのではと思うのですけれど……この場合、なにが正解なのかしら?
「これはベルンドーク王国のお話ですわね。ベルンドーク語で書かれておりますから、わたくしが読ませていただきます」
ベルンドーク王国はティレット王国より北方にある国です。わたくしの結婚式の直前に国王陛下が退位なされて、王太子殿下の戴冠が来月に行われる国ですわね。本来ならばフィリップ殿下と共に向かうはずでしたけれど……今の状況はどうなっているのかしら。
「リディ?」
「ごめんなさい、アディ。では読みますわね。昔々、ミューネットの森に足の速い、けれどもとてもちいさなうさぎがいました……」
これはベルンドークの昔話ですわね。今よりも速く走りたくて、足の速い馬のように大きくなれば早くなれると思ったうさぎが、どうにかして馬のように大きくなろうとするお話です。
「わたしはもっと速くなりたいんです、とうさぎは言いました。わたしの脚はこんなに小さいから、お馬のように大きくなればきっともっと速く走れるでしょう……」
誰かのようになれば、今よりもずっと役に立てる。少しだけ、主役のうさぎと以前の自分が重なります。……アディは、誰かのようにならなくてもよろしいの。だってそれは、とても苦しいことだから。
「神様、どうか……あら」
肩口に当たるアディの柔らかな銀髪から垣間見える、ふっくらとした頬やかすかにとがった唇が、静かに一定の動きをしています。寝入ってしまったみたい。寝台の側に控えていたニコラに視線を送りますと、黙ってうなずきました。
ポーラとニコラがそっとわたくしに持たれていたアディを寝台に寝かしたとき、控えめなノック音が聞こえ、音をたてないようにしてわたくし付きのレイラが寝室にやってきました。どうしたのかしら。
「旦那様より、相談したいことがあるので、お時間が許すようならお会いしたいとの伝言を承ってまいりましたが……奥様、動けそうですか?」
「ええ、アディは寝てしまったので、ギデオン様のところに参ります。身支度をお願いしても?」
本当の夫婦ならば夜着でお会いすることもできるでしょうけれど、わたくしとギデオン様は白い結婚。アディを育て、このエインズワース家を盛り立てるための存在であるわたくしが、はしたない格好でお目見えするわけにはまいりませんわ。
柔らかな素材の夜着からハウスドレスに着替えると、軽く髪を整えてもらってギデオン様の私室へ向かいます。ああ、やっぱり窮屈なコルセットがないだけで、着替えもこんなに憂鬱でなくなるのね。こんなに気が抜けていて、わたくし、社交界に戻れるのかしら……。
ポーラ「この母娘、見てるだけでにやにやしちゃう……!」
ニコラ「お姉様、わかります……!」
リディアやアディについている侍女たちは、みんな穏やか系。
王都邸からアディについてきたヘレンが唯一ちょっと気が強いタイプで、同じ裕福な平民という立場から、こっそりエルマを嫌ってました。アデラインを救出したいけれど、上の人たち動かないし歯がゆい!と思っていたので、貴族出身の侍女に混じって率先してアディ付きに立候補しました。
レイラ:王都邸組。リディアの秘書的存在。子爵令嬢。仕事が面白いのでお見合いは断り出した。
エミリー:王都邸組。リディア担当。子爵令嬢。結婚するなら領地で相手を探すのもありかと思い出した。
ポーラ:領邸組。リディア担当。三人の子持ち。男爵夫人。最近仕事が楽しい。
ミシェル:領邸組。リディアの侍女頭。元はエリザベス王女の侍女。夫はウェゼリー卿。子爵夫人。
ハンナ:王都邸組。アディ担当。一男一女の母。夫は騎士。家族で領地にやってきた。
アリス:王都邸組。アディ担当。実は未亡人。元子爵夫人だった。もう結婚はいいかな。
ヘレン:王都邸組。アディ担当。裕福な商家の娘。王都邸はおかしかった!
ホリー:王都邸組。アディ担当。男爵令嬢。結婚が嫌で働きに出ていた。アリスとは仲良しで職を紹介した。王都邸のケリーとは叔母と姪の関係。
マーサ:領邸組。アディ担当。代々エインズワース家に使えている。一時シャーロット付きだった。
ニコラ:領邸組。アディ担当。実はポーラの妹。




