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16/22

幸せなお誕生日と花束1

 アディのお誕生日。ほがらかなアディに相応しく、天には太陽が輝き、秋めいてきた気候は暑くも寒くもなくちょうどいい。墓参に向かう予定でしたから、雨でなかったのはよかったですわ。

 アディには、実のお母様が祖父母と共にこの地に眠っていることは伝えてあります。ショックを受けるかと心配しておりましたけれど、アディは強い子で、冷静に受け止めてくださいましたの。あまりの健気さに、ぎゅっと抱きしめてしまったほどでしてよ。

 墓前に捧げる花束は、アディとギデオン様で選んでいただきました。わたくしは僭越ながら義両親分を選ばせていただきましたわ。シャーロット様の薔薇の花束はギデオン様が、先代エインズワース公夫妻の白百合はわたくしが供えさせていただく予定です。


「さぁ、手を」


 領邸の裏の丘にある墓所までは、ギデオン様とわたくしで挟むようにしてアディと手を繋いで歩きます。

 貴族が亡くなると各地にある聖教会の地下墓地に埋葬されることが多いのですが、王家の血を引く高位貴族などは、こうやって領地に個別に墓所を設えることもあるのですわ。領地替えの可能性が少ないためと言われておりますけれど、稀に前領主の墓石が混じっていることがあるみたいですわね。エインズワース家は大貴族なので、ずっとこのエインズワースの地にあったと聞いておりますから、今向かっている墓所は完全にエインズワース家の人たちだけの場所となります。


 たどり着いた廟は、王女殿下も眠る公爵家のものにふさわしく、美しく整えられておりました。緑の木々の中に、静かに、けれども整然とたたずむ墓石たちは、乱れることを好まない真面目なエインズワース領のよう。

 そんな白亜の大理石で作られた墓石のうち、まだ艶の残る新しいものに向かいますと、思った通り、先代エインズワース公夫妻のお名前と、シャーロット様のお名前が刻まれております。

 花を供えながら没年月を拝見すると、先代エインズワース公夫妻が亡くなられて半年もしないうちにシャーロット様もお亡くなりになられましたのね。ギデオン様は、公爵家を継いで幾分もしないうちに奥様を亡くされ、途方に暮れたのでしょう。アディを放置したのは許せることではございませんけれど、忙殺されて動けなかった気持ちは推し量ることはできますわ。


「お母様……」


 小さく、アディがこぼします。きゅっと、つないだ手に力が込められて、わたくしはなんとも言えない心地になりました。こういうとき、どう言葉をかけていいのかわからないんですの。

 困ったわたくしは、そっとしゃがみ込み、空いたもう一方の手でアディを包むように抱きしめます。わたくしにできることは、寄り添うことだけですもの。これが正解なのかはわかりませんけれど、でもわたくしだったらさみしいときは言葉ではなく寄り添ってくれる体温がほしいもの。


「お父様、お母様はどんな方でしたか?」

「シャーロットは、幼馴染だった。アデラインとよく似た髪色をしていたよ」


 今は亡き愛妻の面影をアディに見たのでしょうか。ギデオン様は優しく微笑むと手にしていた花束をそっとシャーロット様の墓前に置きました。選んだ花も薔薇というところが愛情を感じますわ。


「可愛いものが好きでね。だが、この時期の花で彼女が好んだものとなるとなかなか難しくて……結局秋薔薇になってしまった」

「バラもお好きだったの?」

「香りは好んでいたように思うが……どうだったかな、春の花の方が好きだったと思う。黄色が好きだったのか、アカシアの花模様のドレスをよく着ていた」

「領邸のお庭にありますか」

「アカシアは……どうだったかな。うちにはなかったような気がするけれど……」

「ないんですか……どんな花なんでしょう。帰ったら図鑑で見てみます」


 亡き母の好きな花が気になるのは当然ですわ。しょんぼりしてしまったアディを見て、わたくしはギデオン様に提案させていただくことにいたしました。


「せっかくですから、植えてみてはいかがでしょうか」

「だが、庭のどこに植えるのか……」

「庭師のポールに相談いたしますわ。墓地の近くにも植えてもよろしいわね。眠るシャーロット様の慰めになりますわ。お義父様やお義母様のお好きなお花もありましたら、そちらも一緒にどうでしょうか」

「恥ずかしながら、両親の好む花はわからなくて……」

「領邸の者たちに訊けばよろしいのです。誰かしらは知っているかと」


 先代エインズワース公は男性ですし情報が少ないかもしれませんが、女主人であった公爵夫人の好まれた花の情報はきっとあるはずですわ。


「さあ、戻ろう。アデラインもアカシアの花を調べたいだろう」

「はい! ……お母様、また、来ますね」

「ええ、また来ましょう。アディが望むならば、わたくしはいつでも一緒に参りますわ」


 シャーロット様。お義父様。お義母様。わたくし、皆様に恥じぬよう、アディを、ギデオン様を、エインズワースを大切に大切にいたしますから、安心してゆっくりお眠りくださいまし。

 わたくしの全身全霊をかけてがんばりますから──どうか、どうかわたくしがここに在ることを許してくださいませね。


  ◇


「リディア、あなたはなんの花が好きか? アデライン、きみも」


 アディと手を繋いでゆっくり歩く帰り道、ふいにギデオン様から問われました。

 好きな花。なにかしら……好きなものは増えましたけれど、花、ですか。わたくしが今まで触れてきた花を思い返しますが、どれも美しいとは思いますが、好きかどうかを問われると困りますわね。


