幸せなお誕生日と花束2
「わぁ!」
大広間に入ってきたアディの第一声は歓声でした。なんて嬉しいことでしょう。
「え、え、これ、どうしたの?」
パッとギデオン様の手を離すと、アディは薄藍のドレスの裾を翻し、飛び込むようにして広間に入ってきます。きょろきょろとあたりを見回しては、わたくしやギデオン様の顔を見るのが可愛くて可愛くて……ねぇ、可愛すぎませんこと?
あまりの可愛さに感激しているのはわたくしだけではなかったようで、準備に奔走してくれた領邸の皆もまた、頬を緩ませております。わかります、わかりますわ! 本当に嬉しいですわよね! そうですの、この反応が見たかったんですのよ!
「さあ、アデライン。こちらへ」
「お父様、あの、これは? ねえ、これはなに?」
「アディ!」
ギデオン様に連れられるようにしてわたくしのところへ来たアディは、頬を紅潮させ、目を丸くしております。
「アデライン。今日は君の誕生日だ。覚えているかい?」
「たん……じょうび?」
もう、ギデオン様! 誕生日を祝ってこなかったアディにそんな言い方をしても通じませんわよ! アディが首を傾げているじゃありませんか!
もどかしくなったわたくしは、アディと目線を合わせ、そっとその手を両手で包みました。
「アディ、お誕生日おめでとうございます。七……いえ、もう八年前ですわね。八年前の今日、アディが生まれたのですわ。生まれてきてくださってありがとうございます、アディ。わたくし、アディの誕生日を祝えてとても嬉しいですわ」
ようやく今日が自分の生まれてきた日であって、この催しがそれを祝うためのものだと理解したアディの目が輝きます。キラキラしたその目に射抜かれて、わたくしきゅんきゅんいたしますわ!
「え、じゃあ、これ……わたしの、ため?」
「そうですわよ。お屋敷の皆でアディを祝おうと計画したのですわ」
わたくしの言葉に、アディが再び部屋を見回します。愛らしく華やかに飾り付けられたそれが、すべて自分のためと理解したアディは、うるりとその雪空の瞳を潤ませました。
「嬉しい……!」
「たくさん言わせてくださいまし。可愛いアディ、わたくしの天使。生まれてきてくださってありがとうございます。あなたに会えたことが、わたくしの人生において一番の幸福ですわ」
「嬉しいぃ……」
「リディア、これ以上はアデラインが号泣してしまう。アデライン、本当に今まですまなかった。これからの君の人生が輝かしいものであれるよう、全力を尽くそう。……生まれてきてくれて、ありがとう」
「おとぉさま……」
「なにを贈ればいいか、とても悩んだのだが……君はリディアとお揃いが好きだから、私からは彼女と揃いのドレスと、これを」
ギデオン様の言葉に合わせ、侍従のダグが青いリボンのかかった大きな箱と花束を持ってまいりました。ギデオン様は花束を手に取ると、アディに手渡します。薄紅のリボンがかかったそれは、青い桔梗や竜胆に白の秋薔薇が添えられています。派手ではない、可愛らしいそれを手にしたアディは、涙をこぼしながら笑いました。
「お花、かわいい、です。バラは、お母様と一緒、ね? 青い花は、リディ」
そっとアディの頬にハンカチを当てたハンナが、ハンカチをしまうとアディの手から花束を受け取ります。渡す前に一度ぎゅっと抱きしめるのが可愛いわ。
「ありがとう、お父様」
「喜んでもらえて嬉しいよ。これからは毎年祝わせてくれるかい?」
「ええ!」
ぎこちなかった親子関係はもはやなく、そこにいるのは仲の良い親子の姿です。……よかった。本当に、よかったですわ。
「リディア、あなたにはこれを」
「え?」
二人の姿を眺めていたわたくしに、ギデオン様がもうひとつの花束を手渡してきました。銀のリボンがかかった薄紅の薔薇の花束。淡い色合いの花は、薔薇なのに主張が激しくなく、かわいらしいものでした。
「お揃いだ。ドレスもあなたの部屋に運ばせてある」
「え……わたくし、に、も……ですの?」
「ドレスについていえば、以前揃いのものを贈ると約束しただろう? 花は……その、あなたの好きなものを増やせたらなと思って」
「わたくし、好きなものはたくさん増えましたわ……」
「まだまだ足りないよ。好きなものなんて、数えきれないくらいにあっていいんだ」
わたくしが花束とギデオン様を交互に見るのがおかしかったのか、ギデオン様はふんわりと微笑まれました。
わたくしの好きなもの。エインズワース家に来て、それはたくさん増えています。でも、数えきれないくらいにあっても……いいものなのでしょうか。贅沢だと、わがままだと嫌がられたりしない?
「薄紅が好きだと言っていたよね。花畑のあの花とは違うけれど、この季節の花もあなたの好みに合うといいのだけれど」
ぎゅうっと、咽喉が、胸が、引き絞られるように痛みました。
わたくしのための、花束。いい香りのするそれは、アディのものとは色も花の形も違っていて。
「ありがとうございます……わたくし、こちらの花束も大事にいたします。もちろん、ドレスも」
駄目ですわ、今はアディの誕生会に集中いたしませんと!
