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花語探偵、蕾は囁く  作者: Futahiro Tada
第二章 バラの誓いは誰に

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二 謎のバラの花束

二 謎のバラの花束


 桐花高校の文化祭初日、秋晴れの朝。

 校門前には開場を待つ保護者や地域住民の列ができ、校舎の内外には生徒たちの華やかな装飾と熱気が満ちていた。

 だが、演劇部控え室の空気だけは異様な沈黙に包まれていた。

「……これ、本当に誰が?」

 震える声が、衣装ラックの奥から漏れる。

 机の上には、黒いバラだけを集めた花束が置かれていた。艶のある花弁にはうっすらと銀粉が振りかけられ、束ねたリボンは深紅――血を思わせるような色だった。

 それは、ただの飾り花にしては美しすぎて、恐ろしい。

「昨日まではなかった。誰かが今朝置いたのは間違いないわ」

 副部長・一ノ瀬美月の声には明らかな動揺が混じっていた。視線の先には、舞台で主役を演じることになった朝倉すみれが、沈黙のまま立ち尽くしていた。

 誠司が眉をひそめる。

「花束にしては……異様だよな。何かの警告か、あるいは演出の中の演出か……」

「どちらでもよくないわ。問題は、誰が何のために置いたのか」

 そう言ったのは蕾だった。彼女はそっと花束に近づき、一輪のバラを抜き取って花弁の裏を指先でなぞった。

「……ここ、見て」

 花弁の裏に、小さな切り込みがあった。裂け目の中に、折りたたまれた紙が差し込まれていた。

「また手紙か……」

 蕾が丁寧に広げると、そこにはまるで万年筆で書かれたような、なめらかで癖のある文字が記されていた。

『あなたの誓いは、まだ果たされていない。薔薇は知っている。偽りの舞台が、誰のものかを。』

 一同が息を呑むなか、蕾はふと視線をあげた。

「この書き方……誰か、演劇部の内側の人間ね。舞台という言葉に、このこだわり。花束は、警告だけじゃない。主張よ」

 誠司が肩をすくめる。

「まさか、部員の誰かがすみれを脅すためにやったってことか?」

「もしくは、真実を知らせたい誰かが、演出の中に本物を紛れ込ませたのかもね」


 ***


 午前10時30分。開演15分前。会場となる講堂はすでに観客で埋め尽くされていた。

 ざわめき、期待、そして興奮。

 演劇『薔薇の檻』は、文化祭で最も注目されている企画のひとつであり、観客たちは開演を心待ちにしていた。

 舞台袖では、蕾が小道具係として演出チェックをしていた。すみれが主役に戻って以降、彼女が補佐役を引き受けることになったのだ。

「緊張してる?」

 蕾が声をかけると、すみれは小さく首を横に振った。

「……むしろ、不思議なくらい落ち着いてる。たぶん、もう怖いものがなくなったからかも」

「じゃあ、花にも負けない演技を見せて」

 すみれは少し笑った。

「うん。舞台の上では、私が花になる」


 ***


 照明が落ち、幕が上がる。

 重厚な音楽とともに始まった『薔薇の檻』は、観客を一気に物語の中へ引き込んでいった。

 裏切られた王女。誓いを破った騎士。閉ざされた城で交わされる言葉と沈黙、すれ違う心、そして――

 ラストシーン。王女が一輪の黒いバラを胸に掲げる。

「この花に、私の想いを託す。誰にも咲かせられないバラ――それが、私」

 その瞬間、観客席にいた蕾の背筋がぞくりとした。

 舞台のど真ん中、壇上に置かれた花瓶に、あの黒いバラの花束が生けられていたのだ。

「……あれ、いつ入れ替わったの?」と、蕾が不思議そうに呟いた。

 楽屋では、別の花が用意されていたはず。リハーサルでも見なかった。それが、今そこにある。

「誰かが……意図的に紛れ込ませた」

 誠司が舞台袖から駆け寄ってきた。

「さっき、照明のブレーカー確認で一瞬停電したろ? たぶん、そのときにすり替えられたんだ」

「演出に見せかけて、何かを伝えるために」

 観客が拍手喝采を送るなか、幕が閉じた。


 ***


 終演後、演劇部員たちは一斉に楽屋へ戻ったが、花瓶の黒いバラは既に姿を消していた。

「……誰かが持ち去ったのか?」と、誠司。

「それとも、最初から消えるように仕込まれていたのかもね」

 蕾は小道具ケースを開け、中を見回す。すると、底の仕切りの間に、またもや紙片が折り込まれていた。


 『薔薇は裏切りの証ではない。

  むしろ、それを超える誓いの印でもある。

  誰が誰を裏切ったのか――それを知っているのは、あなたの隣の影』


「隣の影? どういう意味だ?」

 誠司の問いに、蕾は黙ったまま紙片を握りしめた。

「誠司、演劇部の過去の配役記録、見られないかしら?」

「え……?」

「この誓いって言葉。何度も繰り返されてる。たぶんこれは、今回の舞台だけじゃない。もっと前から続いてる物語」


 ***


 夕方。

 新聞部の黒木の手を借りて、図書室奥の演劇部アーカイブを調べていた。

 棚には過去10年分の公演プログラム、台本、写真などがファイリングされていた。

「……あった。3年前の台本、『薔薇の檻・第一稿』」

 と、黒木が告げると、驚いた顔をした蕾が、

「えっ、3年前にも同じタイトルの作品が?」

 黒木がファイルをめくると、脚本の冒頭に書かれていたのは、一ノ瀬美月の名前。そして、その横に――

「主演:天川奏あまかわ かなで

「聞いたことある名前……確か、卒業生じゃなかったっけ?」

「そう。でも――この人、文化祭の数日後に退学してる」

「……!」

 蕾の目が鋭く細められる。

「誓いを破った騎士って、舞台の話じゃなかったのかもしれない。現実に起きた裏切りを、舞台という形で言い換えてる可能性がある」

 誠司が言った。

「つまり……黒いバラを使ってるのは、誰かがその記憶を甦らせようとしてるってことか?」

「ええ。演劇という名の密室で、語られなかった真実が、いま再び咲こうとしているの」


 ***


 その夜、蕾の部屋。

 机の上には、黒いバラの押し花が広げられていた。

 蕾はそっと筆記具を手に取り、手帳にひとことだけ記した。

 ――バラの誓いは、誰に。

 そしてその下に、もうひとつ。

 ――影は、誰の隣に咲いていた?

 風がカーテンを揺らした。遠く、窓の外には、黒い夜の中で静かに光る月。

 再び誓いを立てるために

 黒バラは、また一輪――誰かの心の中で咲いている。

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