「わたし、花冠を作った青いお花が好きです」


 首を傾げるわたくしの横で、アディがにこっと笑いながら好きな花を答えました。花冠の花。あの、ヴァーノン湖畔の花畑で作った冠ですわね。あれはわたくしも思い入れが深い花ですわ。額装した絵は飾っておりますし、冠そのものも捨てられず、箱に入れてそっとしまってありますの。


「菫ですわね。とても可愛かったですわね。わたくしも……思い入れがあるのは花冠としていただいた菫でしょうか。アディとは色違いですけれど」


 同じ花でも、様々な色がありましたわ。紫の菫はよく知られておりますけれど、薄紅や青みが強いもの、白色などもありましたわね。


「菫……庭に、植えられるだろうか」

「花壇に植えていただきましょうか。青い菫、きれいだと思います」

「薄紅もなくちゃだめです!」

「そうだな」


 アディとギデオン様は、一転して楽しそうに植える花について話し始めました。屋敷に戻ったらポールとどこに植えるかを決めて、苗や若木の手配をして……他になにが必要なのかしら。


「……春が、楽しみですわね」


 わたくしは空を仰ぎました。秋の空はどこまでも澄んで、夏のような強い陽射しでも、春のようなやわらかな陽射しでもない陽光を地面に届けております。冬になったら、この空はわたくしのもつ青ではなく、アディやギデオン様のような淡い灰色を見せるのかしら。

 わたくしは今までの人生をほぼ屋内で過ごしてまいりましたから、空というものはほぼ窓ガラス越しのものしか見てきませんでした。いえ、第一王子の婚約者として生きてきたわたくしは、こんな風に空を仰ぐ時間もなかったのだわ。

 未来の楽しみが増えるのは幸せなことです。日々に追われていた頃は未来における楽しみなど考える余裕などありませんでしたから。

 ──去年のわたくしが知ったらびっくりいたしますわね、きっと。

 婚約がなくなり、自分が歩いていくと思っていた道が断たれ、もうなにも感じられなくなっていたあの頃のわたくし。あの子とも触れ合う余裕もなく、部屋にこもりきりだった去年のわたくし。

 ねぇ、見ておりますか? わたくし、今こんなに幸せなんです。好きな色。好きな食べ物。好きな花。どれも去年までのわたくしにはありませんでしたわね。国の未来を思うことはあれど、自身のことなど見る余裕もありませんでしたもの。

 庭にあの方たちのお好きな花を植えたなら、それの報告をしに伺いましょう。花が咲いたなら、また。季節が変わったら、また。

 自分のために生きられるようになったわたくしたちは、いくらでも彼らに会いに行くことができるのですもの。


  ◇


「さぁ、アディ。身支度を整えてまいりましょう」


 屋敷に戻ったわたくしは、アディにそのように声を掛けました。だって、喪服のまま誕生会に向かうわけにはまいりません。誕生会のことを知らないアディは、けれども外出後には別のドレスに着替えることに慣れてきたのでしょう、特に疑問に思うこともなく頷きます。

 入浴をし、ドレスを着替えてから改めて誕生会のために大広間へ向かうのですが、アディの支度をするヘレンとホリーにはできるだけゆっくり支度をするようお願いして、わたくしは先に広間の確認に行きました。


 この七年というもの、一度も人を迎えなかったとは思えないくらいに、大広間は美しく飾られておりました。入り口付近に飾られた秋薔薇は馥郁(ふくいく)たる香りをほのかに漂わせ、扉から見て右手側にケーキや焼き菓子たちがかわいらしく並べられています。一方で左手側にはエインズワース家に仕えてくれている領邸の者たちがずらりと立ち並び、そして奥側には色とりどりのリボンが飾られたプレゼントの山。王都邸の者からのものもありますから、本当にたくさんですのよ。リストを見た時には思わず笑ってしまったくらい。


「まぁ、皆、協力してくださってありがとう。ミシェル、特に変更はなくこのままで大丈夫よ。きっとアディも喜ぶわ」


 采配を揮ったミシェルを労い、わたくしは皆に目を向けました。どことなく皆、わくわくした面持ちをしておりますわ。ええ、もちろんわたくしだってわくわくしております。

 アディは喜んでくれるかしら。あの子が笑顔になってくれることが一番なの。もう悲しい顔はたくさんしたのだもの。


「皆のプレゼントを渡すのは、ギデオン様とわたくしが渡してからね。数が多いので、あなた方のものは一つずつではなく、ひとまとめにリストとしてアディに渡します。準備を頑張ってくれてありがとう。きちんと自分へのご褒美も購入いたしまして?」


 見回すと、照れくさそうに頷く顔が多いわ。喜んでもらえたようで嬉しいです。メイジー商会には、ご褒美用に装飾品や嗜好品だけでなく、手に入りづらいお菓子や食料、日用品なども準備してもらったの。物として手元に残す者もいたし、後に残らないご褒美を選んだ者もいたみたいですわ。


「さあ、そろそろギデオン様のエスコートでアディが参りますわ。皆、お出迎えの準備を」

この一族の墓所に、花畑エピソードであった伯爵と姫君の墓地もあります。

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