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道場から帰って、お風呂に入ってご飯を食べて。久しぶりに頑張りすぎたせいか、やけにだるい体をベッドに横たえると すぐにまぶたが重くなってきた。





明日、私たちは どうなるのだろうか。負けるか、勝つか。それしか選択がないのだけれど…その選択の先には、いくつにも別れた未来があるんだろう。



私の未来予想図では、明日は武をぶち倒して、床に転がった武に手を伸ばして。


私たちは、これからも ずっとライバルであって友達だよ!と宣言する未来を描いている。うん、これ一択だ。でも もし万が一億が一負けた時は。





負けた時は…





あれ、思い浮かばない。



負けたら どうすればいいんだろう。道場の後取りらしく潔く、負けたよ。完敗だ…って爽やかに握手を求めればいいのか。それとも、女の子のように涙を流して、強くなったね…って笑ってみたらいいのか…さっぱりわからない。

というか、何だ自分。女の子のようにって。自分で自分を女の子にカウントしてないのか。



わからない。負けた時の自分の反応が予想できない。格闘技はイメージトレーニングも大事だから、そこそこ想像力はあるはずなのに…






まあいいか。勝てばいいんだ。





そう強く決意して、負けた時のイメトレは放棄した。

















目覚ましが聞こえる。うるさい。早く止めなくては。




分かっているのに、腕が 思考に逆らってなかなか上がらない。


あれ?体が重いな。朝一番に思ったのは そんなことだった。




まずいな、風邪でもひいたんだろうか。鍛えてるからか、風邪なんてここ数年縁がなかったのに。

―――今日は、私の人生のなかでもかなりの大事なんだ。風邪くらいがなんだ。病は気からというし、私は風邪なんてひいちゃいない。


よし、気のせいだ。気のせい。




ベッドから降りて、着替えて。私は多少ふらつく足元に気づかないふりをしながら、部屋を後にした。












そして、何か言いたげなお兄ちゃんを視線で黙らせ、無駄に闘志がみなぎっている じいちゃんを シッシッ、と手で追い払い。


私はまたもや着替えていた。約束は正午。それまでに万全な状態に仕上げておきたい。私は朝食も そこそこに、道場へ向かった。緊張しているからか、食欲がなかった。普段は茶碗にご飯三杯は食べるのに、今日は一杯でお腹が受け付けなくなってしまった。

まあ、試合前に食べすぎるのもよくないし。大丈夫かな。









道場の扉を開けると、中には数人の門下生と――武がいた。


その姿を目に入れて、どきりと一瞬体が固まった。


私が鍛練するんだから、そりゃあ試合相手の武も鍛練するのは当たり前だろう。そんなことにも気づかない程、私は余裕がなかったらしい。




だめだ、落ち着くんだ、私。

ひとまず深呼吸をして、柔軟をたっぷりと時間をかけて済ませ、いざ体を動かそうとした時。








「飛鳥」


名前を呼ばれて、振りかえるより先に手を取られ、引っ張られた。


「お、わっ」


突然のことに驚き、引っ張られた方に体が傾き、転びそうになる。


ところが、予想に反して傾いた体はすぐに誰かに抱き止められた。だけど、手は捕まれたまま。器用なことをする。


「いきなり、危ないじゃな、い…?!」


怒りを隠さずに、いまだに手を握る誰かに抗議をしようと顔をあげると。



不機嫌そうに、眉にしわを寄せた武が私を見下ろしていた。


「今日は、止めだ。試合は後日にしよう」




―――至近距離で見つめられて、頬が熱くなる。でもそんな姿を見られたくなくて、私は武を振り払って、背を向けた。


「試合前に怖じ気づいたの?…そんなやつだと思わなかった」


まだ騒ぐ胸を軽く手で押さえながら、でもそんな女々しい私が武に気づかれないように、険しい声で武に問いかける。




なんで、急に抱き締めたりなんてしたの?なんで、試合を後日にしようなんて言うの?




いつだって、真っ直ぐに ぶつかってきた癖に。なんで肝心な時に そんな、ぶち壊しなことを言うの?


「違う、俺の都合じゃない。飛鳥が本調子じゃなかったら、意味がないだろ」


「……は?」


何を言っているの。


武は、私が体調を崩しているのを知っていたの?

お兄ちゃんも じいちゃんも、何にも言わなかったから、気づかれていないと思ってたのに…私の隙をついて、武に告げ口したの?


「…そんなこと、誰から聞いたの?」


おおかた、お兄ちゃんが私は体調不良だから優しくしてあげてね。なんて言ったんだろうな。真剣勝負に そんなことは関係ないのに。だからガタイがいい癖に正拳突きも まともにできないんだ。

お兄ちゃんに対してのイライラが募ってきた時に、武は なぜかキョトンとして、首を振った。


「誰にも聞いてない。飛鳥がいつもと違うの なんか、見ればすぐにわかるしな」


「え?」


予想外の返事に、今度は私がキョトンとしてしまった。

見ればわかる?…お兄ちゃんもじいちゃんも、気づかなかったのに?

意味深な言葉に、胸がまた騒ぎ出す。もしかして、なんて言葉が頭をよぎる。


何を考えているんだろう。だめだ私、しっかりしろ。武は私をライバルとして、よく観察していてもおかしくないじゃない。

平常心、平常心だ。



私は コホン、と咳払いをして武に向き直った。武は相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。


とりあえず、体調が悪いわけじゃないと納得してもらって、予定通りに試合をしよう。うん、それが一番だ。




「私は いつも通りだよ。むしろ今日はみなぎってるよ、色々と。体調だって悪くない。だから予定通りに試合はやる。武も 早く――」


「じゃあなんで、さっき手を引かれただけで よろけたんだよ」



どきっ、と心臓が高鳴った。ときめきじゃなくて後ろめたい時に なる心臓の鼓動だ。


「普段の飛鳥なら、急に手を捕まれて引き寄せられたら そのまま背負い投げか、腕を捻りあげるだろ。なんで さっきはそうしなかったんだ。…できなかったんじゃないのか」



やっぱり、武は勉強熱心だ。よく私を観察しているらしい。武が言う通りに、普段ならそうしていた。でも、今日は 足の踏ん張りがきかなかったし、咄嗟に動くことができなかった。


正直、痛いところを突かれた。





何か言い返さなきゃ、と思うのに、良い返しが出てこない。


何も言わずに いる私を見て、武は眉のしわを消して、今度は眉を少し下げて私を見下ろしている。



「無理するなよ。万全の状態でなきゃ、試合したって意味がないだろ。そんなんで勝った負けたって言っても、納得いかないだろ」



―――それもそうか。お互いに全力じゃなければ、負けた武もスッキリしないか。逆は…まあ、私が負けるなんて、あり得ないしな。




ふむふむ、とほだされかけていた私だったが、武がなぜか急に目をキョロキョロし出したかと思うと、斜め下を見ながら、



「そ、それにさ、お前、お…女の子、なんだからさ…体大事にしろよな」



と言いにくそうに、吃りながら言い放った。




私は この時、何かがプチリと切れる音を聞いた。





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