わたくしは勢いよく顔を上げると、めいいっぱいの笑顔をアディへ向けます。
「アディ、次はわたくしからの贈り物ですわ!」
わたくしの言葉に追従するように、背後に控えていた侍女のポーラがそっとぬいぐるみを渡してきます。ぬいぐるみと交換のように花束を引き取るその気遣いが嬉しいですわね。「お部屋に飾ってまいります」と言い添えてくれるポーラに微笑んで頷きます。
「わぁ!」
ぬいぐるみは包装をしようかと思ったのだけれど、今日着ているドレスと同じ服装であると見てわかるようにしたくて、贈りものらしい装飾は、大きなレースのリボンを首に付けただけです。
そのおかげか、身に着けているドレスと同じ服装だとすぐに気づいたアディは、うさぎのぬいぐるみと自分のドレスを見比べます。
「おそろいなのね!」
「ええ、新しいお友達です。マギーさんにも今度お洋服を作りましょうね。採寸させていただきましたら、わたくし作りましてよ」
「リディの手作りなの!? うさぎさんも?」
「はい。少々つたなくてはずかしゅうございますけれど」
輝くような笑顔でぎゅっとぬいぐるみとわたくしに抱き着いてきたアディを抱きしめながら、わたくしは満たされた気持ちでいっぱいでした。努力を喜んでもらえるって、こんなに嬉しいことですのね。この気持ちを、きちんとアディにも伝えたいですわ。
「アディのことをたくさん想いながら作りましたの。喜んでくださるかしらって。ですから、アディの笑顔が一番のご褒美ですわ。わたくし、今、とてもとても嬉しゅうございましてよ」
「わたしも嬉しい! マギーと一緒に大事にするね! ああ、名前なんにしよう……なにがいいかなぁ」
「ゆっくり考えてくださいまし。さぁ、アディ。贈り物はこれだけではありませんの。あなたが生まれた日を祝って、領邸のみんなからも、王都邸のみんなからも贈り物がございますのよ」
「えぇ⁉︎」
壁際に積まれた数々の贈り物の山を見て、アディが目を丸くいたします。ぱちぱちと瞬きをするそのしぐさが可愛らしくて、わたくしだけでなく、ギデオン様も、屋敷の皆さんも笑顔になりました。
「たくさん……」
「ええ、たくさんありますわ。一覧をニコラが準備していますから、後で確認いたしましょうね。さあ、次は食事ですわよ! 料理長をはじめとして、料理人の皆さんが腕を揮ったごちそうですもの。今日は皆で楽しくいただきましょうね」
夜会形式で取り分けられるように盛り付けていただいた軽食たちは、さすがにエインズワース家と使用人たちとでテーブルを分けてはおりますが、同じ部屋で摂れるようにしております。今日は夜会の練習でもありますから、どのように動くかを楽しみながらアディに覚えていただかなくては。
「今日は特別に夜会仕立てにしておりますのよ。ひとつ大人になったアディですから、特別に少しだけ大人の世界を覗いてみましょうね」
先代エインズワース公時代にこの屋敷に招かれていた楽団の方々に本日は来ていただいております。ギデオン様がアディに紹介したのち、彼らは歓談の邪魔にならない程度の音量で、円舞曲などを弾き始めました。舞踏会とは違って、夜会でのダンスは添え物。それをよくわきまえた奏で方で感心いたしますわ。
「すごいすごい! あ、アリスがもう少ししたらダンスの先生が来るって言ってたけど、それ?」
「ええ、貴族は成年式を終えないと一人前の貴族として認められません。ですからその準備のために先生をお呼びする予定ですけれど、今日は純粋にアディの誕生会ですわ。音楽に合わせて踊ってみたいなら形式を気にせず踊ってもよろしいですし、人が踊るのを眺めていても大丈夫ですのよ。第一、舞踏会と違って夜会はおしゃべりが主なのです。だから、アディ。たくさん食べて、たくさんおしゃべりして、たくさん楽しみましょうね」
わたくしが存じ上げている誕生会は王家のものなので、なにが正しい〝誕生会〟なのかはわかりません。なので、ダンスばかりな舞踏会ではなく、交流を主とした夜会を模してみましたが、駄目だったかしら。ああ、でもアディは楽しそうに音楽に合わせて揺れているし、大丈夫かしら。
「素敵な音楽! ねぇ、リディは踊れる?」
「ええ、ダンスは貴族のたしなみですから。男女で対になって踊りますのよ」
「じゃあ、リディ、お父様と踊ってみて!」
「え?」
きらきらした面持ちで、アディがねだります。
「二人が踊っているところが見たいの!」
「え、ええ……と、そうですわね、あの、ギデオン様……よろしいでしょうか?」
社交界では色々な男性と踊ってまいりましたので、ギデオン様とも踊ることはできるでしょうけれど……なぜかしら、なんだか恥ずかしい。やっぱり女性から申し出るものではないからかしら。自分からダンスをねだるなんてこと、したことありませんわ!
「ああ、もちろん。私も久しぶりだからうまく踊れるかな」
「お父様、久しぶりなの?」
「そうだね、夜会ではずっと話してばかりだったからね」
「お父様おしゃべり好きなのね」
「うーん、仕事の話とか、根回しとかだったから、アデラインの言うおしゃべりとはちょっと違うかな……」
そんな話をアディとなさいながら、ギデオン様はわたくしの方へ身体を向けました。優雅な一礼と共に、大きな手が差し出されます。
「レディ・リディア。どうか私と踊っていただけますか?」
「えっ、ええっ!」
わたくし、たくさんの方と踊ってきたはずなのに! 声が上擦ってしまうなんて恥ずかしい!




